第13話 そしてあのサイレンが再び鳴る
「……開門現象には急速開門という特殊なケースがあって、この場合魔力の集まる速度が速過ぎて探知した時にはもう遅く、散らす暇が無い場合が多い……」
そうか、私の場合はこれだったのか、と千夏が納得する。
今日は久しぶりの、丸一日休みの日だった。
なのでセンターには行かず図書館で勉強をしている。
勇気の授業の予習だった。
「……まだ大分ある」
時計を見て呟く。
ここにいるのは予習をする為だけではない。
友達の家に遊びに行った妹の送り迎えの為だ。
今はその時間潰しをしている。
友達の家が離れていると聞いて一人で向かわせるのが心配になった千夏は、妹の送り迎えをする事にした。
もしかしたら迷子になるかもしれないし、一人で道を歩いている時に悪い人に絡まれるかもしれない。
そう考えると心配でたまらなくなった。
親は過保護すぎると千夏を怒ったが、千夏はそんな事は無いと思う。
心配に思うのは当然だ。
むしろ親が放任過ぎるのだ。
(何か読もうかな)
妹が遊んでいる間の時間潰しにと図書館に来たが、想像以上に時間が余ってしまった。
もう予習も終わってしまったし、雑誌コーナーでも見に行こうと席を立つ。
その時――
『――ウウウウゥゥゥゥ……』
図書館の外からあのサイレン音。
「まさか!?」
千夏の全身にぞわっと鳥肌が立つ。
「開門現象!」
「わかった!? 絶対お友達のお家出ちゃ駄目だからね!?」
妹に電話した後、騒ぎの元へと向かう。
今日は休日だし自分の管轄外の事だとわかってはいるが、自分だって今は超自然生命体対策局の人間なのだ。
逃げる人の誘導等、何か役立てる事があるかもしれない。
「でも、どこ?」
かなり広範囲にサイレンが鳴らされていたようで、開門現象の中心がどこかわからない。
しばらく走っていると、警察車両が見えた。
警察官が人の誘導をしている。
「あ、あの!」
「ち、ちちち、違うんです、そうではなくて、そういうつもりではなくてですね? 私のお手伝いと言うのは、本当にお手伝いだけのつもりでして」
魔物討伐の為に武装した警察の特殊部隊の前で、千夏が泣きそうな顔を浮かべながら必死に手を振る。
警察官に自分が対策局の人間だと告げ何か手伝える事は無いかと聞くと、何故か車に乗せられてここまで連れてこられた。
「わ、私は新人で、まだ全然、全然戦えなくて」
「大丈夫、君はただそこにいてくれればいいんだ。戦うのは私達だ」
大柄な隊員が真剣な顔で言う。
実は今、ちょっとしたトラブルが発生しているらしい。
開門現象は森の一部を切り開いて作られた森林公園内で発生したらしいのだが、そこへの突入が許されないのだ。
千夏がプールで襲われたあの日の一件から、警察も自衛隊も開門現象に対してかなり慎重になっているらしい。
あの日、開門現象が起きたのはプールだけではなかった。
多くの犠牲者が出た。
勿論それは、誰のせいでもない。
開門現象は自然災害みたいな物だ。
だが、人の気持ちというのはそう合理的な物でも無い。
やり場のない怒りを八つ当たりするように言いがかりに近い形で、警察や自衛隊、超自然生命体対策局は市民やマスコミに連日叩かれ続けた。
今はやっとバッシングも収まってきたのだが、そんな微妙な時期の今、開門現象が起きてしまったのだ。
警察の上層部は、もし何かあった場合に責任を自分達だけが被り、またあちこちから叩かれるのは嫌だと、責任を分担させる目的で超自然生命体対策局に応援を要請した。
だがそんなの、対策局だって嫌だ。
本当に応援が必要だという意味での応援要請ならばすぐに向かったが、今回のこれは明らかにそうではない。
そんなものに誰が付き合うかと応援を出すのを渋る。
そんなやり取りが続いているせいで突入が遅れているのだった。
勿論、いつまでもそんな馬鹿なやり取りを続ける訳にはいかないのでどこかのタイミングで何らかの結論は出るだろう。
だが、現場としてはそう悠長に待ってもいられない。
今は森林公園の中に門が発生したおかげで被害は最小限だが、このまま時間が経って公園から魔物が出てきたら大変な事になる。
すぐ外は住宅街なのだ。
そうやって焦れているところに、千夏が来た。
これで超自然生命体対策局が一緒だったという言い訳が出来る。
突入許可も出る。
「大丈夫。魔物の種類も数も偵察を終え既に調査済みだ。今の装備で十分駆除出来る。後は突入許可を得るだけなんだ」
「ですけど、でも……」
「君の為の装備なら、スーツは無いが魔力保持者用の銃がある。他にも銃火器以外なら我々の装備を何でも貸し出そう」
スッと頭を下げる。
「頼む、時間が無いんだ。このまま応援を待っていては大きな被害が出てしまう。君の力が、必要なんだ」
「…………」
後ろを見ればすぐ、人々の暮らす町。
付近の住民の避難は終わっているらしいが、だからいいという物でもない。
町中で銃撃戦なんかしたら大変な事になる事は千夏にだって理解できる。
終わらせられるのなら、戦闘は森林公園の中だけで終わらせるべきだ。
「…………私は……」
公園内にいた魔物は、巨大なキリギリスのように見えた。
頭の大きさだけで一メートルは軽く超える。
一匹や二匹ではなく、無数にいるキリギリスの群れ。
キリギリスは森林公園内の植物に齧り付いていた。
植樹された花や低木が食べやすいらしく、それを好んで食べている。
だが、公園にいた一般人達も犠牲となっていた。
食いちぎられた人の欠片が辺りに散らばっている。
血に濡れた子供用のボール、犬のリード。
残された犠牲者の持ち物に心が痛む。
キリギリスは雑食性のようだ。
公園内に美味しい餌があるという事で公園から出てこなかったらしい。
だがそれも時間の問題。
森の方に向かわない事からわかるように、普通の木や木の葉は餌として適さないらしい。
餌となるのは人のような動物か、小さくて柔らかい植物のみのようだ。
そしてその植物もそろそろ食べ尽くす。
その後は、どうなる?
「………………」
千夏がその様子を物陰から見ながら、銃を持ち直す。
結局来てしまったのだった。
魔力で自身を強化するスーツは無いが、代わりに防弾チョッキを着ている。
周囲には警察の特殊部隊も一緒に待機していた。
(大丈夫、落ち着けばスーツが無くても銃を持てる。元々あれは補助の為の物なんだから、無くても自力で身体強化をすればいいんだ。一般特性の素質が無くたって、それ位は出来る筈)
警察は千夏の所属する木場沢のセンターに連絡してくれたらしい。
同じ隊の皆が応援に来てくれるとの事だ。
(でも、これ……)
スーツ無しの強化はかなり神経を使う。
千夏はスーツ無しで身体強化する練習をあまりしていない。
(凄く疲れるし……多分、無駄が多い)
必要以上に魔力を使ってしまっている自覚がある。
だがそこを節約出来る余裕は無い。
「準備は良いか? 行くぞ、嬢ちゃん」
「!? は、はいっ」
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