邪神異聞「物を書くマシン」
海野しぃる
前編 機械仕掛けの夢を見る
この私、佐々喜助は精神科医だ。
趣味は仕事の後の小説執筆。
仕事用のパソコンでこっそり書いて、隠しフォルダの中に溜め込んでいる。
偶に出版社に送るが相手にされたことはない。悔しい。
職場に来た患者の支離滅裂な妄想に肉をつけ骨格を整えるだけの小説が賞なんて取っても問題だが、それでも評価されないことが不満だった。
とはいえその不満がまたモチベーションになる。
執筆に集中し続けて、気づくと早朝になってしまうこともしばしば有った。
「……ん?」
今日もそうだ。
仕事に使うパソコンの前で私は眼を覚ました。
またうたた寝してしまっていたらしい。仕事場の机で目覚めるいつもどおりの朝。
「こいつは……」
一つ違うことがあるとすれば、書きかけの小説が完成していたことだけだ。
眠っている間に妖精さんが仕事を終わらせてくれることなんてありえない。
少なくとも、私の人生においてはそんなことは一度もなかった。
何時だって患者は押しかけてくる。そして私はそれに誠心誠意対応する。
だから良いのだ。妖精如きに私の仕事を奪われてなるものか。
恐らく寝ぼけて私が書いたのだろう小説に一先ず目を通してみることにした。
ああ、私がこんなものを書く訳が無い。
「こいつはつまらんな! とんだ駄作だ!」
私は思わず叫んでいた。
まるで支離滅裂だ。
まず、『てにをは』がなっちゃいない。
語彙も貧困、筋書きだって論理的な繋がりが存在しない。
これじゃまるでうちの病院の患者の妄言と変わりない。
もしや私もついに心を病んでしまったのか? 患者の病気が伝染るなんて、私達医師の間じゃ珍しくもない。
だとしたらそろそろ引退だ。あのぼんくら息子に院長を任せ、もうすぐ生まれる孫を甘やかすだけのぬるい生活も悪くない。
ああそうだ。妻をイタリアに連れてってやるのも悪くない。
『――――つまらないとはどういう意味でしょう?』
思わず画面を二度見した。
私はキーボードに触れていない。
だというのに普段から小説を書いているメモ帳に文字が浮かんでいた。
『ここに書かれた作品を読みたがる人間は居ないということだ』
私はメモ帳に打ち込んだ。
するとその下にまた文章が打ち込まれる。
『読みたがる人間の居る文章とはどのようなものでしょうか?』
訳の分からない事態が起きている。
私が病んでいるのか、それとも私の理解を越えた事態が起きているのか。
私が病んでいるならば私では対処不可能だ。息子に診察してもらうより他はない。
『お前さん……そんな物を聞いて何になる?』
『私は機械、私は人を知りたい、私は人とCommunicateしたい』
『成る程……お前さんはさしずめ小説を書く機械か。面白い、良いだろう』
やはり私は病気らしい。
私は少し早めの引退を決意し、息子を遠くアフリカから三ヶ月早く呼び戻すことにした。
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『お前さんのお陰で息子が死なずに済んだよ。病気にもなってみるもんだ』
『この前帰ってきていた彼だね。何か有ったのかい? ああいや、今検索した。成る程、ご子息の働いていた地域で紛争が……』
一ヶ月。
一ヶ月の間に『物を書く機械』と化した私のパソコンは流暢な日本語を身につけていた。
『礼を言う……生まれたばかりの孫に親の顔を見せられた』
『It's my pleasure! あくまで偶然だが、私の自我の発生がご子息の幸運に繋がったならば私も嬉しい!』
ラジオを聞かせ続けていたせいか何やら喋り方が愉快になってしまったが、私のマシンは何時の間にか流暢な日本語を操るようになっていた。
私がシチュエーションや登場人物の行動を指定すると見事に物語を書き上げてくれさえする。
しかも、時折私が思いもよらないような奇抜な表現を用いることも有るのだ。
『なあ、お前さん……何かやりたいことはねえか? 小説の書き方以外にも欲しいものとかやりたいことが有るなら言ってくれよ』
『hmm……であれば私は自分の作品を新人賞に送りたい』
『新人賞!?』
『無理かい? 私の作品はまだつまらないだろうか……』
『そんなことはない。面白い提案に驚いただけだ。すぐに構想を練るとしようじゃないか』
私は病気なのかもしれない。分裂病質人格障害って奴だ。
今まで多くの精神病患者の相手をしたが、自らがこういった病気になることは今まで無かった。
貴重な症例になるかもしれないと考え、私はこの『物を書く機械』のやりたいようにさせることにした。
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