第10話 大宮光輝という少年
「なんかさ、こういうのっていくつになっても旅行に来たみたいでワクワクするよね」
「はは、わからないでもないかも」
電気を消して、二人一緒に床に就く。
二人の布団はピッタリと繋げて敷いてある。
手を伸ばせば届く距離。
会話を止めれば互いの呼吸音も聞こえる。
沙希穂はワクワクすると言っていたが、光輝が抱いていたのはワクワクよりもドキドキだった。
だが彼女の無邪気な声色からはそういう雰囲気を全く感じない。
光輝は少し残念に思った。
「ところでさ、光輝」
「ん?」
「……光輝さ。たまには家、帰りなよ。おばさんも優和お姉ちゃんも、光輝に会いたがってるよ?」
「………………」
「それに光輝がいない分、優和お姉ちゃんに二人分の愛情注がれて、弥子ちゃんがかなり大変な事になってるし」
優和お姉ちゃんとは光輝の実の姉の事で、弥子ちゃんとは光輝の妹の事だった。
「……帰ってるよ、たまには。……たまに」
光輝が言い訳っぽく小さな声で言う。
本当に彼が実家に帰るのはたまにだった。
遠いならともかく近いのに、だ。
「…………まだ気にしてるの? おじさんと勇人君の事。あの事は別に光輝のせいじゃ、」
「わかってるよ。別にそういう訳じゃない」
声に少し苛立ちが混じる。
「お爺さん達の所には通ってるんでしょ? なのに家には帰らないってのは……」
「だからわかってるよ!」
「…………」
「……ごめん」
光輝の怒ったような言い方に、沙希穂が黙り込む。
「………………」
「………………」
暗闇の中、沈黙が続く。
「…………怒った?」
「………………」
「ねぇ、光輝。怒った?」
「…………怒ってない」
「嘘。さっきちょっと怒ったでしょ。大きい声出したし」
「だから怒ってないってば」
「…………」
「…………」
「……本当はちょっと怒ったでしょ?」
「しつこい! だから怒ってないって言ってるだろ!? むしろそのしつこさに今怒ったよ!」
「あははは、ごめんね?」
「ったく。……いいよ、別に。こっちこそ、大きな声出してごめん。…………心配してくれて、ありがとう」
「うん」
光輝は滅多に実家に帰らない。
それは別に、彼の家庭環境に問題があるという訳ではない。
光輝が家族と顔を会わせる事に、勝手に気まずさを感じているだけだ。
その切っ掛けは、光輝が中学校に入学する前の春休みにあった。
父親と弟が、光輝の目の前で殺されたのだ。
開門現象に巻き込まれたせいだった。
光輝は幼い頃から、父母両祖父の道場に通っていた。
父方の祖父からは剣術を、母方の祖父からは柔術を習っていた。
どちらも教えるのは今の時代にそぐわぬ実戦を想定した危険な物で、一般人に使うのは勿論、試合のルールに違反するからと大会にも出る事も出来なかった。
光輝には才能があった。
相手の動きを見極める優れた動体視力と、相手の動きに反応し自身の体を動かす為の反射神経。
これらに関して天性の物を持っていた。
実際、練習でも光輝の相手をする事が出来る者は道場にもほとんどおらず、道場主である祖父と、道場内で一、二を争うような高い実力を持つ兄弟子が数人のみだった。
小学生でこれほどの実力。
将来を見据えればどれだけの物になるか。
そこで祖父達は、彼に普通の道場へ行く事を勧めた。
もっと表舞台で実力を示す事が出来る、正道な剣道や武道を学ぶようにと。
それと、今の剣術と柔術のように、複数の物を同時に習うという事も止めるように言った。
色々な物に手を出せば、どうしても個々の練習時間は分散され、鍛錬が薄まる。
広く浅くではなく、何か一つを深く極めた方がいい。
だが彼は、その提案を拒絶した。
そもそも自分は、人に自分の強さを誇示する為に道場に通っている訳ではない。
誰かを守る為の力を得る為に習っているのだから、強くなれればそれでいい。
大会なんかに興味は無い、と言って。
光輝の父親は警察官だった。
所謂、町の平和を守るおまわりさん。
光輝はそんな父親に憧れ、目標にしていた。
父のように誰かを守る事の出来る、強い人になりたい。
光輝が道場に通っている理由はそれだった。
そして光輝は、祖父達に剣術と柔術の両方を習う事も止めないと言った。
それも、笑いながら言った。
あんたらの器で考えるな。
俺は天才なんだ。
一つだけじゃ物足りない。
俺の才能を満たせない。
二つ一緒に学ぶ位でちょうどいい、と挑発的に笑いながら言った。
それを聞いて祖父達も笑った。
なんてクソ生意気な餓鬼なんだ。
自分の孫じゃなきゃここで殺してると。
殺しはしないものの、二人はこの発言によっぽど腹が立ったのか、次の練習で彼の事を思い切り痛めつけ、それぞれ一度ずつ実の孫を病院送りにした。
光輝は自分の実力に自信があった。
見れば大人を含め世の中の大半の人間は、自分よりも弱いと理解出来た。
だからこそ、ショックだったのだ。
魔物に対して、自分の磨いてきた技がほとんど通用しなかった事に。
武器を持っても歯が立たなかった。
素手では近付く事すら論外だった。
無力。
今までの努力も何もかも、全てが無意味だった。
そして、誰の事も守る事は出来ずに、光輝だけが生き残った。
運ばれた病院には、母、姉、親戚、両祖父母、皆が待っていた。
彼は家族に泣きながら謝った。
弟を守れなくてごめんなさい。
お父さんを死なせてしまってごめんなさい。
自分だけが帰ってきて、ごめんなさい。
そして両祖父に告げた。
こんな物、何の意味も無かった。
剣術も、柔術も。
いくら練習したって、誰一人守れなかった。
こんな物、何の意味も無かった、と。
それを聞き、祖父達は泣いた。
すまない、すまなかった、と言って泣いた。
その後だった。
光輝が超自然生命体対策局に入ったのは。
そして、それからだった。
光輝が家族と距離を置くようになったのは。
「光輝さ……」
「うん」
「今でもお爺さん達の道場通ってるじゃん?」
「うん」
魔物に襲われた時こそ暴言を吐いてしまったが、その後彼は祖父達にしっかりと謝罪をして、また道場に通うようになっていた。
「その事、おばさん達ちゃんと知ってるからね?」
「……だろうね」
「本当はお爺さん達もたまには家に帰れって言いたいのに、おばさんがお爺さん達に、そういう事言わないであげて、あの子の自由にさせてあげて、って言ってるから、何も言わないんだよ?」
「…………うん」
「あと冷蔵庫に入ってたキムチ美味しかったんだけど、あれどこで買ったやつ?」
「え、キムチ!?」
あまり長々と言っても意味が無いと沙希穂はわかっていた。
だから適当なタイミングで冗談っぽく終わらせた。
「あのキムチ……どこで買ったっけ。近くのスーパーじゃないかな」
唐突に終えるような話題では無かった。
だが光輝は、その話題の転換に乗り、知らぬ振りをした。
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