姉 小春

 

 「ただ今帰りましたよー。お出迎えはないのかえ?」

 リビングで千夏の腕に縋り付いていると、玄関から控えめな音量の馬鹿な声が聞こえて来た。

 だから出迎えなんかあるわきゃねーだろ! それ、流行っているのか?

 いや、今はそれどころではない。

 プリンにアイスまで食わせてガチャが回せない、なんて俺の大損じゃねーか!

 何としてでも千夏の能力を駆使して、レアアイテムを引き当てないと――

 「一体何がどうした?」

 俺と千夏の騒ぎを聞き付け、小春姉こはるねえがリビングにやって来た。

 「それがさー、聞いてよ小春ちゃん! 龍兄が、……相変わらず凄いねぇ、小春ちゃん。勇者様御一行だねぇ」

 動きの止まった千夏の視線の先には、疲れた表情の小春姉、通学鞄、手提げ鞄その1、手提げ鞄その2。合計4人パーティーだ。

 何故こんな言い方なのかというと、鞄達がそれぞれ自立してピョンピョンと飛び跳ねて歩いているからなのだが――

 「ちょ、小春姉! まさか外で能力ちからを使ったんじゃねーだろうな!」

 「まさかー。重かったから玄関から歩いて貰っただけだよ」


 小春姉に宿る異能の能力ちから

 『物に命を吹き込める』という馬鹿げた能力ちから

 千夏の『人の運が操れる』というのはまだいい。人に見られてしまっても、偶然で通す事が出来る。

 しかし小春姉の能力ちからは駄目だ。人に見られた瞬間に人体研究所送りにされてしまう。

 だから小春姉には、絶対に人前で能力ちからを使っては駄目だと言い聞かせてある。


 「龍ちゃんとの約束を、私が破る訳ないじゃないか」

 艶やかな黒髪を、片手でサラリとかき上げる小春姉。

 千夏とは違い、日焼けの痕など一切無く、真っ白な首筋が姿を現す。

 整ったこの見た目に騙された学校内、学校外の男共がこぞってラブレターを渡してくるのだ。

 今の時代にラブレターだぞ?

 その為小春姉は通学鞄と一緒に、毎日手提げ鞄を2つ持ち歩いている。

 そして今日と同じく、様々な手紙で2つの手提げ鞄はパンパンに膨れ上がる。

 聞くところによると、何処かの馬鹿が『大和撫子の小春さんには、メールよりも手紙の方が気持ちが伝わる』とか言い始めた事がきっかけらしい。

 ったく、何処の馬鹿だ。そんなしょーもない事を言い始めた奴は。


 「小春ー、嘘はいけないよ。僕達玄関前から歩かされているじゃないか」

 手提げ鞄その1が、脇のポケットを器用にパタつかせて話し始めた。

 命が吹き込まれた物達は、こうやって様々な方法を駆使して話もするし、自分で歩くし、心も持っている。

 何とも不気味な存在――ってちょっと待て。

 「どういう事だよ小春姉! あれ程駄目だって言ったのに!」

 「あ、あれー? おかしいなー」

 この馬鹿、誰かに見られたらどうするんだよ!

 「駄目だよー小春ちゃん。アタシみたいに上手に使わないとさー」

 秘密シー! と人差し指を唇に添える千夏。

 「お前もか千夏!」




 「ふーん。そんな事か」

 「小春姉の能力ちからでガチャが回せたり出来ないか?」

 お説教は一先ず後回しにして、小春姉にも協力して貰う事にした。

 因みにリビングのテーブルでは、シャーペン、ボールペン、筆ペン、万年筆、様々な道具達が総動員され、小春姉の代筆を任されている。

 奴等が絶妙な仕事をしているから、男共は懲りずにラブレターを渡して来るし、小春姉に変な噂が立ったりもしないのだろう。

 馬鹿な男共がこの真実を知ったら泣くだろうな……。

 小春姉に命を吹き込まれた物達は、小春姉の命令には絶対服従だ。

 世界征服だって簡単に出来るだろう。しかし当然そんな事はしない。小春姉はそもそもそんな事に全く興味がない。

 「それで? いつも千夏ちなっちゃんは龍ちゃんにプリン貰っているけど、私には何をくれるんだ?」

 ソファーの上で胡座を掻く小春姉が、左手を差し出しクレクレとご褒美を要求して来た。

 ……小春姉これの何処が大和撫子なんだよ! 

 しかし困ったな。千夏にはよく頼み事をするが、小春姉の能力ちからは不気味だから普段は何も頼まねーんだよな。


 ドキドキワクワクな顔で俺を見つめて来る小春姉。

 「じゃあ冷蔵庫にプリンがあるから――」

 「ブッブー! そんなのじゃ駄目だな。しかも毎日勝手に食べてるし」

 小春姉は小さな顔の前で、大きく腕を斜め十字に交差させ、駄目ムリー! とアピールして来た。

 「何勝手に食ってんだよ馬鹿! どうりで在庫プリンの減りが早いと思った! 俺、3個パックのプリン、週3で買って来てるんだぞ! 俺の小遣いを考えろ馬鹿野郎!」

 よく考えたら千夏のプリンを買う金が、ソシャゲの課金額を遥かに上回っているじゃねーか! 何やってんだ俺。

 「次勝手にプリン食ったら小春姉の下着、全部ネットオークションに流すからな!」

 「無理無理。皆喋るから返品の嵐だぞ?」

 「何でもかんでも命を吹き込むんじゃねーよ!」

 「いや、すぐ何処か行くからさ。呼んだら返事して貰わないと見付けられないじゃないか。靴下の片っぽとかさ」

 ほれほれ、と小春姉が俺の前に足を伸ばして靴下を見せ付けて来る。

 だから、そんな体勢だと色々見えちまうんだっての!

 「とにかく食ったプリンの分はきちんと働いて貰うぞ!」

 「……そんなの、一生タダ働きじゃないか」

 「どれだけ勝手に食ってんだ、この馬鹿!」

 有無を言わさず、携帯を小春姉に押し付けた。

 こうなったら今までのプリン代金分、ガチャを回しまくってやる!

 口を尖らせてブツブツと文句を言っていた小春姉が、一瞬だけ静かになり、その後すぐさま携帯は俺のもとへと投げ返された。


 液晶画面には、変な顔文字が浮かび上がっている。……気持ち悪りー!

 「小春姉、携帯に命令してくれよ」

 「仕方がないなー。なぁ、ゲームのガチャを回してやって欲しいんだ。ゲーム内コインも無いし、金も無いけど回せるか?」

 「モチロンッスヨ! サッソクマワスカイ?」

 ロボっぽい声が俺の携帯から発せられ、リビングに響く。

 紆余曲折あったが、何とかガチャは回せるみたいだな。

 「よし、今度こそ頼んだぞ! 千夏!」

 「やっとアタシの出番? OK、任せなさい」

 ソファーに転がり自分の携帯を弄っていた千夏が、やる気の無さそうに俺に向かって適当に腕を伸ばす。

 いつも思うのだが、俺に向かって腕を伸ばすその仕草、実は要らねーよな? たまに忘れている時もあるし。

 再び携帯を弄り始めた千夏を横目に、ガチャを回すボタンをタップしてみる。



 ……来た。来た来た来たー!

 30万注ぎ込んで1回も出なかった、なんてネットで噂になっている幻のキャラ、1発で出ちまった。信じられん!

 明日学校で皆に見せて自慢するぜー! ヒャッハー!

 ああ、愛しの我が妹よ、我が姉よ、本当にありがとう!

 プリン代金? そんな細かい事、気にしてねーよ。最高の姉妹達だよ。愛してるぜ! 

 浮かれに浮かれ、2人に抱き付こうとした時だった。


 「龍ちゃん、分かっていると思うけれど、その携帯どうするんだ?」 

 「どうするも何も明日学校で皆に見せびらかすんだよ! 聞くんじゃねーよ」

 「龍兄、その『独りでに喋る携帯』皆に見せるの?」

 「はは、何言ってんだ千夏。俺がそんな馬鹿な事する訳ないだろ? 小春姉が研究所送りに――」


 ……


 おい。う、嘘だろ。嘘だろー!

 慌てて自分の携帯に視線を落とす。

 「ナンダバカヤロウ。ジロジロコッチミンナ! マイニチえろドウガバッカリミヤガッテ」

 液晶画面には荒くれ者の顔が浮かび上がっている。

 こ、こんな携帯、外に持ち出せねーよ! どうするんだよこれ。


 「龍ちゃんは知っていると思うけれど、私が命を吹き込んだ物は、ずっとそのままだぞ?」

 小春姉はもう1度俺の顔の前に両足を伸ばし、靴下を見せ付けて来る。

 「「ウチ等は小春ちゃんが能力ちからを失うまで、ずーっとこのままやで」」

 左右の靴下が関西弁で絶妙にハモった所で、俺はその場に崩れ落ちた。

 新しい携帯代金をどうやって捻出しようかと頭を悩ませていると、千夏が先程から弄っていた自分の携帯を見せて来た。

 「龍兄、これってそんなに良いヤツなの?」

 千夏が見せて来た液晶画面には、煌びやかな超激レアキャラ達が勢揃いしていた。


 新しい携帯代金……お年玉貯金を崩すしかねーな。

 課金をケチったお陰で、とんでもない出費になっちまった。


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