‐2‐ 妖精と呼ばれた女


 十分ほど後、列車が着いたのはエルフの自治区の街のある……いや、あった地域に着いた。

 街は飛行場に変わっていて、住人が大通りから飛行場側へは立ち入らないように鉄条網が敷かれていた。小さな鉱山都市が自治区に変容した際からの計画都市の中心の6車線道路も滑走路になっている。ウィルもフライトスポーツの練習でお世話になった飛行場が、軍用車両と兵士で封鎖されているのを横目に見ながら、この後待ち受ける出会いで何が起きるのか、未知への恐怖に身震いする。

 外は轟音の嵐。それが敵なのか、味方かなのか、それは分からなかったが、やがて明らかな一機の着陸の音が響き、「何か」が降り立った。

 そしてその「何か」こそ、少女がゲームの中でよく聞いたものだった。

 Su-37の、リューリカ=サトゥールン AL-31のエンジン音、轟々としたそれではなく幻獣の鳴き声のような管弦楽の楽器のような音。

フラップを降ろし、エアブレーキを全開で降りて来る機体。着陸のための速度なのに、間近で感じると風のように早い。改めて地上と空の速度の違いを思い知らされる。バイク好きのクラスメイトたちがやれ、100キロだ、120キロだと言い張っていたそれなど、戦闘機にとっては失速速度以下の鈍足に過ぎない。

ぶわっとドラッグシュートを広げる機体を黙って黙る少女の目には嫉妬と羨望が浮かび上がっていた。もう半月もオンラインで飛んでいない自分の現状を、じれったく感じた。

いつもネットで相手をしてくれているエースも、きっとこの空で飛んでいる。なのに、自分と来たら、着陸速度に圧倒されている。

 まるで地面に押さえつけられているような感覚。それから荒々しい自動車のエンジン音が聞こえるまで、静寂の中でウィルは微動だにせず変化が始まるのを待っていた。

 フェンスが開かれ迎えが来てそこから爆撃の危険があるとかいろいろ言われて閉鎖鉱山を利用した格納庫へ向かう。鉱山跡や国道のトンネルを利用した耐爆バンカーは半世紀前の都市計画通り機能を果たしていた。国道のトンネル脇のドアから坑道へ抜ける暗い道を案内され、暗闇の一番奥でそこで待つように、と言われた少女は待つことにした。


「ええ、こちらです。」

 それから少し立って時が動き始めた。先程とは違う兵士が誰かを誘導する声が聞こえた。その声の主はまもなくウィルの前に姿を現し、それから連れられたもう一人の人物が姿を現した。

 パイロットの服を着た典型的なコモンエルフだった。そう、あまりにも典型的な……。

 互いに目があって、数秒は沈黙があった。何も始まらない。だが、自分に対する何らかの害のある意図はないとウィルは思った。恐らく言葉を探しているだけ、目の前の典型的なエルフの頭の中は初対面に手短に話をするための言葉を探しているだろうと思った。

「……ラッキーガール、ケガはないか?」

 ありません。ウィルがそういうとそうか、と彼女はよかった。と無表情に答えて、それから準備していた質問を投げかけてきた。

「君の友達に、戦闘機が好きな人はいるか?」

 唐突だった。あまりにも唐突だったのでその時ウィルの頭は言葉を吟味せずに反射的に「友達にはいません。」と素直な回答をしてしまった。それから、もっと言うことがあっただろうと自省するのだが、後の祭りだ。

「そうか。」落胆した表情を見えた。それからありがとう。と言葉を掛け、振り向いて、おい、声を掛ける。暗くて気が付かなかったが気が付くとその声の先にはつなぎを着た来た男が立っていた。齢は、中年に差し掛かったところだろうか?

「その子は?」

男はウィルの存在に驚いたのだろう。目の前にいる青い髪のエルフについてパイロット服の彼女に質問してくる。エルフの子なら、その、あっちに……。と洞窟の出口側を指さす彼に、妖精は「こいつは特別な子。」と返答した。特別って?と説明を求めて聞き返すと、中年の男は。幸運だなあと笑いながら、次にようなことを言った。

「他の学生は北海道に行く前にマナを一滴残らず絞られる。」

そんな!ウィルは驚いて、おばあちゃんが!とうわ言を言いながら慌てふためいた。女エルフは対象は18歳以下だから君の祖母は大丈夫だ、といった後、彼女の友達については先回りして「残念ながら私が救えるのは君だけだ。」とすまなさそうに言う。

「いまから少しだけ出かけてくる。この子に飯と暖かい服を与えられないか?しばらくここの連中の間に隠したい……。」

 はい、と慣れたような対応をした整備兵の男は、はい、といって立ち去る妖精を見送った。それから彼もここで待って言うようにウィルに言いつけて去っていく。

嵐のような人だった。それが突然現れた「妖精」への感想だった。

自分だけ助かることに、特に感情は沸かなかった。スポーツ枠進学をしなかった日以来、あいつは井の中の蛙としてふんぞり返りたいだけだ、とバカにされ、チームからも嫌われる、そして成果を上げればほら、やっぱ偉ぶりたいだけだ、と陰口を叩かれる。それを教師とつるんでもみ消してきた「彼ら」には何の感情も沸かない。自分が仲がいいのは上級生だけだった。素直に己の運の良さを祝った。

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