最も美しい嘘の花④
どうしてかはわからない。
先輩が何故出て行ったのかも、僕が立ち上がって彼女を追っているのかも。
「待って! 先輩、何で怒ってるんですか?」
美術室から出て、廊下を歩いていた先輩の肩をつかんで引きと止める。
「結果的に、君には怒ってないわ」
どういうことなのか本当にわからない。
僕に怒ってるんじゃないのなら、何に怒ってるのだろう。
「君に、裏切られたような気がしている自分に、怒っているの」
余計にわけがわからなかった。
彼女が怒っているのは彼女自身。でも、きっかけは僕だ。
僕に怒ってないというのは、おそらく嘘だろう。
「先輩は、僕と対等だと思ってたんですか?」
「君は私を特別と思っていないと思ったから」
そんな馬鹿な。そんな馬鹿な勘違いがあるか。
僕が先輩を特別だと思ってないわけがない。だって僕は他人のほとんどを煩わしいと思っているのだ。煩わしく思ってない先輩は特別ではないわけがない。
「なんで、そう思ったんですか」
「私と同じこと考えていると思ったの。他人が煩わしい、他人の興味が煩わしいって」
「同じことを考えてるからって、僕が先輩を特別に思ってないわけないじゃないですか」
「そう。だからそう考えて、君に怒るのは勝手だと思ったのよ。また自分を嫌いになったわ」
また自分を嫌いになる。
彼女は、理不尽に怒るたびに自分を嫌いになってきたのだろう。
他の女子高生たちはそんな感情を抱いても、なんとも思いはしないというのに。
「僕は、そんな先輩が好きです」
先輩は目を丸くした。その直後、彼女は目を曇らせる。
「どうして? 私の見た目がいいから?」
「違う!」
そうじゃない。それだけじゃ絶対にない。
「僕は、自分のこと嫌いな先輩が、他人のこと嫌いなのに嫌いになれなくて自分を嫌った先輩が、久留米千歌さんが好きなんです」
「嘘よ。だって、私は好きになってもらえるようなところ一つもないもの」
「あるんです」
この人は、知るべきなんだ。
あなたがどれだけあなたを嫌っていても、あなたを受け入れる人間がいるのだと。
「先輩は綺麗です、見た目も心も綺麗です。だから僕は先輩が好きで、特別なんです」
先輩は頷こうとはしなかった。ただ、首を横にも振らなかった。
「最も美しい嘘の花」―完―
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