トランペット吹きの事情④
音は、どこまでも素直だ。
悩みに悩んで奏でる音は、音は……
「聞くに堪えない音ですね」
「ですよね」
翌日の部活動。後輩に言われてしまっては、先輩として面目が立たない。
まぁ、立つほどの人間でもないけれど。だから俺はパートリーダーではないのだ。
「まぁ、腑抜けた音ってだけですけどね」
「それダメな奴な」
音が腑抜けているならだめだ。悩んでいるというのもだめだ。
「よかったですね、今日莉玖先輩お休みで」
「だな」
いたらなんていわれていたことか。
「そんな音と合わせたくないから帰ったら?」なんて、本気で言われそうだ。
言われて、「すまんすまん」って謝って、城咲が笑って「休憩しようか」って声をかけて音葉がふっと息を吐きながら、楽器を置く。
そんな日常がなくなってしまったわけではないのに。
一日、彼女がいないだけで、こんなにも違和感を感じてしまうのだろうか。
違和感、か。
あいつの存在って、俺の中では意外とでかかったのかもしれない。
この場所であいつがいるのが、俺にとっての当たり前だったのだ。
「うん、ちょっと、俺、帰るわ」
「はいよー」
集中できない。
トランペットを吹きたいけれど、こんな気持ちで吹いたらじいちゃんに買ってもらったトランペットに怒られそうだ。じいちゃんにも怒られそうだ。いっそのこともう、莉玖さんと話した方が速い気がする。
そして解決した後で、吹いた方が俺もトランペットも幸せだ。
俺は桜坂にLINEを送り、桜並木高等学校近くにある「ブルームーン」という喫茶店に来るように伝えた、ら。
「既にいるわよ、なんなの?」と返事が返ってきた。
喫茶店ブルームーンは姫さんのバイト先であり、俺たち――ミント、桜坂、音葉、城咲、あとは近所に住む俺の従兄妹たちのことだ――のご用達で。学校の人間は「高そう」や、「何時間もいたら怒られそう」というイメージからあまり近寄らない。
実はコーヒー一杯で二時間ほど粘られるのに。そのことを知らない人間は多い。
「あの先輩のところに行くの?」
さて喫茶店に向かうかと、音楽室を出た頃。
オーボエパートの後輩に声をかけられた。
「
「付き合ってないって皆に言ってるのに、そういうことするから増長するの、わかんないの? ゆう兄」
彼女は俺の従妹だった。
桜坂に似た気質を持っている彼女はこの状況に何か思うことがあったらしい。
自分の身内が、色恋ごとで噂をされて、「どうなの?」と聞かれ続けて嫌気がさしたのかもしれない。
「双葉、ごめんな」
「謝ってほしいんじゃないの! ゆう兄……」
双葉は、何か求めるように俺を見る。
気づいてほしいことがあると、聞いてほしいことがあると、そんな目で。
だけど、
「双葉」
俺は彼女の言葉を遮る。
ずっと、小さいころから俺のことを好いてくれていたらしい従妹に対して俺ははっきりと言葉にする。
「俺は、莉玖さんのいない吹奏楽部がどうも嫌だと、思ってるらしいんだ」
不機嫌なあいつがいない。
俺の音を一番客観的に聞いてくれて、一番相方だと思ってくれているあいつがいない。
それだけで、部活が楽しくないのだ。
「らしいって何よ」
と肩をすくめる彼女に、もう一つ言わなければならない。
俺たちはそんな関係になれないのだと。桜坂のもとに駆け寄らないようにと阻止する彼女の期待には答えられないのだと。
「双葉」
「何」
「学校では、先輩って呼べって言ってるだろ」
俺がそういうと、双葉は目を少しだけ悲しそうに伏せて、それからいつものように笑って、「ごめんなさい」とだけ呟いた。
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