最も美しい嘘の花②
彼女と僕の関係の始まりは、一か月ほど前。
美術部員である僕がある指摘をもらったことがきっかけだった。
「ばみくんは、なんか今一つ、デッサンうまくないよね」
部長である
女性が花を持っている絵だったのだが、女性をあまり観察したことがない僕がうまく描けるわけもなく、指摘には反論する気さえなかった。僕は人を観察するのが得意ではないから、モデルをじっと見つめることもない。これは絵描きにとって致命傷だとは思ったが、それを治そうとも思わなかった。
「でもこの絵、そこさえよければいい線行くと思うんだけどな」
「コンクールに出すわけでもないのに、そんな」
「この際だし、人間のデッサンやっちゃえば?」
「人の話聞いてください」
「大丈夫! うちのクラスにうってつけの子がいるから明日も美術室来てね! じゃ!」
「先輩! お願いだから話聞いて!」
「大丈夫、学校一番の美女だから!」
「先輩!!」
というわけで。
学校一の美人が僕の絵のモデルになってくれるという話に(先輩の中では)なった。それを快く了承してくれた久留米先輩が、モデルとして来てくれた。
その日が僕の転機という奴だったのだろう。彼女は僕の絵を「とてもうまい、写真みたい」とほめてくれた。ほめてくれたその直後。
引き裂いた。
「え」
「あ、ごめんなさい」
決して悪いことをしたようには見えない表情で、彼女は言葉の上で謝った。
なんてことをしてくれたんだ、と憤ってもいいところだったのに僕は腹が全く立たず。むしろ、その真っ黒な瞳が冷ややかになっていくのを見て、背筋が凍った。
「榛君は、私に別に興味はないわよね?」
彼女がそう確信を持って聞いてきたのは、僕が彼女の名前を呼ばず「かぐや姫先輩」と最初に声をかけてしまったことが原因だったと思う。知り合いから聞いた彼女の情報の中で、「かぐや姫」というあだ名が強く印象に残ってしまったのだから仕方ないことではあったのだが。
「あのね、私、自分が大嫌いなの」
「はい?」
「鏡に映るのも、写真に写るのも、こんな風に絵に描かれるのも本当は好きじゃないの」
なぜ引き受けた。と言いたくはなったけれど、口には出さなかった。
代わりに。
「そんなに美人なのに?」
と口にした。
「美人、美人、美人。それって本当に誉め言葉なの? 『自分は見た目にしか興味がありません』って公言しているようなものだと思わない?」
「はぁ」
しかし、第一印象で「美人だ」と思ってしまうのは仕方のないことではあるのだし、初対面でそれ以外に興味を持てというのもおかしな話だとは思う。
ただ、彼女が言っているのは第一印象以外で「美人」と言ってくるような人たちなのだろう。
「というか、他人が自分に興味を持つということ自体が煩わしく思いませんか?」
僕の率直な感想だった。
僕は父がドイツと日本のクオーターで、僕と妹は金色の髪と灰色の瞳を持って生まれてしまった。
当然のように小学校では浮いていて、からかわれて二年くらい過ごして、そこから四年間はいじめられていた。妹は気丈だから「外人」だのなんだのとからかわれてもやり返したり、いじめに発展されても気にしていなかったので、他人と関わっていたけれど。
逆に僕はというと、小学校はいじめられて過ごした。
けれど、中学生に上がると今度は別の子が標的になった。見た目が外人というだけではいじめるという理由には足りなくなったらしい。
それによって僕に生じた感情は「恐ろしい」。
ああ、奴らは。学校という社会において他人というやつは、誰にでも、いじめということを行うのだ。他人を傷つける行為にためらいがないのだ。
なんて、なんて恐ろしい生物たちなんだろう。他人の痛みを理解せず、自分の保身だけを考える。
そんな奴らと関わりたくない。そう思うのは必然だったと思う。
先輩は僕の発言を聞いて、目を見開いて、そして僕に一歩だけ近寄った。
「そう! そうなの! 皆放っておいてくれないの! 私が何をするにも興味を持って! 自分の理想と違ったら「そんな人と思わなかった」なんて勝手なことを言って!」
激昂していた。
僕と同じことを思う人がこの世にいたなんて。
そう思ったときに、先輩が言葉を続ける。
「でも、そんなことを思いながら、結局他人に拒絶されると恐れてしまう自分が、一番嫌いなの」
その言葉を聞いたとき、僕は恋に落ちた。
この世の人間の誰より彼女が美しいと思えた。見た目だけではなく、心が美しいと。
だから僕は、そういう一面を僕だけが知っているから僕の前でだけ吐き出してもいいこと、僕が描いた後の絵を先輩が破くことを条件に、絵のモデルをしてもらう許可を得た。
こうして僕らの奇妙な関係は始まった。
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