第三世界『空の世界 テソハノラ[tess-O-har-nola]』 その7

   ×ケイ×


「ケイ、危ない!」

「は?」


 突然のことで、ケイはなにが起こったか理解できなかった。

 トリシャがケイの胸を突き飛ばすように、腕の中から逃れて。

 そして、バランスを崩したケイの背後から突如伸びてきた影のような薄っぺらい手が、宙を舞ったトリシャを捉えた。


「トリシャ!? ……この……!」


 慌てて体勢を立て直し、黒い穴から伸びている手からトリシャを取り戻そうとする。

 だが、手のひらはいくらでも出せるのか、近づこうとするとそれを阻むようにケイの前に立ちはだかった。


「邪魔だぞお前ら……!」


 腕を大きく振り払い、放たれた衝撃波で影の手を薙ぎ払う。だが、すぐさま復活して再び行く手を阻んできた。空間を繋げて手を伸ばそうにも、発動する前に腕に絡み付いて来ようとする。

 その間にも、トリシャの体はどんどん黒い穴の中へと飲み込まれていく。すでに、下半身は完全に飲みこまれていた。


「ケイ……っ! たす、け……」


 海でおぼれた人間のように、穴に飲み込まれまいともがく。だが、もがくほどに影は絡み付いて、飲み込む速度を増していった。

 それに、ケイのなかで熱いものが滾った。

 ケイの奥にある人の部分が、猛る。


「何を――してくれてるんだよ――貴様ら――!」


 空間の穴を開け、その中に影の手を誘導し、そのまま空間の穴を閉めて引きちぎる。

 それを繰り返しながら、確実にトリシャを飲みこもうとしている穴へと近づいていく。

 後、数メートル。


「トリシャ!」


 手を伸ばす。だが、トリシャは手を伸ばすことはなく、代わりに驚きの表情でケイの後ろを見つめた。


「け、イ……ダメ……危な――」

「なにを――っぎ、ぃ!?」


 背中に、刃のようになった影の手が突き刺さる。それはついさっき衝撃波によって引きちぎられたはずのもの。

 だがそれ以上に驚いたのは、その存在感の無さだった。最初に奇襲された時も思ったが、この影のようなものはあまりにも存在感が薄く、ケイでも簡単には気付けない。


「く、っそ、邪魔をっ!」


 背中に刺さったものを引き抜いて手の中で握りつぶす。だが、そのわずかな隙にトリシャはもう、ほとんど完全に飲みこまれてしまっていて。


「――、――、」


 口まで飲み込まれて、声もケイには届かない。

 伸ばした手は届くことなく、空を切り。

 空中に空いていた黒い穴は、トリシャを完全に飲みこむと同時に一瞬で姿を消した。

 天に響く音は、もうしない。

 再生し、一時の平穏が始まると言う世界の中――ケイは、胸の奥の『人間』から込み上げるものを抑えきれず、衝動のままに叫びをあげたのだった。

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