第4話 家路

 遠き山の稜線に陽が落ちようとしている。

 夕暮れに染まる山は丘であり、進行方向から背後へと流れていくのは並木の樹だった。

 そんな枯れ葉の舞う、砂地のむきでた並樹道をガタガタと進んでいくのは馬車だった。

 二頭の馬が牽引する馬車がそれぞれ三つ、直列に隊を組んで、一直線に郊外への道を進んでいく。

 その馬車の一つ、

 前と後ろを他の馬車に挟まれている真ん中の馬車から笑い声が漏れていた。

 談笑する声だ。

 四人の少年少女が二名ずつ対面で座席に腰かけている個室コンパートメント状の馬車の中。

 その揺れる座席の一角で一際、甲高く笑い声を響かせていたのは少女の声だった。

「ぷ、

あははは。

そんなことをやっていたんですか。

章子は」

 ひーひー、はーはー、かつか、くつくつと腹を抱えて真理マリが笑っている。

 真理は自分と別れてからの章子の自己紹介から始まった醜態たる醜聞の一部始終を聞き及ぶと、こと、ここに居たれば狭い座席の中を盛大に笑い転げていた。

 真理の隣に腰かけるオワシマス・オリルも、クスクスと思わず漏らしてしまう笑みを手で咄嗟なく抑えている。

 そんな彼女ら二人の悪意無き嘲笑を見受けて、

 章子あきこのぼるは、二人して隣り同士座り合いながら居心地の悪いものを感じていた。

「そんなに笑わなくたっていいでしょっ?

わたしたちだって必死だったんだから!」

 章子は必死にあの時の惨状のことを擁護する。

「ほぷふッ?

今度は言いわけですかぁっ?」

 これまた汚いものをまき散らさない様、真理は必死につりあがる口元を抑える。

 それを無視して、章子はなおも釈明を続けた。

 唐突に出くわした状況、唐突にあらわれた新古代人。

 そこでとってしまった自分たちの行動。

 あらゆる出来事が裏目に出たその結果まで。

「そ、それで、

今でもあなたはアキコ・サキガワなのですか……?

アキコ・サキガワ?

ぷくくゥっ」

 どうやら真理の脳内では何度も笑来の神さまが降臨し逆流なさっているようだ。

 ケラケラ、ケタケタと目の前の章子の顔とアキコ・サキガワという名のミスマッチが、自我を保てない程のドツボにハマってしまっているご様子だった。

「そんなわけないでしょっ!

ちゃんと今は咲川章子ですっ!」

「ぷくっーゥっっっ!!!!」

「いい加減にしなさいよ。

アンタ!

だいたいアンタが屋上に行けなんて言わなきゃ、こんな事にはならなかったのよっ!」

 章子の恨み節は最高潮に達していた。

 真理の揶揄からかう安い兆発に乗り、怒りを爆発させている。

 それを脇目にしながら昇は一人、馬車の中から車窓を眺めていた。

 そろそろ視界にある夕闇の色が濃くなり、堕ちる闇夜で景色の色彩も分からなくなってくる頃だ。

 馬車の中の照明度と外界の光度が逆転する。

 暗くなったガラスの窓に映り込む自分の顔を目にするのは、昇にとってあまり好きではないものだった。

 章子や真理、それに今回、新たに加わったオリルの顔立ちは皆、総じて男受けするほど顔立ちがいい。

 しかし今の昇に至っては髪も湿って坊っちゃん刈りそのままに垂れ下がり、貧弱な体形も合わさって、間違いなく部屋に引きこもっていそうなインドア派を更に陰険にした陰気の風貌を醸し出していた。

 そんな事実を直視したくもなく、

 昇はまだ新世界の外の景色を眺めていたかったのだが、どうやらそれも時間が許してくれそうになかった。

 外は既に夜の帳が広がり落ちようとしている。

「それで……、

まだかかるんですか?

オワシマスさんの実家は?」

 陽も沈みかけた頃、

 一通り章子に対する真理のちょっかいが治まったのだろう。

 はぁはぁと息切れする章子が満足顔の真理を尻目に隣のオリルに向いて尋ねる。

「オリルでいいですよ。章子さん。

でも、そうですね。

あと小一時間といったところですか」

 オリルは自分のポケットから取り出した懐中時計を見て時間を図っている。

 章子にはその所作が意外だった。

 この馬車という移動手段や懐中時計といった、魔法を扱う世界では時代錯誤的な郷愁感を匂わせる科学水準が解せなかったのだ。

 章子は真理からこの時代は章子たちの文明社会よりも数段優れた科学力を備えていると聞かされていた。

 だから章子もそのつもりでいたのに、いざ辿り着いてみれば教会だ、馬車だ、時計だ、なんだと章子たち人類と同じ、いや、もしかしたら数段、科学文明が落ちている印象さえある。

 その目を認めて、章子の心を知ってか知らずか真理がオリルに助言を呈した。

「章子が戸惑っているようですよ。

オワシマス・オリル。

説明して差し上げた方がよさそうですが?」

「あなたはあたしをそう呼ぶんですね。

シン真理さん」

「真理、でいいですよ。

私もあなたのことはオリルと呼びたいと、そう望んでいますから」

「では真理。

あなたはこの状況をわかって言っているの?」

「もちろん、承知していますよ。

そして初対面で愛称を許したからといって、ついでに敬称、敬語まで省いてくれるのは良い距離間ちょうこうだと指摘しておきましょう。

オワシマス・オリル」

「それはどうも」

 オリルも、真理と章子のやり取りを見て悟ったのだろう。

 この場で真理への気遣いは一切無用だ。

 自分の調子ペースで話しを進めないと、この少女には全てを持っていかれてしまう。

 その事を自覚してなのか、オリルは片時も真理に隙を見せてはいなかった。

 章子も昇も、そんな対面の席で並び座る真理とオリルの顔を見比べる。

 こうして比較して見ると、やはり真理とオリルの顔は確かに似ていた。

 髪型こそ違え、相似の度合いでいえば双子ほど瓜二つではないが、姉妹として見るなら納得できるというレベルである。

 あの時、最初に出会った学領と呼ばれた老婆は気づかなかったようだが、やはり真理とオリルの顔は血縁関係を疑わせるほど似通っていた。

「どうしました?

二人とも黙って」

 章子や昇の訝しむ表情を悟ったのだろう。

 真理が図星を訊いてくる。

「いや、オリルさんとあなたって似てるなと思って……」

 章子が躊躇いながら疑問を口にすると真理も当たり前のように首肯した。

「当然でしょう。

今の私のこの体には隣のオワシマス・オリルの身体的情報も混じっている」

「え?」

「え」

「え?」

 真理の突然の告白に三者三様の反応があった。

「そんなに驚くことでもないでしょう。

私はこの新惑星に集められたどの時代の地球世界の住人でもない。

ならばどこか元の情報から私と言う人間素体を必要が出てくる。

母はその一部を過去のオワシマス・オリルという少女の身体情報からも持ち出した。

それだけの話です」

 真理の淡々とした独白に、体の一部を勝手に模写されたオリルが怪訝な顔をする。

「過去のあたしを?」

「そうです。

オワシマス・オリル」

「……なぜ?」

「その方がそこで黄昏ている目の前のたぶらかし易いと思ったからではないからですか?

事実、この顔や身体は高確率で昇の視線と意識を頻繁に惹き寄せています。

私のこの顔や体形は昇の好みにも合わせられているのですよ。

思いも寄らないことがあれば、いつでも色仕掛けで堕とすことができるようにとね」

 そう言う真理の不敵な笑みに、オリルと章子の侮蔑した眼差しが昇のもとに一身に集まる。

「え? え?」

「そうなの?」

「あなたを?」

 それは女子が、色欲に走った男を責める目だった。

 軽蔑した眼差しが少年の性を排斥している。

 その視線を受けてさらに背を丸める昇に、真理は微笑んで見せた。

「とまあ、それはそれとして。

母が私の体にあなたの血を混ぜ入れたのには、他にも意図がある様に思われます。

その意図とは他でもない。

母とあなたの関係にあると私は見ている」

「あたしと、あなたのお母さんとの関係?」

「ええ。

おそらく母はこの時代の人間なのでしょうから」

 またもや真理は突拍子もない発言をした。

「ゴウベンさんが?」

 章子や昇の唖然とした表情に真理は頷く。

「その可能性が一番高い。

母はこの時代を知っている。

間違いなく。

そしてオワシマス・オリル。

あなたという人間もよく……」

「この惑星を創った人物が、

あたしを知っている人間……?」

「いいえ。

私は、あなたが、私という存在を産みだし、作りだした我が母ゴウベン、その人の過去そのものであると睨んでいる」

「え?」

 真理の追及を始めた視線は、オリルの動転した姿勢に注がれている。

「この際、

最初に断っておきましょう。

私はあなたが最も母の正体に近しい存在だと断定しているのです。

母は自分の過去である人間をこの未来せかいに喚び寄せるためにこの地球転星リィンカネーションという大業を実行した。

そう踏んでいるのですよ。私は」

 その言葉は明らかにこの場の空気を変えた。

 章子と昇の視線も自然、真理と面する少女に向かう。

「……何か、……証拠があるの?」

「ありません。

ただし、その者が今も持っているだろうモノだけは予測できる。

それが三枚目のチケットです。

この目の前に座る咲川章子と半野木昇の他に、持っている者がいるのですよ。

神の用意せし三枚目の招待券チケットを持つ者が」

 真理は、章子と昇がそれぞれに持つチケットを収めているだろうポケットの場所に視線を向ける。

 しかし、それらを目の前にしてもオリルはこれ以上、動じることが無かった。

「あたしはそのゴウベンという人に一度も会ったことはありませんし、知りもしません。

それに三枚目のチケットというものも見たこともありませんし、知りもしませんし、持っても触ってもいません」

「そうですか」

 そしてそのオリルの目は、問い詰めるような眼差しで真理や章子たちも見る。

「だいいち、この惑星世界を創ったというゴウベンという方は一体どういった人物なのですか?

私たちはその人物に関する情報でさえ持ち合わせてはいないのに……」

「本当に母とは会っていない?」

「会ってません。

何度でも言います。

あたしは会っていませんよ。

そんな女性の名前らしくない女の人なんて……!」

「……女の人……」

 オリルの言い捨てる台詞を聞いて、章子は疑惑のこの少女がこの世界を創った神ゴウベンとは本当に面識がないのではないかと思った。

 なぜなら、姿を見て、何の疑いも無くその人物を女性だと言える人間などいるはずもないからだ。

 娘である真理がその者を母だと言えば、当然そのと呼ばれた人物は皆が皆、それは女性だと思い込むだろう。無条件で。

 だがしかし、その本人であるゴウベンの姿を見て、まず初対面で女性だと思う人間は絶対にいるわけがないと章子は思うし断言できる。

 あの人物は完全にの人間として半野木昇と共に隣県の海岸沿いで章子が来るのを待っていたのだから。

 声も外見も、その立ち居振る舞いに至るまでが全て、そう見えるように。

 それはきっと現実に面と向かって会った者でしかないと分からないだろう。

 そしてこの章子の所見は、隣に座る半野木昇も同意するに違いない。

 彼は直接、神と直々に会ってこの惑星に行くと決心したのだから。

 それほどあのゴウベンという人物は女性と呼ぶにはあまりにもかけ離れた男性だった。

「どうしたんですか?」

「いえ……」

 章子の悪寒を覚えた表情にオリルは一抹の不安を抱く。

 そして章子を心配したまま真理に向いた。

「あと……、三枚目のチケットだとおっしゃいましたね?

……それは一体どういうものなのか教えてもらう事は?」

 オリルが訊ねると真理に代わって、それに反応した章子と昇がそれぞれ自分の持つ白と赤のチケットを取りだして、差し出して見せた。

「これが……」

 章子と昇のチケットを手に取ってまじまじと見る。

「……?

位置に魔法マリスが込められている?」

 触っていた昇の赤茶けた綻びのある古券を指先で滑らせ、何かを発動させようとするが、それは失敗に終わる。

「反応が無い。

認証が必要……?」

 オリルは二つの券を元の持ち主に返した。

「これと同じものを私が持っていると?」

 オリルはやはり怪訝な顔で真理を見返す。

「本当に見覚えが無い?」

「覚えも何も、目にしたのもこれが初めてですよ」

「そうですか。

では私が見た覚えのある限りの情報を教えましょう。

その三枚目のチケットというものは無色透明のガラスのチケットです。

大きさや厚さは章子や昇が持つものと同じ。

それは材質がガラスで出来ているにも関わらす、折り曲げることも、折りたたむことも出来る魔法のチケットです。

それを持つ者こそが、この惑星を創り上げた母の過去だった人物。

そのです。

……よく注意して見ておくことですよ。

オワシマス・オリル。

そして章子に昇も……」

 と真理は言う。

「その人物はこのリ・クァミスの時代の世界の中に確実に存在します。

はすでに我が母、現在のその人ゴウベンと接触を果たしていると考えた方がいい。

彼女はもう持っているのです。

三枚目のチケットを。

そして、それは我が母ゴウベン自らの手で渡されているはず。

さらにこの予測は、その彼女ひとが既に大きな力を手に入れていることも意味している。

この私、神真理に匹敵する、或はそれ以上の力をね。

その者が、これから何を企みだすかは分からない。

しかしそれが、我が母ゴウベン同様、あまり予定調和に優れたものでないことだけは、今のこの状況からでもよく理解することができるでしょう。

すでにこの地球軌道とその付近には、本来あってはならない惑星が二つも乗っかり、一つは土星本星にさえ迫ろうかという巨大さです。

地球圏はすでに歪な構造に差し掛かっている」

「それは……」

 真理の言葉に耳を傾けていたオリルが呟く。

 他の章子と昇はただ黙って耳を傾けている。

「今もまだ、私たちはこの惑星が創りあげられた原理、固体発生の仕組みメカニズムでさえ予測の範囲内でしか辿り着けてはいないのに……」

「これの事ですね?」

 オリルの横で、

 真理が章子にも日常茶飯事のように見せてきた固体発生を難なく発現化させてみせた。

 手の平を掲げた中に、コトンと何もない空中から現われて落ちた雫の小石。

 この小石を出現させた力こそが、章子たちをリ・クァミスの屋上に行けと促したとき、

 真理が、迫るリクァミスの人員を血も見せずに制してみせたという力。

 その力を、今もまだ重要参考人として祀り上げられているオリルは羨望の眼差しで見ていた。

「仕方がありませんね。

この上はもはや、

あなたをどれほど疑い、警戒し続けていても意味はない。

私たちは先に進まねばならない。

たとえ身の内に危険な因子を潜めていようともです」

 真理は自分の掌に堕ちた小石を見つめて言う。

 真理を含めた章子たちにはこれ以上、どこか他にいるかもしれないもう一人の誰かを詮索する能力も気力もあるはずがなかった。

 全ては真理の予測に過ぎず、それが事実であるかどうかも分からないのだ。

 だから今は何が起こっても対応できるように、自分たちの置かれた現状を再確認する必要がった。

 その為に今、章子たちは向かっている。

 落ち着いて互いの持つ情報をすり合わせ、今この状況を綺麗に整理整頓できる場所を。

 それを先に提案したのは真理だと聞いている。

 向かっているのはオリルの実家だった。

 あのサグラダ・ファミリアに似た学院施設から、西に適度に離れた郊外の草地の広がる丘陵地帯にあるというオリルの生家。

 礼拝堂で章子たちを追い出した後、

 持てる力で迫りくる学院の関係者たちを黙らせた真理は、信じられない物を見るような顔をする学領の老婆に対してある提案を持ちかけていた。

 場所が欲しいと。

 自分たちの持つ情報と彼らの持つ情報とを互いに突き合わせられる為の場所が。

 しかしその場所は、この学院ではない方が好ましい。

 この学院での環境は、現在の地球から来た章子と昇には負担しか与えないからだ。

 学院には寮があった。

 学院に籍を置く生徒たちは皆、寮生活をしながらそこでこの世の成り立ちからを学ぶことを課せられている。

 この学院の首席であるオリルもまたその例外ではない。

 オリルも自分の家には年に一、二度しか帰ることはなかったのだ。

 それがこのリ・クァミスに暮らす学院生活を送る者にとっては当たり前のことだった。

 だからこそ、そこに章子と昇の身を置くことは憚られた。

 そんな智に猛る者のひしめく所に二人を放り込めば衆目のいい的にされるのがオチだろう。

 否が応でも周囲から奇異的な視線を集めることだけは必然であるといえた。

 それを避けるためにも、一旦は距離を置いて話し合う場を設ける必要に迫られる。

 真理はそれを力で捻じ伏せておきながら、更に手向けた言葉による交渉でリ・クァミスに対等の立場として提案を示していた。

「私たちは世界を知る必要がある。

その為にもまずは、こんな性急の場で当の世界の話をする前に、

我々の我が儘を通して頂く」

 真理がこう口遊むように、その我が儘の内訳はこの馬車の前後に渡る警護と云う名のご丁寧な護送という形からしても容易に想像することが出来る。

 真理は言わずもがなだが、それが連れる章子や昇に至っても、リ・クァミスにとっては最上級に警戒すべき客賓対象でしかない。

 事実、リ・クァミスは畏れていた。

 この惑星を創った神も、

 その神の娘を騙る少女も、

 その神の娘が連れている二名の現代地球より来た子供たちも。

 地球で最初に栄華を誇った文明は、神に関わるあらゆるものを警戒していた。

 しかし同時に、この展開はリ・クァミス側からでさえも望むところであったのは言うまでもない。

 地球で一番初めに栄えた文明リ・クァミスはこの巨大惑星移転出現というものを理論上は可能であると理解してはいても、保有する自分たちの技術力からこれを再現することは不可能としていた。

 彼らの科学水準では気体、液体、煉体までの三つの形態物質は魔法で出現させることができても、固体だけはどうしてもそれをそのままを一瞬で出現させることが出来なかったからである。

 現在のリ・クァミスはその未達成の技術を血眼になって手に入れようとしていた。

 そしてそれを持つ者はいま、目の前に現われている。

 リ・クァミスにとって、この願ってもない千載一遇の機会だけは何があっても失うわけにはいかなかった。

 彼らは手に入れなければならない。

 遙か幾年月の昔から長年の夢としてきていた、強大な力を。

 そして、よりも遥かに巨大なこの惑星として出現させられた世界で、他の土地がどういった条件で出現しているのかという情報も。

 その事を章子と昇は、あの件の自己紹介の失敗の後で知ることになった。

 あの後、何とか日本人独特の呼称の仕方を、困惑し続けるオリルに説明し、ある程度誤解を解くことに成功した二人はそこから当初の目的通り。

 オリルにあの学院の案内をして貰える事の快諾を取り付けることに成功していた。

 屋上から見える景色も一回りし、先頭を歩くオリルの案内に従い後をついていく章子と昇。

 白い衣服の少女とその後に続く異時代の学校の制服を着る少年少女は、そこで図らずも彼らの陥っている今の状況を耳にすることになった。

 オリルたちリ・クァミスの文明はすでに、この惑星に他にも召喚させられていた時代文明と接触を図ることに成功していたという事実を。

 しかもそれはこの一週間の内に他の、全てと最初の邂逅ファーストコンタクトまで済ませてあるという、驚異的な事実だった。

 さらにリ・クァミスは現在も他の文明世界と緊密にそれぞれが持つ情報の照会と照合とを継続的に繰り返し行っているという。

 リ・クァミスはそこから得られた情報も参考に、他に出現させられた世界が自身のこれからの未来にあった世界であると予想し、この惑星を出現させた人物、もしくはを待っていたというのだった。

 オリルの住む世界は、この時点でこの巨大惑星についての大まかな見当あらましを見出していた。

「あたしたちはなぜ、この惑星ここに呼ばれたのか。

それを今一番、知りたいと思っている」

 揺れる馬車の中で自分の組んだ手を視線の先で見つめながらオリルは呟いた。

 姉妹ほども似ている真理とは違い、腰まで届く長い髪は落ち着きながらも快活さを感じ取れるほど梳かれ、よくその表情に馴染んでいる。

 それは今の章子には決して出来ない、世界に対して問いかけている顔だった。

「それについては目的地に着いてからお話ししましょう。

その方が都合がいい」

 そんなオリルの自分の存在意義を問いかける目を、真理は確かに認めて言った。

「私たちがなぜ最初に、第一ここを訪れ現われたのかも、

そしてなぜ、あの現在の地球からこの二人の子供たちを連れてきたのかも……

その理由も……」

 真理の視線が自然と章子と昇に向けられる。

 彼女が何を思って自分たちを見ているのかわからない。

 章子は自分を見る真理を見た。

 だが不思議と視線と視線は合わなかった。

 それは真理の見ているものと章子の見ている者が違う証だった。

 真理はまだ何かを章子に隠し、それがいつか章子の前に散見されることを予感している。

 しかし、それはもしかしたら、今この時であってもなんら可笑しいことは無かった。

 だからここで、

 隣に座る半野木昇が口を開いた。

「オワシマスさんたちの世界が持つ魔法かがくって、から物質を発生させることができないっていうのは本当なんですか?」

 そんな言葉で始まる昇の問いは端々としていた。

「本当ですよ。

半野木昇。

彼女を含めたこの時代の人間は総じて魔法から固体を作りだすことを不得手としている」

 反射的にオリルが答えようとする姿勢を手で静して真理が代わって昇に答える。

「じゃあ、他のは?」

 真理が促すようにオリルを見る。

「……できます」

「じゃあ、それを今ここで見せてもらってもいいですか?」

「え?」

「できるというなら今、ここで見せてもらいたいんです。

それがどうやってできるのかを」

 昇はオリルを見る。

 オリルは困惑しながらも昇の求めに応えようとした。

「……では、お見せしましょう。

出すものは、

お「水」でいいですか?」

 しかしそんなオリルの言葉に昇は首を振る。

「いいえ。

が出来るのであれば「氷」の方を……」

 固体を作りだすことは出来ないと言ったばかりのはずなのに、昇は氷という固体を作ることを要求する。

 だが言われたオリルもそれを断ることはなかった。

「出来るんですか?」

「……ええ。

なんとか……」

 言って、オリルは差し伸ばした手の平を上に向けたまま目を閉じる。

「行きます」

 オリルが合図をすると、すぐにオリルの掌から水が溢れだした。

 しかし溢れだした水はオリルの手から零れ落ちる前にゆっくりと持ち上げられると、空中で玉のように纏まり、瞬く間に凍りついて氷塊となって手の平に落ちる。

 それはさながら真理が先ほど見せた固体発生による小石の出現と同様の物だった。

 ただ一つ違う箇所があるとすれば、それは液体から固体を作りだしたという事だけ。

「それがオワシマスさんたちの行う一般的な「氷」の作り方?」

「……そうです」

 目を開けたオリルは特段疲れた様子も無く、昇に向く。

 しかし昇はどこか納得したように視線を落とした。

「どうしたの?」

 昇のそんな反応に章子は首を傾げた。

 今ので何が分かるのか章子には皆目見当もつかなかったのだ。

「なんでオワシマスさんたちの時代が、魔法で固体発生が出来ないのかが分かったような気がする……」

「え?」

 章子の声にオリルも同様の感情を抱いたようだ。

 この世界で一番遅れている筈の科学文明から来た半野木昇の顔を唖然とした顔色で見ている。

 だが、ただ一人、真理だけはどこか得心した表情で昇を見ていた。

「どうしてそう思うの?」

 オリルの問いに昇は残念そうにしながら背凭れに体を預けると宙を見て言った。

「オワシマスさんたちもまだ気づいてないんだ……」

「気づいてない?」

「うん」

「何を気づいてないっていうの?」

「この世界で……一番速いものをですよ。

それに気づいてないから、固体発生ができない……」

 昇の答えにオリルは目を開いた。

「じゃあ、あなたはそれを知ってるって言うの?」

 オリルの強めていく詰問に昇は頷く。

「なら、それは何?」

 オリルの問いに昇は真理の方を見た。

「これって、言ってもいいの?」

 だがお伺いを立てられた真理は首を横に振る。

「止めておきましょう。

タネ明かしをするにはまだ宵は浅い」

 真理の言葉で、

 これ以降の談笑は持ち越しとなった。

 どうやらこれと同じタイミングで長い時間をかけて走っていた馬車が目的に到着したようだった。

 ゆっくりと速度を落としていく馬車が止まり。

 馬を囃し立てていた運転士が台から降りる。

 それに気づいたオリルも惜しみながら、とうとう着いたようだと、車の戸を開けると秋の夜の匂いが中に入り込んできた。

 入り込んできた新世界の秋の匂いに包まれるまま、

 先に降りていくオリルに続いて章子、真理、昇が馬車から出ると、

 そこは稲穂のような穀物畑が広がる丘陵地帯の高台に位置する道沿いの場所だった。

 道の先から彼方まで同じ傾斜の峰々がどこまでも続き、とても見晴らしのいい景色を提供する中秋の丘陵。

 そこから見上げると既に夜空には幽かに星が瞬いている。

 回りを見ると、他の停留した馬車からも人が降りはじめ、手には灯りの燈る灯篭ランタンを掲げてオリルたちに近づいてきた。

「オワシマス・オリル。

ご家族の方々に……」

「はい。

知らせて参ります。

教諭せんせい

 深く暗いローブを纏った大人にお辞儀をして、章子たちに向き直る。

「少しだけ、ここで待っていてください。

家族に私たちの到着を知らせてきますから」

 薄い制衣ローブを着たまま、オリルは肌寒くなった風を切り砂地の露出する傾斜を上って一軒屋の家の戸へと駆けていく。

 そこがオリルの生まれ育った生家だった。

 章子から見てもとても懐かしい雰囲気を漂わす木造の家屋。

 その煙突からは団欒を誘う煙が立ち上っている。

 夜空に立ち昇る煙からはご相伴を期待させる夕餉の匂いまで嗅ぎ取ることが出来た。

 秋の夕餉は旅人には誘惑に他ならない。

 章子たちは今晩、ここで寝食を共にすることになるのだろう。

 そんなことにようやく気づいて章子は一度だけ立ち止まる。

 それは再確認するための静止だった。


 よく見れば、この新世界の夜空には地球では見られない赤と白の大小二つの月が浮かび、章子の瞳に映っていた。

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