第20話 永久機関


「さて、お待たせいたしました。

お待ちかねの真理学の授業の時限じかんです。

では、憶えておいででしょうかね?

先ほど、私が豪語した言葉です。

水と火は、同じ物であるという意味のこの言葉。

この言葉の意味とは、別に何もそんな難しいことを言っているのではない。

なぜならこの両脇にある二つの槍がそうだからです」

 そう言って水と火の狭間で事も無げな顔をする真理は、未だ身構え続ける章子たちを流し見る。

「当然ですよね。

この二つの槍、

火槍ホスケイトスと水槍ペンティスラは同じ成分だけで出来ている。

火と水のその根源要素。

即ち、

酸素と水素。

H2Oです。

その2つだけで、間違いなくこの二つの槍は成り立っているのだから。

これはあまりにも当たり前のことだ。

水とは、酸素と水素という元素の原子と原子で共有結合して成り立っているし、

水素と酸素の混合物はその条件さえあれば化学的に酸化作用し、

この現実世界の中で、最も簡素で最も基本的な……、

火として、

『燃える』

だから私は同質だと言った。

その違いは物質の形態、

いうなれば、

温度の位置。

つまり、

水と炎。

液体か気体、煉体かの違いにしかないのですから。

しかし、そんな「屁理屈」だったら誰にだって想像はできるし思い浮かぶ。

現にあなた方もそうでしょう。

だから、そんな子供だましの水準レベルの認識なら誰にだって同じことが断言できるのですよね。

ですが、

問題はここからです。

あなた方は不思議に思わないのでしょうか?

なぜ、強力に燃えることが出来てしまう水素と酸素が、

もう一方では、

それとは正反対に見えてしまう液体という「水」として成り立つことが出来るのかということに。

なぜ、燃やし乾かすという性質を発揮する水素と酸素が、

今度は、滴り濡らすという液体となった酸素と水素の性質も同時に発揮できるのか。

だが、よくよく考えると、これの答えともなる糸口は簡単に見つかる。

火として燃える。

……という現象はなにも水素だけに

可燃物があれば何でも燃えますよね?

酸素さえあれば、

木でも紙でも、それこそ私たちのこの体でさえも!

温度さえ満たせば鉱物でさえも、燃料として燃やし溶かすことが出来る!

……と、

するのなら。

「水」と「火」が同質であると主張したければ、

そんな溶岩や木材など、燃料足りえるあらゆる「可燃物」も「水」と同質であると証明しなければならないっ!」

 そこまで言いきると真理は一度、言葉を切って、

 一つ空を仰ぐと大きく深くため息を吐く。

「はあ、やれやれです。

これはまた、大変なことをしでかしてしまった。

しかし、これもまた身から出た錆というもの。

私が責任を持って最初から最後までをキッチリと「論破」して成し遂げてみせましょう。

私たちが大地として踏みしめるこの岩石質やそれに根付く草木こそが、

空から降り落ちて伝い流れる雨という水と同質である、という主張に変えてね。

……では、ここでまた新たな疑問を提示します。

「水」には

「火」の他にあなた方が正反対の性質をもつものだと主張する物が、

この現実世界では当てがわれていますよね?

それは確かに私から見ても、火とはまた違った意味で、水とは正反対の性質にあるように見える物だ。

そして確かにそれはこの現実世界でも水を疎み、それに相反しています。

ではそれは何か?

誰か、分かる人はいらっしゃいますかね?」

 真理は斜面の下りに立ち並ぶ四人を見て言う。

 だが、それに答えようとする者は誰一人としていない。

「仕方ありませんねェ。

こんなことなら、まだこの文を読んでおられる気聡い読者の方々の方が非常に優秀だ。

ならば、見方を変えてみましょう。

この私が、

正反対であるはずのその火そのものや、その火の元ともなる可燃物と同じ物だ、

と主張する「水」

この水にはもう一つ違う呼び方があるのはご存知でしょうか?

それは一般的には水の化学式からとられた「H2O」という公式名がそれに該当します。

では、

このH2O。

この名前を、時としてあなた方はユニークな名前に変換して呼ぶことがありますよね?

それは世が世なら、

まさに性質タチの良いブラックジョークとしても受け取められてしまう俗称でもある。

ではそんなはた迷惑な名とは、

DHMO。

ディ・ハイドロジェン・モン・オキシセイドです。

章子たち日本語名では「一酸化二水素」として訳されている名前……」

「あ……?」

 その単語を聞いて章子は一つの発見をする。

「察しがいいですね。

我が主、咲川章子。

あなたの直感通り、

この「一酸化二水素」は単純に「酸化水素」とも言い直すことが出来る。

おや?

どこかで聴いた事がありますよね?

この「酸化水素」という言葉に似た響きを。

いつか、

どこかで聞いたことがありませんか?」

「炭化……水素……?」

「そう。

その通りです。

炭化水素です。

あのこの第五世界に辿り着いて間もなく、

港から宿へと向かう車中で、そこの少年が誤解した物質の名前。

あの時、私はその「炭化水素」の事を別の名前でなんと呼んでいたでしょうか?」

 これには章子ではなくオリルが答える。

「樹脂……、

あぶら……?」

「そう。

樹脂、

及び、プラスチックなどの化学合成樹脂、

それらを含めた石油化学物質のその総称です。

つまり液体なら「あぶら」と呼んでもまったく差し支えのないもの。

この「油」が、火の他にもう一つ、

「水」と相反する性質を持つとあなた方が見なして主張しているものです」

 そして真理は思わせぶりに、自身の隣にある火の槍に視線を向ける。

「そして、

そんな相反する「水」と、

「火」の燃料ともなる「油」もまた、

性懲りもなく、

私は同質のものだと主張してしまう。

それが何故かは今から説明しましょう。

この「炭化水素」、

これは非常に様々な物質や形態として、あなた方の身の回りに数多く存在しています。

当然ですよね。

石油化学製品の種類がそのまま「炭化水素」の種類だと言ってもなにも差支えはないのですから。

そしてその炭化水素の中には勿論、

最も単純で最も簡単な構造で成り立っているものも存在する。

それが化学式で「CH4」

私たちゴウベンを母として起源を持つ者の側の名称では「一炭化四水素」と呼んでいるもの。

つまり。

メタンです。

この「メタン」と「水」こそがっ、

それこそ同質の「位置」にあるのですよっ!」

 言って真理はこの現実の世界を睨む。

「みなさんはもうお気づきでしょうか?

このメタンと水の共通点を。

その共通点とは、

紛れもないあなた方自身が、自然由来ではない自分自身の嗜好と得心だけで決定させた原子番号による元素記号で表わした化学式に在ります。

その化学式に寄れば、

メタンを構成する元素は「炭素」と「水素」

そして水を構成する元素は「酸素」と「水素」です。

その三つの元素の原子番号番、

炭素の原子番号は「6」、

酸素の原子番号は「8」ですよね?

つまり、

メタンには、原子番号「6」という炭素に、

「1」という原子番号の水素が「4」つ。

水には、原子番号「8」という酸素に、

水素が「2」つ、結合して成り立っている。

これが、なにを共通点とするのかはもう言わなくてもお判りですよね?

そうです。

否数法上で表わせられる否数と肯数の和による、

「10」という起数として存在しているのです。

……しかし、この二つだけならば。

この二つだけだったならば!

まだ「ただの偶然の一致」だけで見過ごせる!

ただの単なる数字上の偶然だと切り捨てることが出来る。

けれども、それをさせないのがこの現実世界だ。

この「メタン」と「水」に代表される炭化水素化合物、酸化水素化合物はね、

それらを一纏めに一つの化合物群として一括りにすることも出来ます。

すなわち、

「水素化合物」として総称することも出来る。

そして、

そんな、その「水素化合物」の中にまだあと二つ、

あと二つだけ存在するのですよ。

おなじ「10」として居座る物があと二つ。

それが、

原子番号7番の窒素「N」による、人体に有毒な、

NH3。

アンモニアと、

原子番号9番であるフッ素「F」による、非常に酸化作用の強い危険物質、

化学式「HF」という、

フッ化水素です。

よって……この現実世界ではね、

この化学ばけがくの分野でも、否数法による四つの「10」で成り立っているものが存在するのですよ。

つまり化学の分野でも「否数法」が深く関わっているのです。

では、その「否数法」から、

これら四つの「10」の「何が」同じなのかを教えてもらいましょう。

実は、これら、

いま述べ挙げた四つの水素化合物の中には1つだけ仲間外れの物がありますよね?

それは咲川章子、

中学生であるあなたの目から見ても明白なものだ。

それがどれか、

分かりますか?」

 言われて、

「あ、」と小さく気付いた章子は小首を傾げながら恐る恐るに云う。

「……メ、メタン?」

「ではその理由は?」

「有機……物?」

「……その通り、

有機物です。

より正確に言うなら「有機化合物」

ではその有機化合物の定義とはそもそも何なのか?

咲川章子、お願いします」

「炭素の……存在」

「そうですね。

炭素の存在です。

その存在する物質の分子構成の中に炭素を含むもの。

これをあなた方は「慣習上」にして「便宜上」、有機化合物として呼んでいる。

しかし、

そんな有機化合物の定義にも「例外」が存在するのですよね。

そんな例外的と称される無機的な炭素化合物とは、

最も有名なもので「CO2」つまり「二酸化炭素」が該当します。

その他にも「例外」はいろいろあるようですが、

その「例外」であるな炭素化合物と、

有機物と称する炭素化合物とが別けられて区別される基準は、

意外にも「分子構造が単純である」から。

……「だけ」にあるらしい。

そして、

その「例外」を「例外」として決定させてしまったのは、他ならぬが自分たちで造りだして決定させた人工基準そのものだ。

ではここで改めて問いましょう。

CH4という単純な構造のメタンは、

CO2という単純な構造の二酸化炭素と、一体何が違うのですか?」

 その真理マリの問いに、目の前にいる者たちは皆、一瞬だけ押し黙る。

「そ、それは……。

由来……とか」

「由来?

由来というなら知っていますか?

メタンは地球外の他の天体惑星の何処にでも存在していますよ。

しかもその多くが、あなた方が無機由来の可能性が高いと踏んでいるものだ。

そんな無機由来の可能性が高いメタンが……、

有機物なのですか……?」

「だってっ!

メタンが存在すれば、そこから生命が生まれることだってっ!」

「それは「水」や「アンモニア」でも同じことだっ!

違うとは言わせないっ!

絶対に違うとは言わせない!

なぜならその「命」そのものである「あなた」の身体こそが、

その「水」と、

タンパク質の基ともなる窒素源である「アンモニア」、

そして炭素源である「メタン」を由来として成り立っているからだ!

それを「違う!」とは言えないでしょうっ?

言えないはずです!

もし、それを違うというのであれば、

あなたはあなたで、あなた自身のその自分自身の「三種」があって初めて成り立つ「身体」自身を否定しているも同然なのですから!」

 息を荒げて語気を強める真理に、

 今度はオリルが章子を庇い、黙って挙手をする。

「なんでしょうか?

オワシマス・オリル。

発言を許します」

「二酸化炭素は簡単には燃えません。

しかし、メタンは容易く燃焼します。

それが有機物の証明でしょう?」

 そのオリルの確信を突く発言に、

 狂気に嗤う真理は、とうとう罠に嵌まった獲物の姿を見る。

「では……その燃えにくい理由とは?」

「え?」

「燃えにくいからには理由があるでしょう?

許可しますよ?

言ってください。

あなたが思う二酸化炭素が燃えにくい理由をっ」

「それは……二酸化炭素が酸素とは反応できずに、燃焼できないか……ら……?」

 そこまで言って、オリルは己の最悪な誤りに気付く。

「ではなぜ?

二酸化・・・炭素は酸素と反応できないのか?

……つくづく、あなた方はどうしようもないマヌケだ。

答えはもう既に出ている。

出ていますよね?

その「二酸化」炭素という名前それこそが、

もうその答えであるのですから。

なぜ二酸化炭素は燃えないのか?

それは当然!

二酸化炭素が、もうとっくに酸化させられてしまっているからですよ!

炭素が酸素によって、

しかも二つでどっぷりと!

トドメとばかりにね!

燃えるという事は、酸化するという事。

そんな完全に酸化されて燃えカスだけとして残った炭素を、更にまた酸化させて燃やすことができるとでも思っていたのですか?

くはぁっ、

面白いことをおっしゃいますね?

ご存知ないようだから、わざわざ教えてしんぜ差し上げましょう。

酸素は、

単体では、

……燃えませんよっ!

だからわざわざ、今こそここに私が指摘しておきましょう。

その炭素は!

もう!

とっくにすでに!

燃えきっているッ!」

 そんなオリルたちが知らないわけがない常識中の常識を口にする真理の断言が、

 その場で固まる章子たちの息の根を止める。

 この瞬間こそ、まさに、

 真理が、自己の論拠の正当性を完全に正当化し、

 章子たちに自分たちの間違いを肯定させたのだった。

 それは紛れもない真理マリによる、まだ序盤での「論破」という「勝利」であり、

 章子たちの初戦による敗北だった。

「これが、

これだけが、「メタン」と「二酸化炭素」の単純な違いです。

あなた方が「炭素化合物の中でさらに無機物だと呼んでいるもの」はね、

その殆どがもはや既に「酸化」させられている、あるいは「酸化」されつつある、または「酸化」しにくい物なのですよ。

それは調べてみればすぐにわかる事だ。

まさかそれに「気付いていなかった」なんてことはないでしょう?

だから、

あなた方のいう「有機物」とは「酸化できる要素がまだ残る炭素」である。

これに当てはまる。

それをあなた方は、むしろ狙ってやっていたのではないのですか……?」

 章子たちの茫然となる顔が、

 真理マリの養分となっていることが悉くわかる。

「しかし、それに適えるなら、

別に有機化合物として該当する物は、なにも「炭素」だけに限らなくてもいい。

酸化できれば、何でも「有機物」だと言っていいはずだ。

特にあなた方が無機物だと言い張る「アンモニア」や「フッ化水素」でさえ「酸化」して「燃やす」ことができるのですからね。

当然でしょう。

時としてそれらは有害な「酸化還元反応物」にもなるのですから。

であれば、それら二つも「有機物」ではありませんか?

しかし!

それをそう呼ぶことが、あなた方には出来なかった!

なぜかッ?

そんな事をしでかしたら、金属である鉄などや他の命の欠片すらない酸化できる燃料質、岩石質までをも全てひっくるめて、一切合切を、

自分たちと同じ「有機物」だと主張しなければならなくなるからですよねっ?

だから、それらまでも纏めて「有機化合物」だと主張することはできなかった。

どう足掻いてもあなた方「有機生命体」にはできなかったのです。

そこまでの範囲までをも「有機化合物」だと一度でも認めてしまったら、

「生命」だと主張する自分たちの存在こそが逆に肯定できないのですから!

だから……、

ですね?

今回だけは一度、負けてみましょうか?

自分たち、有機生命体以外の物も、「酸化できるもの」は全て「有機物」であると「仮定」してみて。

一度だけ、そういう風に、

自らの、そのかけがえのない生命いのちを否定してみましょう。

大丈夫ですよ。

それは今回だけの「仮の」お話です。

今だけの「仮のお話」なら、一度ぐらいはそういうふうに「仮定」してみてもいいでしょう?

その「仮定」をいま、ここで認定するだけならば、

間違っても、それがそっくりそのままあなた方の「敗北」とは完全に当然ならないし、

私の「論破」という「勝利」でも絶対に有り得ません。

それは私も確定確認し、間違いなく肯定するところです。

だからこれは、

この今一度だけの、

あなた方と真理ワタシの間だけで成立する「停戦協定」です。

だから、この今回だけ、

今回だけは、

「酸化できるもの」を「有機物である」と仮定してみます。

それをするとですね……。

水素化合物の中で在る四つの「10」の中で、

次に仲間外れにされるのはメタンではなく「水」となってしまうのですよ……」

「え?」

「水なのですよ。

四つの「10」の中で、

「8」の「10」としてある「水」だけが「酸化した水素」だ。

なぜなら、

6という10のメタンは「炭化した水素」

7という10のアンモニアは「窒化した水素」

9という10のフッ化水素は「フッ化した水素」であるのですからね。

そして、

8という10の水だけが「酸化した水素」となる。

だから水は燃えない。

それは既に燃え終わった水素であるのだから。

それ以上、酸化させてみせても、

さらに酸素の加わった有害性も備える過酸化水素という化学物質にしかならないのです。

だから、

その「水」だけが、四つの水素化合物の中で唯一の「無機化合物」であると云える。

そして、ここで、

「水」を完全に無機化合物だと認めてしまったら、

その時こそ、今度は逆に喜ぶべきことに、

私の「完全なる敗北」が決定するのです」

「え?」

 章子たちを寸前まで追い詰めた真理の、突然の敗北の示唆に、章子は顔を上げる。

「これも当然でしょう。

私が「火」と「水」が同質である、と言い切ることは等しく同じく、

「水」と「火」が全く同じ、「酸化水素」であると主張することも同然であるのですから。

それは水が「酸化水素である」と認めては絶対にならないことも同時に意味します。

これは似ているようで、全く非なる事なのですよ。

水の中でも、

水素は、酸素によって常時、「酸化させられ続けている」と証明しなければ、私の主張は成り立たないのですから。

そして、その結論は間違いなく、

「水」は無機化合物などではないことを肯定するものであり、

引いては、

存在するだけでいつまでも燃え続ける「永久機関」の素養も持つことさえも同時に証明しなければならない。

だが、

それはこの現実世界では絶対的に超えられない限界の壁であり、完全的に不可能な領域の側にあるものだ。

それも当然です。

永久機関の実現とは、未だかつて、章子たち第七世界の歴史上では誰も成し遂げてはいない不可能な偉業なのですからね。

で、あるからこそね。

私はここで、

それを証明する為に、あえて一つのをさせてもらうのですよ」

「え?」

 だが驚く章子に、真理は悪びれもしない。

「当然でしょう?

章子。

私は虚構における架空の人物であり、架空における魔法ズルが使えるのですから。

それにどうせこれは虚構の中の出来事です。

だから、

わざわざ現実世界の馬鹿正直で限界のある物理法則現象に照らし合わせて、

現実法則にのっとった説明と証明をする必要も義理も全く無いのですよ。

それで嗤う者など笑わせておけばいいのです。

故に、

「火」と「水」が同質である証明には、

虚構で架空の世界に存在するにしか過ぎない架空の住人らしく、虚構に逃げて。

「魔法」という架空のものを使わせてもらうのですよ。

そう、

ひかり合成」という……魔法かがくを使ってね」

 そんな含みありげの笑みが、手を翳した。

 その含み笑いが翳した滑らかな手の先では、一つの光が灯って円となって出現すると、

 途端に高速に回転し始めていた。

 その回転する光は間違いなく、章子たちが、よく真理によって見せられていた光学空間表示フィールド・アップ・ディスプレイと呼ばれる技術そのものの光だった。

「この光学空間表示、FUDで灯される光は、

ひかり合成」という「魔法という名の科学」によって生み出された光を使用して実現しています。

ひかり合成とは、

ご存知の通り、

あなた方にも非常に身近な存在である「木々」が扱う、

あの「光合成こうごうせい」という生理化学的現象こそを、その起源とするものであり、

更にそれを原理学的、あるいは真理学的に進展、拡張させて発展させた「科学技術法」です。

すなわち、

光合成ライト・マシング

水である「酸化水素」と、

炭化水素の燃えカスである「二酸化炭素」を、

光という力の勢いを使って酸素から、炭素と水素を分離し、その分離した炭素に、また同じく分離しておいた水素と微少な酸素を加えて燃焼可能な「可食部でんぷん」に合成しなおすというあの超基本的生理化学現象の、

超高度水準的な科学技術。

その科学という魔法によって成り立つ「ひかり合成」の根本原理である、

あなた方の現実世界でも、

主要な植物が行う「光合成こうごうせい」による光化学的現象の、

その最終的な結果では、

分解されて余った酸素単独分子は、植物が吸い込んだ二酸化炭素と入れ替わるように、

そっくりそのまま葉っぱの外へと排出される。

これはあまりにも有名に過ぎる生命現象でしょう。

だが、

その、

あまりにも身近で、

あまりにも有名で、

あまりにも当然で、

あまりにも単純であるからこその、そんな超常的な現象もまた、

あまりに有名で著名であるが故に、一つの誤解をもこの世間には大きく広めている様に私は思う。

それは、

植物の行う光合成によって発生し、排出され続けている酸素は、

きっと二酸化炭素から分解されて分けられた酸素そのものであるだろうという誤解です」

「え?」

「おや、

非常に優秀な優等生である章子でも、これと同じ勘違いをしていたのですか?

初等課程教育。いわゆる小学校で学習したはずですよね?

光合成によって外に出されている酸素は、二酸化炭素から分解された酸素ではありません、と。

光合成の結果として、植物から排出される「酸素」とは、

二酸化炭素から分解された「酸素」ではなく。

「水」から分解されて生じた酸素だと。

二酸化炭素から分解された酸素はね。

またその「可食部でんぷん」に再配置されているのですよ。

だから、

その効果によって「木々」は己の体に、自分で造りだした可食部を「再酸化」させて「肉付け」している。

そして、こういう説明の仕方をしてしまうと、ここで一つの疑問が浮かび上がるのです。

なぜ「植物は」吸い込んだ二酸化炭素ではなく、

わざわざ「水」から分解した「酸素」を吐きだすのか、と」

 そう真理は問いかけを差し向けると、戸惑う章子たちの姿をじ、と見て観察する。

 見られた章子とオリルも、

 それ以上の先の言葉を何も言わない真理に躊躇いを感じ、

 互いが互いと見合って自然と呼応するかのように、

 疑問に抱いた一問一答ディベートを繰り返し呟いていく。

「植物には……必要だった?」

「……何が?」

「水の中に在る、酸素……じゃ、ないよね。それは外に吐きだすぐらいなんだから……。

水素……?」

「それなら炭化水素のメタンでも、窒化水素のアンモニアからでも問題はないはずじゃない?

「その時」にはそれらだって、水と同じようにふんだんにあるはずなんだし。

それらから分解して「水素」だけを取りだせばいいんだから。

むしろ「メタン」だったら、分解する行程がそもそも必要ないわ。

炭素を「光合成」という力で司る者なら、その光の力だけで「メタン」の中にある炭素と水素を動かすことが可能なはずよ。

その方が「水」なんかよりもずいぶんと合理的に思える。

しようと思えば二酸化炭素に似たような仕組みで、

「メタン」の中にある水素を、

その炭素がくっついたままの状態で、直接、光の力だけで点火し、違う「炭素を含んだ有機物」に合成し直すことも不可能ではないはずだもの。

と、なるなら事実、

光合成という反応は原理論オリエン上、「炭化した水素であるメタン」一つだけで完結できる。

その方が技術的にも現実的にも断然的に簡単ではあるんだし。

だからメタンさえあれば、

そもそも、二酸化炭素と水なんていう二つの物質そのものを動かす理由が最初から必要いらない……」

「……じゃ、じゃあ。

じゃあ、なぜ?

なぜ?

光合成には、

わざわざ「炭化した水素」じゃなくて「酸化した水素」が選ばれて使われているの?

植物が需要と思う水素源の調達先に「メタン」ではなく率先して燃えない「水」を選んだ理由は……なに?」

 謎を解き合う二人がそこまで言って、答えに行き詰まると押し黙ってしまった。

 それを蚊帳の外から眺めていた真理が見かねて、唐突にその名前を呼ぶ。

「もしっ。

その理由が分かりますかねっ?

半野木昇?」

 真理が呼ぶ名前に、章子とオリル。

 そしてその少年に匿われるサナサの視線が重なった。

 その重なった背後と前からの四つの視線の焦点にいたのは間違いなく少年だった。

 その少年は「え? また、ぼくなの?」という悲壮な表情を浮かべている。

「わかりますか?

半野木昇?」

 重ねて言う真理に、嫌そうな顔をする昇はまたも見事に信じられないことを言うのだった。

「燃えているからなんでしょ?

どうせ、

まだ水がその状態のままで「酸化したまま」っていうか、

「火が付いたままの状態」だったから、

植物は利用したんだ。

また最初から。

水素を他の物体から取り出す為に「光を使ってだって、いちいち一から火を点けるのは面倒」だったから」

 その答えを聞いて、今度は意外にも、

 今までの好意を隠さなかった半野木昇に対する態度を改めるように、真理がプクリと頬を膨らませてクスクスとあざとく笑いだした。

「く、

くくく、

そうですか。

そういう答えに来ましたか。

これは少し、私の失望感の方が大きい。

今回のあなたのその真理こたえは、

いい線は往っていますが、まだあと一歩分の確実的な踏み込みが絶対的に足りない。

そしてその足りない一歩を補う為に、ここではあえて私は更なる一つの質問をあなたに投げかけてみましょう。

では質問しますよ。

半野木昇。

その水の中で起こっていると予想される「酸化反応」とは一体どのようなものなのですか?」

 だが、その問いに、本質的には無知である半野木昇は答えられるはずもない。

「え?

えっと……、それは……」

「吸熱反応っ?」

 そして、その前で、

 何も思いつかない少年の目の前で、

 真理マリの問いに、突然、閃いた咲川章子が声を上げる。

「吸熱反応?

そうなのっ?

でも、まさか、そんな……っ、

ウソでしょッ?

そんなことって……」

 自己の閃いた答えに、今もまだ自分で自分が信じられない章子が己の口元を掌で抑える。

 そして同時にオリルも呆然としたまま地面に目を落としていた。

 オリルも章子と同じ答えに至ったのだ。

 そしてそれは勿論、昇の背に隠れるサナサも例外ではない。

 だからこそ真理は、とうとう念願の自らの閃きだけで真理の一端に辿り着いた主人を褒めそやかし褒めそやす。

「その通りです。

さすがは我が主、咲川章子。

やっと自力的な閃きで辿り着きましたね。

あなたの真理エメトに。

あなたのおっしゃった通り。

水がその存在によって常時、発揮し続けている酸化作用によって生じている化学反応熱とは、

実は「発熱反応」ではないのですよ。

水という液体が、

その内部だけで常時行っている「酸化作用」によって発生させつづけている化学反応熱とは、

火のような「発熱反応」ではなく、

それとは真逆の「吸熱反応」であるのです。

そして、

それがその水の真の理をも呈していた。

だから、水は火と同じくその存在の内部だけで、質量を減らさずに「酸化作用」を推し進め、行い続けているといえる。

その水が「水という形態」である限り、周囲から熱を永遠に「吸収」し続けるという酸化反応を常時発揮させているというね。

そして、これこそが、

この現実世界が水という物質に与えてしまった真の役割だった」

 そして、真理は今回もやはりとうとうこの文を読んでいる、

 いまだ、どのような表情をしているかわからないにも向く。

も中等教育課程の時に習うはず、または習ったはずですよね。

物質が他の物質と化学反応を起こす際には、

「発熱反応」か「吸熱反応」かのどちらかが顕れると。

そして、あなた方は日常的な「火」という酸素による化学的酸化反応熱が、

常に「発熱反応」だったから、

酸素による酸化反応は全て例外なく「発熱反応」であると錯覚した。

だから水はもはや「酸化していない」と勝手に決めつけていたのです。

しかし、現実はそうでは無かった。

それを植物だけは分かっていたのですよ。

それがあなた方の、

動かず、心まで無い、その命を何度搾取しても全く何も問題ではないと、

全ての人類が備える人道的観点から決めつけられていた哀れな植物という生命いのちにまでも先を超された、

この現実世界に対する致命的な「見誤り」だった。

そしてその「仮説」は、

あなた方の現実世界で起こる「光合成」という現象こそが、

「吸熱反応」という化学反応熱で成り立っているという事実で、

初めてここに「肯定」される。

植物が行う光合成はね。

吸熱反応なのですよ。

その事実にのっとり、

言い換えるなら、

光合成とは、

吸熱を伴った、酸化とは反対の現象、

塩基、還元反応であり。

水という存在は、

それ自体が、吸熱し続けている吸熱「酸化反応」そのものであるともいえる。

吸熱型酸化還元反応。

その双方向性の現象をこの場で同時に浮き彫りにすることで初めて、

水は、「水」という性質そのものを外に発揮しているとも表現することが可能になるのです。

だから植物はそのエネルギーの流れをそのままそこに利用した。

吸熱反応それ自体である水によって生み出される吸引エネルギーの流れを利用して、

光を吸収し、

吸熱という加速も含まれた光の威力を借りて、水の吸熱反応中にある酸化作用を中和し、

さらに吸熱反応のまま、光の力だけで分離させた水素だけを炭素へと運び「光合成」という実現困難な吸熱還元反応を、ものの見事に達成させて見せた。

光合成とは、真実、光エネルギーを原動力としているのではないのです。

光合成とは、光エネルギーを吸い込む「水」の吸熱反応を利用した反応だったのですよ。

だから、あなた方の解釈による光合成の仕組みを説明する中で表現される、

「水を、光の電子で、酸素から水素を取り出す」という表現は残念ながら当てはまらない。

それは「水が熱として吸い込んだ光の熱を、光合成をおこなう葉緑素クロロフィルが、水の内部にある酸素が水素を酸化しつづけている反応を中和する為に作為的に向けている」

……というのが実情なのです。

しかし、

化学的に見れば、

水そのものは「中性」です。

それは教育課程のあらゆる理科の実技実験からでも明らかでしょう。

これも当然です。

水の中にある酸素が酸化させている物は同内部にある「水素」だけなのですから。

内部にある酸素が、同じ内部にある水素だけを酸化させ続けて、

周囲には吸熱反応という外力だけを及ぼしている。

これは化学的視野だけに限定すれば、外部に対しての化学作用だけは「中性」ですよね?

だからこの「理屈」は、

水自体の「中性10」が保たれていることも同時に説明できる。

なぜなら、

化学現象で表わされる「酸化還元反応」は、そっくりそのまま、

酸化を「0化」と表現することができ、

塩基、還元反応は「1化」と当てはめて呼ぶことが出来るのですから。

そして、これが!

あなた方、七番目の人類が永年追い求めて病まなかった「永久機関」の真実の姿だったッ!」

 真理は、自分の手に浮かべていたFUDを消し。

 あなた方に真理による「論破」を示してみせる。

「これこそがね、

あなた方、人類が存在してから、最も達成を願い、

最も欲していた「永久機関」だったのですよ。

水は、そこにあるだけで全てを「吸熱」してしまう。

当然ですよね?

水はその「性質だけ」で、全てに奪熱冷却反応を示すのですから。

あなた方の水分、汗、体温。

それら、気化熱に凝固熱に融解熱。

その全てが「水」を基礎として成り立っているのもその恩恵です。

だからこそ、これが、

ただそこに酸素と水素の共有結合というまったく質量を減らさない酸化還元反応だけで「存在」できている水の、

外部に仕事を行い続けている「永久機関」の真実の効果だったともいえるのです。

そして、

そのただの「水」であるというだけで発揮される「吸熱」という永久機関の力こそが、

逆に我々に、

この現実世界での、

熱力学も含めた総べての現実法則にある全保存則の、

 言って、さらに真理は隣で白熱する火の槍ホスケイトスの存在までをも消して、

 まんまと現実せかいに騙されていた、

 あなたを見る。

「永久機関という夢物語の創造物はね。

吸熱反応という化学反応だけに限ってみれば、

「水」という物質の形だけで、既に達成されていたのです。

それに人類あなた方だけが気付かなかったというだけのお話だったのですから。

これも当然です。

否数学の否数法が暴くこの現実世界の仕組みでは、

0と0があれば無限にエネルギーを生み出すことが可能となってしまう。

これは発熱反応による永久機関ともいえます。

しかし、その動きだけでは、その源である0こそが成り立たない。

それでは熱源である「0」という物からしての居場所を失くすからです。

では「0」の居場所を作るためにはどうしたらいいか。

この答えは既にもうだいぶ昔に言いましたよね?

が、もうつあればいい〟と。

そして、

そんな不可解な理由で生み出されたのが、酸素と、水素の連打からくる2で造り上げられた、

10」なのですよ。

一進法による、

吸熱反応だけを及ぼす永久機関。

真理学名。

吸熱型永久機関アソサーマル・パーペチャー

その永久機関機能パーペティル・マキナを備えた、

永久機関反応物質パーペティアル・マテリオン

真理学慎名。

0を代行する水システム・アクア

……そして、それと対を成すのが、

発熱型瞬間機関オンサモン・インスタータ

1を執行する火システム・スファイア』です。

さらに、

これら二つの存在の誕生によって、

初めて、

この現実世界での、

0の永久機関システムマザー・サイファフロラ」、

事紀ゼッション」が成り立つ。

すなわち、「否数法」で、

5引く5という最も単純な算数式の解でね。

より判りやすく導くと、

5引く5で「0」

……という事です。

故に、

この否数法の解が、

間違いなくっ、

この現実現在世界を成り立たせていたと云える!」

 大声を張り上げ、その行動をもって、

 謀らずもあなた方への「論破」という「勝利」を宣言する真理は、

 ここで言葉敗れた「敗者」である、章子やあなたに、

 尊敬の念を込めた強い視線を贈る。

「だから真実、

あなた方、人類という者はもの凄いものなのですよ。

あなた方、人類が、「永久機関」を手に入れようとして、

知らず知らずの内に挑んでいたものは、

他ならぬ、

あなた方の「母」ともいえる永久機関、「水」の性質だったのですから。

あなた方はそれに立ち向かっていたのです。

……だから、

私は語らねばならない。

この吸熱型永久機関、

「水」が行い生み出している、の存在を……」

 言いながら、

 真理の両の瞳はどんどんと合わせていた焦点を離していく。

「水は、ですね。

最初だけはその存在自体に「熱」を必要としますが、

それ以降の存在維持活動には「熱」を必要としません。

それらの存在原理は全て「内部の水」と、「外部の火」によって完結しているのですから。

そして、

これは同時に。

水が常時、吸い込んでいる「熱」とは、

その水の存在自体には全く完全に「必要ではない」ことも意味している。

水が周囲から吸収している「熱」はね、

その水の存在自体には何処にも必要がないのですよ。

だから水は、水の存在ひとつだけでは「熱」を

消費することができないのです。

自分の熱は、既に自分で賄い自己完結しているのですから。

それはつまり単独では、「熱」を「0」に出来ないことも表わしている。

なぜなら、例えそこで「熱」を0にしたとしても、

その「0」によって自らの内にまた同じ量での新たな「1」を生み出してしまうからですよ。

水は、化という「0」をも代行しているのですから。

いえ、真実を云うのなら、

その酸化の「0」と「0」の熱とで「1」を生みだす動きこそが、

全ての保存則の存在を見せかけていた「水」の本来ある仕組みともいえる。

しかし、結果としての結論は似たようなものです。

それに「吸熱」という以前のままの表現の方があなた方にも分かりやすいでしょう。

だから今の問題はそこではない。

いま現在の問題は、

水自身が完全に必要としない「熱」を、

水自身が常に吸熱し蓄え続けている、とも云える事象なのです。

そして、

その事象である熱の貯蓄量が行き過ぎると、

水はそれを消費できずに、

あるいは見方を変えれば、

熱を消費する為に、

水自体の形が「水という液体以外」に変わってしまう。

で、あればですね。

その水が、

永い永い刻の中で、

自分の形を変えるまでの、

である時に、

「水」としてあれば永遠に吸収され続けている「熱」は、

その水の中で、今度は一体どういった作用をもつに至るのか?

これは、とある説明文のちょっとした改変で想像する事ができる。

その説明文を改変した文とは……。


〝水は、吸収した熱をその水の内部で「何か」に変換し、その変換した「何か」によって発生した熱をさらにまた再回収している〟


……と、いう一文フレーズのものです。

しかし……いつもながら、この無機質な文章表現には、

これまで何度も目にしたはずの真理わたしですら、未だに嫌悪感が拭えませんね。

吐き気を催すぐらいに強いよこしまな邪悪感が、

畏怖ではない明確な恐怖として、読むたび読むたびに、

微かに、

だが確実に静かに湧き上がってくる。

だが、

そんな忌避すべきこの一文の、原文として参考とされたものは、

実は「水」の性質をありきたりに説明したこの世にありふれた文章ものからではありません。

これの原文は、あなた方、七番目の人類が、

熱力学中にあるとする四つの全熱力学保存則を全て、全く打ち破らずに達成できた場合に存在するとしている、

「第二種永久機関」という物が発揮するだろうを説明する為に作り上げた、

「公に一般的な様々の場所で誰もがよくしている説明文」の中に記述されているごく一部の表現ものです。

その主要な一部を、虚構側われわれが無断で拝借し、抜粋し、借用し、水の性質に上手くなぞらえる様に味付けアレンジして、

改変したものが先程のあの一文。

要はコピペですね。

……では、改めて、

に質問してみましょうか?

この、


〝水は、吸収した熱をその水の内部で「何か」に変換し、その変換した「何か」によって発生した熱をまたさらに再回収している〟


という文言の中で言われる。

「何か」とは、

いったい何のことを指して言っていると思いますか?」

 そう言って真理はを見た。

 もはや両眼の焦点の合わなくなった視線を全てに向けて、

 

 そして勿論、

 章子たちにも向けて問いかけていたのだ。

 このを。

 しかし、あなたや私は答えられない。

 そして当然、

 章子やオリルたちにも答えられなかった。

 答えられるわけがなかった。

 それは既に想像がついていたから。

 だから答えられずに、そこで手を拱いている我々に、

 真理はついに痺れを切らす。

「水はね。

ヤっていますよ?

今も。

その、

あなた方の目の前で、

あなた方の見える所で、

あなた方の目には見えない熱を使って、

あなた方ではその目で見ることが叶わない、

ナニかを行い、

そこに湛え、浸り、満ち溢れる水は、そこにいるあなた方の目の前で、

目の前で過ぎる、

」で移動する熱を吸収し、

透き通った内部のその奥の、

誰にでも見透せる底を曝け出しながら、

その透明な中で、

我々には見えない熱を奪い、

決してあなた方では見ることのできない……、

〝何か〟をッ!」

 強く怒気を放つ真理の言葉に、

 言われた章子は自然と自らのを見ていた。

 そして、それをただじっと見つめていた。

 なぜ見ているのか、それは自分でもわからない。

 だが見つめていたのだ。

 自分という自分の意思で動かせる、

 その紛れもない自分の掌を。

 そして、

 そんな哀れな現実逃避ではなく虚構逃避を続ける自分の主を認めて、

 真理マリは、

 誰もが答えることが出来なかった、

 この現実の真理こたえを放つ。


ですよ」


 真理はさらに言う

なのですよ?」

 そして、

 とうとう認めたくない真理こたえを、再び言い放った真理マリが、

 遂に、焦点の合わない視線で指差していた者こそ、

なんですよっ!」

 

 人間である我々すべてを指差して、真理はそう言っているのだ。

生命あなたなのですッ!

水は、

熱を吸収し、

その熱を内部で一点に集め、

永い永い時をかけて、

周りにある物質までをもかき集めて、それを肉として付け足しッ!

を生み出していた。

それが、

この……生命いのちです。

あなた方の云う「生命」なんですよッ!

あなた方やその他の生命は間違いなく、

水が集めた!

「熱」の集合体による!

ただの「物質」で肉付けされた!

生命いのち」そのものなのですッ!」

 そして真理は、

 そんな掛け替えのない全解答を吐き捨てる。

「これがあなた方のいう

「生命の起源」だッ!

こんなモノだった!

だからあなたのそのおヘソにある、ヘソの緒の痕はね、

あなたの母親から繋がって、その目の前で湛えるその水にまで続いているのですよ。

水という、

吸熱型永久機関システム・アクアによる、

副次作用機能サブ・パーペアル

果てしなく重い未来からも来る、

事切れて一秒間で全宇宙の直径速度を渡る「事」だけとなった「」さえも吸熱して見せる、

存在循環ライフシュトローム現象。

真理学循環。

生命熱反応回転循環ライブライフリィンカーネイション

これがあなた方の言う、

全宇宙に存在する「有機生命体誕生の根源の謎」への、

「真理学」から贈られるたった一つの、

唯一にして無二の真理こたえなんです」

 言いきって真理は地団太を踏む。

「そこには、

もはや、

「無機化合物」や「有機化合物」などという区別や差別は、存在しないし必要もない。

全てが「熱」としてあなたに通じているッ!

これでもまだ、

植物は「生命」ではないと言い張りますか?

それを、

叫び声を上げないただの、

何度も命を奪っても問題のない「有機活動体」だと言い張りますかっ?

「鉄」や「岩」でさえも「無機物」だと言い張れるのですか?

それもいいでしょう。

しかし、それで真理に辿り着こうなどとは片腹痛い!

それでも、そんなあなた方に、

真理しんりへの到達へと至る為に、

助言アドバイスできる事が一つだけあるとすれば、

あなた方は、まず、

他者よりも真っ先に、

自己を自己の死以外で否定しなければならない〟

真理わたしから云えるのはコレだけです」

 そして、片腕を挙げると、

 真理はその手の平の上で、光学空間表示も発生させることなく、

 つむじ風を巻き起こす。

「……だから魔法これも、

一重に言えば、生命の具現と云ってしまえる。

この渦巻く風も、「命」を

しかし、それでもまだ「完全な命」には足りえない。

この風にはまだ、その為の「挙動」が足りない。

そしてこの風にその挙動が足されれば、それは完全な命となり得る!」

 そして真理は、瞳の焦点を戻し、

 この風に、

 その命を与えられる者を見る。

「サナサ・ファブエッラっ!

……証明……できますね?」

 言って渦巻く風の矛先をサナサに向ける。

 それは章子から見ても凶器に思えた。

 真理がサナサに向けている風は、容易く容易に人を傷つける。

 それだけの威力が十分に備えられている。

 それがありありと観て取れた。

 真理は、

 それを躊躇いなくサナサに向けている。

 それを当然と放とうとしている。

 だからそれを章子が止めに入る前に、

 サナサ自身が、己を庇っていた半野木昇の前に進み出ていた。

「いい覚悟です。

生きますよ?」

 そして真理は風を放った。

 渦巻く風をサナサに向けて撃ち放った。

「やめてッ!」

 だが叫んだ章子の声と同時に、風の鳥が生まれる。

「え……?」

 茫然となる章子の目の前で、

 サナサに向けて放たれた風は、サナサという少女を撃ち抜いた瞬間に、

 風の鳥となって具現し昇華してサナサを撃ち抜く前に吹き抜けていた。

 その風の挙動は、高く舞い上がり、大きな鷲の様相を呈している。

 それは、章子がこの五番目の古代世界の陸地を初めて目にしたときの、

 海鳥の様な小さな風では無かった。

 その命となって羽ばたく大いなる風は、今

 真理を水の槍も含めて、その翼で包むように舞い降り立つ。

「これが……、

AMです。

人工精神オティシカル・マインドAMアム

精霊を具現させる、

ただ1つの指先の動作を加えただけで、そこに生命いのちを発生させる「科学技術」、

精神発生学パプシマブの力。

故に、

この風はもう、

……生きている」

 真理は自身を優しく包む、大きな風鷲を見る。

 それは我が子を見守る母親の眼差しだった。

 そして、その神々しい光景から目を逸らしているのは、

 その風の大鷲に、最後の命の一押しを与えた他ならぬサナサだった。

 それを示すように、サナサの立ち姿の中には、その輪郭からはみ出る様に、

 一つだけゆるりと下に伸ばされた、

 今もまだ振るえる人差し指があった。

 その振るえる人差し指の一振りだけで、

 サナサは向かってくる風から一筋の命を生み出したのだ。

 風が自身に当たる前に、それを振るって。

 そして風に命が生まれた。

 その風は今や、真理こそを己の母親として認識している。

 だが、その光景に感動的なものはない。

 なぜならその答えは直ぐに訪れるからだ。

 風自身の、消失によって。

「……ごめんね。」

 その一言で、真理は己の行使していた風の魔法を止めた。

 それで、今で懐いていた風の鷲も綺麗に消えた。

 後には何も残っていない。

 ただ、真理の罪を重ねた表情だけが、そこにはあった。

「これが……「死」です」

 そして章子たちを見る。

「サナサ・ファブエッラ。

あなたが気に病む必要はない。

これは全て、今のあのをわざと生みだし、

それを飼っていた私だけの罪咎なのだから。

しかし、これでよく分かったでしょう。

風や、燃え盛る炎、

果ては重力で流れる川のせせらぎにすら、

そこに他の挙動を加えるだけで「命」を宿すことが出来る。

それがAMです。

そして、

それらは全て「熱」の動きだけで達成できる」

 そして己の隣に一つだけ最期に残った水の槍を見る。

「それを、

この「第五世界」も、この水の槍に与えて「投下」した。

この私の背後で控える、

火山の噴火口。

その地球の内部へと至る、カツォノブレイッカ山の噴火口の中に」

 もうもうと大きく立ち上る黒い噴煙が見て取れる真理の背後には、

 それを頂点として、やはり荒涼とした大地が輪郭の稜線となって背景としてある。

「覇都ギガリスは思ってもみなかった事でしょうね。

反地球である「覇星・ギガリス」を発生させるための儀式システムとは、

ただ単に、

その槍に、彼の者が望む数値をそこに打ち込めばそれで済むだけの話だったのですから。

それがまさか、槍自体に「命」を打ち込み、母星の内部に投下するとは。

計算違いも甚だしかったことでしょう。

おかげで「覇都ギガリス召喚」という一世一代の大業おおわざは、

完全な不発に終わってしまったのですから。

覇都ギガリスは、彼らが見下し、見くびっていた自分たちの未来に、ものの見事に出し抜かれたのです。

自分たちが真に何処までも探求し、欲し、希望としていた「不完全さからくる可能性」というものにっ。

これはサナサたち第五世界、サーモヘシアの勝利といってもいい。

ですが、

それは、最初から勝ち負けなどではなかったのです。

それはただ単なるギガリスの真の消滅でしかない……。

……筈、だったのですからね」

 ここでまた真理の目に力が宿る。

「しかし、その可能性はまだ残されるようになった。

我が母ゴウベンは、第二、第三、第四紀の時代の時に、まだ実在としてあったペンティスラまでをもこの新世界に持ってきている。

間違いなく「あと三つの水の槍ペンティスラ」がこの新惑星「転星リビヒーン」には存在しているのです。

しかしそれはまだ、今は重要な話ではない。

重要な話はまだ、

その槍の本質でもある、

「熱」という動きを「命」にも変えて成り立たせてしまう「永久機関」、

「水」にあります。

続きを言えば、

水は、

「三つの循環」によって、「熱」を一つの命として象らせている。

三つの循環とはすなわち、

「6」という炭素による炭素循環、

「7」という窒素による窒素循環、

そして、

「8」という酸素による酸素循環

と呼ばれるこの三つの循環の事です。

それを水素というもので「一つ」にして、

水素循環させている。

これを真理学用語では、

三環化還元素循環コノオッフ・ヒュトリオン」と呼んでいる。

その「三環化還元素循環」によって、

水は、吸熱反応による「雪の結晶」とも表現できる形で、熱を遺伝子や染色体という生体物質に細工なさしめ、

それを「命」に変えて成り立たせている。

水の外部でも。

または、

その命の内部でも、です。

しかし、

この「三環化還元素循環」を命の糊付けとしてうまく機能させる為には「幅」がいる。

ある「幅」が必要なのです。

それはこの宇宙に比べれば本当に小さい、「針」の穴よりも遥かに小さい「幅」です。

そして、その「幅」の決定権限は、

その循環の根源である「水」の側が持っているのです。

それがあなた方の言う「融点」と「沸点」。

水の氷る融点と気化する沸点の間にある幅で、全ての循環速度が決定される。

これが何を意味するかは、

もうお分かりですかね?

ヒントを申し上げれば、

水という永久機関が発揮する「吸熱」という反応熱現象は、

「水」という液体形態だけでしか発生しません」

「え?」

「当然でしょう、

章子。

酸化による吸熱反応は「水」の時だけです。

水はそこにあると吸熱をし続け、熱を己に蓄えて自分の形態を変化させます。

そしてそれは自己と自己の周囲にある環境、状態によっても大きく左右される。

寒冷な所では自分が蓄えた熱により、また周囲を温めて、自分が消えたり、

温暖な所では、周囲から熱を奪って回りを冷やすことも頻繁に行います。

そしてそれが行き過ぎると、永久機関の機能で「命」を生み出す前に、

自分の形態が変わってしまう。

これも当たり前ですし、

ここまでなら、先程も同じようなことを言いましたよね?

なぜなら、

いかに永久機関とて、

のですから。

永久機関は、あくまで永続的に力が発揮される永久機関であり、

無限機関ではないのですよ。

だから本来、永久機関の分類には、無限機関と永久機関という枠組みが必要であると言ったのです。

そして、

そこには確実に、

自己の常時出力では対応できない温度に翻弄される「水」という悲しき永久機関の存在がある。

するとね、

行き過ぎた零度によって、

水が、

冷えて、固まって、

違う形になると、、

そこで内部の酸化が完全に停止してしまい、

その瞬間まで吸熱していた熱が内部で膨張し、

のですよ。

「氷」としてね。

水が氷となった際、体積が「増える」理由はここにあります。

「水」が凍って、

「氷」になると、

水分子同士の繋がりが長くなって、そこに空いた空間ができ、体積が増えるのは有名ですよね。

あれはその時まで吸熱していた熱によるものです。

だから酸化吸熱反応が止まると、

今まで吸熱されていた熱も、水が氷る瞬間にそこで消えた吸熱力の反動で押し出てくる。

それで軽くなって、水の中では、氷が浮く。

そして、

水が氷になると、

その「氷」は、今度、

氷点下から絶対零度までの幅にある「閾値」では、

「火」、

いわば「氷点下までを上限とした炎」となって融点以下の零度界では君臨するのです。

それもそのはずでしょう。

氷はどれだけ冷えても氷のままです。

氷は、氷のままでそこに居座るだけ。

その状態では、

氷は、零度以下の他者まで冷やすという機能までは持ち合わせていない。

回りが冷やすなら「自分はこおって吸熱という酸化反応を止める」。

それだけの機能しかないのですから。

だから「氷」は、それ以上の、

それ以下である、

氷点下内にある、外部の温度まで吸熱することは絶対に無い。

それ以上、際限なく冷えつづけて、

周りを絶対零度にまで堕とすことは、完全に無いのです。

それは「水」だけの役割なのですから。

「氷」はそれ以下の温度では逆に外部を融点温度へと引き上げるのですよ。

これは全てを冷やす絶対零度側からみれば、

氷点までを海面とした「完全な炎」といっていい。

そしてその「炎と水と氷」を決定づけるのが、

水の性質の中にある「融点」と「沸点」なのです。

ではここで、その水という「氷」が解ける温度、「融点」と、

「水」が気化する温度、「沸点」の基準値を、

摂氏で大まかに述べて見ましょうか?

咲川章子?」

 言われて、

 まだ何もしていない、

 言ってもいない章子は既に茫然となっている。

「咲川、章子?」

「え……あ、ああ。

そっと、

氷の融点が……「0度」で……。

水の沸点が……「100……度」……?」

 章子の言葉は、すでに涙声で振るえていた。

 気付いているのだ。

 この先の答えが。

 だが、その前にまだ、章子には気付いていないものがあった。

「では、章子。

水が「沸点」であるためには、一つの条件がありましたよね?」

「えっ?」

 章子は迂闊にも決して見落としてはいけなかった、その問いを聞いて愕然となる。

「あるでしょう?

水という物質の、その「沸点」が摂氏100度であるためには、一つの絶対条件が」

「……そ、そんなぁっ……」

 だが章子の下僕は、そんな主の断末魔は許さない。

「答えてください。

私も一緒に耐えて上げますから……」

「1……気圧……っ」

「ヘクトパスカルに直して……?」

「1013……ヘクト……パスカルッ!」

「ではここで復習です。

」で、

融点の否数は何でしたっけ?」

10酸化水素……」

「では10の否数は?」

100沸点……」

「100の否数を求めてみましょう……」

「……い、一千んぅ……、

1010一気圧ぅッ!」


「い、……いい加減にしてくださいッッッ!」


 大声がした。

 答えを吐き、泣き崩れようとする章子のその寸前で、

 それよりも肩で息を切らし、

 章子に勝るとも劣らない、涙を目に浮かべ、

 小さな体で虚勢を張っていたのは、

 意外にもサナサ・ファブエッラだった。

 普段は温厚なはずだろう、

 この今まで大人しかったサナサ・ファブエッラは、

 やたらに激しく息を切らし。

 ふざけた講釈を自分の主に垂れ流している真理に向いている。

「いい加減にしてくださいっ。

1013ハケルサイク(ヘクトパスカル)は、1013ハケルサイクですっ。

絶対に1010などではありませんっ!」

「当然でしょう?

サナサ・ファブエッラ。

この現実世界は、

一進法だけでは絶対に完全には成り立っていますが。

では絶対無欠に成り立ってはいないのですから。

「1013」の「3」はね、

他の数進数による「混じり」です」

「では、その混ざっている「論拠」での「論破」を望みます!」

「ふふ。

ではその「論破」は適いませんね。

それは「論破」できないと降参しましょう。

今の私に、そこまでを「論破」する気力はない」

「では今までの根拠も、

「論破」ではないと認めますねッ?」

「いいですよ?

それであなた方が、

これとはまったく違う、あなた方の新たな真理りくつで、

この現実世界の仕組みを「肯定なっとく」できるというのであればね?」

 そう開き直られて、

 サナサも章子も、

 オリルですら、快く受け取ることは出来なかった。

 章子たちは既に、

 この真理マリのいった真理を、自分たちの新たな論拠で「論破」できる自信が全くない。

 おそらく1013の3も、今のこの真理の云った答えに準じたものだろう。

 それを確かめる術も、否定する術も、

 もはや章子たちには持ち合わせていなかった。

「それで……?

もう、

「いちゃもん」は終わりですか?」

「まだですッ。

まだ、真理あなたを否定できる根拠はここにありますッ!

それが、

あなたが、あなたの言う、

その「否数学の否数法」とやらにはっ、

重大で決定的な〝欠陥〟があるからですッ!」

 その一言で、真理の目の色が急激に変わった。

「ほう?

?」

 その表情は非常に嬉しそうだった。

 まるで待ってましたと言わんばかりの形相だった。

「そうです。

欠陥です。

それは私だけが辿り着いた答えではありません!

この私たちの五番目の世界での、総意を備えた指摘ですッ!」

「ならば、いいでしょう。

では、

その欠陥とやらとは、いったいどのようなものなのですか?」

 歓喜する真理が躊躇いなく訊くと、

 サナサの方が逆に暫くためらい。

 それから全てを言いきった。

「あなたのその「否数法」から根拠とする、

円の内周率2.97とっ、

それから続く、

「接続数域」と呼ばれるものがですッ!

アレがそもそもおかしいんですよッ!

あなたは言ったそうですね?

内周率2.97を掛けた直径の円が出す長さと、

外側の円周率3.14で計算される長さから出された差から出てくる、

厚さや薄さよりも、

それよりさらに薄く、細い線や厚さを持った円や球体は、

現実世界では絶対に存在することが出来ないとッ!

そんなことはありませんよ!

十分に大きく、巨大な円では、その円や球の線や面の薄さや細さは、

その内周率で算出される数値よりも遥かに細く存在できているし、

明らかに薄くも成り立っていますからっ。

だから、我々はこれを絶対に認めません。

そして極めつけは、

接続数域コンティマスリ―」というものです。

あれの根拠はもっと、おかしいのですよ。

あの接続数域によって表わされる、

円の内周の長さと外周の長さが、地続きしてくように見える数字の動きは、

円の直径の数字が上がれば上がるほど、内周と円周の差にある空間が次第に狭くなって重なり、突き破っていくのです。

あれでは直ぐに、小さい方の直径の数字の外周の長さが、それよりも更に大きい直径を持つ数字の内周の長さを次々に超えていきます。

だから真理あなたの「接続数域」という数学的根拠は、

この現実世界では絶対に成り立ちません。

だから私たちはこれも強く否定しますッ!」

 言い終わるとサナサは、やっと胸のつかえが取れたのか。

 立って憤る構えに、少しだけ脱力を見せる。

「……。

他に……疑問はありますか?

皆さん?」

 だが、真理はビクともしていなかった。

 これだけの矛盾や誤りを指摘されて、それでもまだ平然と、

 自らの過ちと不備の有無を、他者が確認できているのかどうかを見極めようとしている。

「今の内に全部ゲロッた方がいいですよ?

あなた方の真理への疑問はこれで全部なのですか?」

 すると、オリルがそこで手を挙げた。

「この現実世界には、

118種の元素の他に、

それ以上の数で数多に存在する「元素の同位体」というものが存在します。

否数法が導くこたえが、

ビッグバンが繰り返されるたびに「元素」の数も一つずつ消えていくというものであれば、

その何千とある元素の「同位体」が存在する理由を、

真理あなたの言う「否数法」は、

どのように説明するのですか?」

 オリルの真意を問う指摘を聞いて、真理は他人事のようにコクコクと頷き、

 次の番である己の主を促す。

「……章子は?

無いのですか?」

「わたしは……」

 尋ねられた章子は一度、言い淀み。

 また深呼吸をして、自分の下僕を見る。

「他の子たちよりは、ずっと幼稚なことなんだけど。

否数法では、

三つある「0」っていうのは、

「0」同士では同じ0となって同化して。

「0」以外の「1」とかとは反発するんだよね?

で、それを「10」として、

この世界では四つの「10」という基本相互作用が成り立っている。

……それでわかんないんだけど。

電磁相互作用自軸1と他の0があるじゃない?

あれの磁力の作用が分からないの。

例えば……そうね。

地球で言うと、北極と南極の、「S極」と「N極」があるでしょ?

あの「S」と「N」を、

それぞれ「1」と「0」で当てはめてみると、

「1」である「S極」と「S極」が互いで弾くのはまだ分かるわ。

わたしたちだって、「1」と「1」では弾く時があるもの。

でも問題は「N極」よ。

「S」が「1」なら、当然N極は「0」なんだよね?

でも現実は、

「N極」と「N極」も、

「S極」と「S極」同様に弾くでしょ。

〝あれ〟はなんでなの?

なんで「0」と「0」である、

「N極」と「N極」も反発するの?

「0」同士だったら同極同士で「同化」して、くっつかなくちゃおかしいでしょ?」

 その主のもっともな意見に、

 真理も、激しく同意をする様な、大きな頷きを何度も繰り返す。

「なるほど、なるほど。

しかし、我が主、

咲川章子。

それは全く幼稚な質問では決してありませんよ。

それは、サナサやオリルと同様の水準である、

高レベルで至極真っ当でもある当然の疑問です。

だから、あなたはそんなに卑屈になる必要はない。

そして、

それ以上に卑屈な存在である。

半野木昇。

あなたには、疑問がありますか?」

「ぼく?

ぼくは……別に……」

 ないのか……。

 章子たち三人の少女は、少年のそんなそっけない態度に戦慄を覚えた。

 これほど受け取れない現実が目の前にあるのに、

 それを、なんの疑問も無しに、

 肯定することが出来るというのだろうか。

 三人の少女たちには、そんな少年の思考と態度が理解できなかった。

 そして、真理も当然、少年を見て言う。

当然そうですよね。

あなたはいつもそうだった。

そうやって、私がこうやって、信じ難いことを何度言っても、

そのまま黙って、自分で自己解決している。

私が突拍子も無いはずのことを何度も何度も言ってみせても、

それを「理解」しながら、

それを敢えて、

自分の心の中だけで「理解しつつ否定」するのです。

自分だけの答えを出して

そして、それをこの現実世界で具現させてしまう。

あなたは、いつも「当然そう」だった。

あなただけは、

この世界でただ一人、

そうやって、いつもいつも、

私や、私の姉や母や、

その他も含めたそれら全てを、

そのたった一つの心で理解しつつ、

そのあなた自身が「絶対の敵」だとも認識している、

自分も含めたこの現実世界の全てもひっくるめて……、

自己完結に、

誰もができず。

誰にも決して真似のできないッ!

単独、

孤軍こぐんでっ!

……否定してみせるのだから」

 吐き捨てる真理の鋭い視線にも、

 だが少年はそのままでいる。

 ただ何かを探している様に、真理から目を逸らすだけだった。

 そんな少年に、愛想を尽かし。

 真理はやっと。

 とうとう。

 こんな文を最後まで読んで下さっている、

 にも向く。

「……だ、そうですよ?

も同じ疑問は持っているのでしょうか?

……おやおや、

まさかとは思いますが、

生命の起源こんなことぐらいで絶望はしていませんよね?

こんな真理ものはまだほんの序の口ですよ?

こんな真理モノで終わるぐらいなら、

ギガリスはこの現実という世界に、絶望なんてしやしません。

今の内に忠告しておきましょうか?

ですよ?

真の絶望は。

ここからなのですよ?

真の恐怖の始まりわ。

当然ですよねぇ。

それだけの都合のいい虚構ウソを、

現在もまだ、私はあなた方に吐き通しているのだから。

そして

そんなあなた方に都合のいい虚構ウソを、

あなた方が見破っていれば、

その真の絶望とやらも半減できます。

では心して、次をお待ちください。

その時こそ、

あなた方は……、

あなたをあなたとして、そこに決定させている、

神の視線をることになる……」


 この現実の真理はまだ、終わりを告げない……。

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