四.

 翌朝、蓮子はいつもと同じ時間に家を出る。そのとき、隣でシェアハウスをしている花菜とばったり出くわした。蓮子は花菜の顔を見てぎょっとする。もともと白い肌が、更に白くなって青白くさえ見えるのだ。その上、相方である桃の姿も見当たらない。ふと、蓮子は少しだけそれ以外の違和感を、花菜から感じる。

「おはようございます…」

「お、おはようございます…あの、どうかなさったんですか?」

「それが…桃が、あの、私とシェアハウスをしている娘なのですが、一昨日頃から急に熱を出して倒れ込んだんです…」

「えっ!?」

「病院に行って精密検査をして貰ったのですが…全く原因が分からなくて…もしかしたら、難病かもしれないって…」

 今にも泣き出しそうな声で花菜は話す。

『…なんだろ、何かこの娘から妙なものを感じるんだよね…』

『私も…そう感じた…』

『その桃って娘、気になるね。一回会ってみよう』

「あ、あの…その、お見舞いに行っても良いでしょうか?」

「へ…。…ええ、構いませんよ。蝶野さんには日ごろからお世話になっていますから…」

「じゃあ、病院を教えて下さい!」

「玉泉市民病院です…」

「分かりました。放課後、お邪魔しますね」

「ええ…私もその時間にお見舞いに行きます…」

 ふらふらと花菜は歩き出し、蓮子と分かれた。

『このタイミングで倒れるなんて、ねえ』

 お紺は蓮子に、というよりは独り言に近い呟きをした。



 放課後、蓮子は花菜に教えられた病院へ足を運ぶ。ロビーには、花菜が待ってくれており、共に病室へ向かった。

 桃が入院しているのは個室である。それも、かなり大きめで、洗面所と手洗いも中にあった。

「お邪魔します…」

 蓮子は花菜に続いて入室すると、

「ひっ!?」

 思わず大声を出した。―赤い着物に桜の柄の少女、珠桜の花見に行ったときに見かけたのと全く同じ少女がいたのである。少女はベッドの上に横たわる桃の上に腰かけており、桃は唸っている。少女は蓮子とお紺に気付くと、にやりと笑って桃の上から飛び退くと、ふっと消えて行った。その直後に、桃の唸りも消える。

「あの…?」

「あ、す、すみません。あまりに苦しそうだったので…」

 蓮子は怪訝な眼差しを向ける花菜と、桃の母親らしきやつれた壮年の女に慌ててそう言い繕った。

「…そのお嬢さんは…?」

 母親は花菜に尋ねる。

「お隣のお宅のお嬢さんです」

「蝶野と申します。お隣のお二人とは時々お会いするので、心配になって…」

「まあ、それは…ご心配をおかけして申し訳ありません。この子も、お嬢さんがお見舞いに来てくださったと知れば、喜ぶでしょうね…。…娘の桃は、小さいときから風邪以外、大きな病気も怪我も全くしなかったんです。それが、急にこんなことになって…もう、三日も熱が下がらない状態で…!」

 桃の母親は堰を切ったようにさめざめと泣き出した。どうしたものかと蓮子が戸惑っていると、

「おば様…私たち、少しの間外に出ていますね」

 花菜がそう言うと、母親は小刻みに頷いた。蓮子は花菜と一緒に一旦病室を出る。

「…桃もそうですが、おば様の体調も心配です…あのままでは、おば様まで倒れてしまいます…」

 そう言う花菜自身も疲れ切っているようであった。蓮子は、そんな三人を見てちくりと胸が痛む。

『…あの娘、幼子が原因でああなったのかもね』

 ふと、お紺の呟きが頭の中で響く。

『ちょっと、こんなときに…まあ、あの女の子が関係しているのはそうかもしれないけど…』

 そのとき、蓮子の肩を後ろから誰かが叩いた。蓮子は思わず振り向く。―そこには、黒い着物に灰色の袴姿の神野が立っていた。驚きで声が出そうになるのを、神野が蓮子の口を片手で覆うことで防いだ。

『…そのまま何も言わずに聞いてくれ。その娘を連れて、霊桜神社に来るんだ。そこにいる桃という娘を助けられるかもしれない。いいな?』

『は、はいい!!』

 蓮子はお紺に答えるように心の中で叫ぶと、神野は笑顔で姿を消した。花菜の方を見ると俯いたままで、蓮子の異変には気が付いていないらしい。

「あ…あの、花菜さん。急にこんなことを言い出すのもおかしいと思うんですけど…」

 蓮子は思い切って花菜に話しかける。花菜はおもむろに顔を上げた。

「どうしたんですか?」

「そのですね…今から霊桜神社…珠桜が咲いている神社へ行きませんか?」

「へ?」

「えっと…もしかしたら、桃さんの病気を治す手段がそこに有るかもしれないんです!」

「…どうして、ですか?」

「えーと、何と言いましょうか…そ、そう、神様にお願いするんです! 病気を治して下さいって!」

「…そんな、神頼みだなんて…。…でも、今は神仏にも縋りたいくらいです。良いですよ、行きましょう」

 あっさりと花菜が了承したことに蓮子は拍子抜けする。それ程、花菜の心には余裕が無いのだろう。良心の呵責を感じながらも、蓮子は花菜を神社へ連れ出すことに成功した。

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