異世界の人たちはスライムな俺の体液が大好物なようです。

甲虫

プロローグ 其の1 そうだ!京都行こう!

 ジリジリとした太陽の元、一人の男が山道を歩いていた。


 あづぃ・・・


 本日は過ごしやすい一日となるでしょう・・朝のニュース番組に出ていた天気予報士のおじさんはそう言っていた。


 出張一日目から幸先悪すぎんだろ、まじで


 彼、坂本芳雄(サカモト ヨシオ)は関東のとある観光地にあるホテルに勤める営業マンである、この日は京都市内のとある老舗旅館での会合に出席するため、消え入るような声を出しながらとぼとぼと歩いているところだ。


 タクシーは捕まらないし、山の方にあるらしいから電車も使えない・・まぁ時間はあるから歩いて行っても間に合うことは間に合うけど・・。



 京都出張の話を聞いた時、芳雄の胸は高鳴った。正直会合に来るであろう自分より一回りも二回りも年上な人物たちとのコミュニケーションには気乗りがしないが、スケジュールを見れば会合が始まるまで視察と称してちょっとだけ市内を観光できるぐらいの時間はありそうだった。旅行そのものが大好きだからこそこの職業を選んだ芳雄は昨日から少し浮かれ気分でこの京都に入ったのである。


 しかし、京都は盆地であり夏はとんでもない暑さに見舞われる。ホテルまではタクシーでも拾っていけばいいさと楽観的な思考を働かせていた芳雄だったが、いくつもの不運が見事に重なった結果、彼はその楽しみにしていたちょっとした観光もできず、地獄のような暑さの中歩く羽目になってしまったのである。


 神様はあまりにも非情だと思う。なぜこんなにも多くの試練を俺に与えるのか・・ ストレスとむなしさと暑さを愚痴に変えながら兎に角目的地まで歩く、旅館までついてしまえばクーラーの効いたロビーと受付の若女将が芳雄を優しく迎えてくれるはずだ。


 そんなことを考えながら歩いていると車道のわきにひっそりと佇む青い鳥居が見えた。


 助かった・・、と芳雄は思った。


 ここ京都は実にさまざまな場所に神社仏閣がある、そこには休憩できる日陰があるはずだ、あわよくば自販機もあるかもしれない。


「しかし駅で観光マップを確認したけどここに神社なんてあったっけ? ・・・しかし流石は京都、無名な神社なのに立派な鳥居だわ。」


 近づいて行くと遠くから見た印象よりもずいぶん大きく立派な鳥居であることが分かる。ゆうに3メートルの高さはあるだろう。


 これだけの神社なら中に休める場所があるかもしれない。


 意気揚々と近づく芳雄・・・しかし目の前まで来たところで愕然としてしまった。


「なんだこりゃ」


 確かにこの神社、入口は立派である、しかし入口しかない。もっと言うならば鳥居しかないのである。


(いやいやいや、不自然すぎるだろ! あれか?奥の方に本殿があるのか? いやでも林の奥を目を凝らしてみても参道さえ無いように思えるし・・・ いったいどんな謂れが・・・?)


 鳥居に手をかけてみると冷たい、感触が非常に気持がいい。


(材質はなんだろう? 木ではないような気がするし・・コンクリート?にしてはつるつるしてさわり心地がいいな)


 反対側に回ってみる。


「しかしこんなに立派なものが平然と佇んでいるなんてすげぇな、うちの町だったらどうにか観光資源として活用しようと一度は議題に上がるはずだ。謂れとかあれば、これから行く旅館の受付の人に聞いてみるか。」


 ついついこのようなシンボリックなものに興味が出てしまうのは観光業に勤める者の性だ、しかしそうそうのんびりはしていられない。


(さてそろそろ行くか、あ~あ、また歩くのめんどっちぃ〜暑さで溶けるんじゃねぇか? 俺)


興味は引かれるがいつまでもここにいても仕方がない、最後に鳥居をくぐって調査を終わりにしようとした---瞬間


「はっ!?」


急に足場が無くなって焦りの声がでた、、斜面に足をとられたと思って鳥居に手をかけようとしたが、グリップが効かず一気に胸まで落ちてしまう。代わりに近くにあった草を必死につかみ下を見た。


「なんだこれ!? なんだこれ!?」


地面はちゃんと続いている、自分の胸から下だけが地面に吸い込まれているのである。そう、「吸い込まれて」いるのだ、強い力で何かが下へ下へと自分の体を引っ張っているのである。


「やだ、死ぬ! 助けて!だれかぁぁ!」


ここは京都でも観光客の訪れない山の中である、しかし全くいないわけではない、それこそこれから行く予定の旅館に向かう人もいるだろう。しかし運悪くこのときは周りには人っ子一人いる気配が無いのだった。


「たすけて! たすけっ・・・」


抵抗も虚しく、彼は意識ごと闇の中に落ちていったのだった。

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