妹 千夏

 

 「くそ、またゴミかよ。要らねー!」

 学校の制服を着たまま、クーラーの効いたリビングのソファーに寝そべり、携帯ゲームに勤しむ俺。

 ソーシャルゲーム、所謂ソシャゲに没頭している。

 抽選でゲーム内の様々なアイテムを獲得するガチャガチャ、通称『ガチャ』。

 ゲーム内で使用するコインを貯めると引く事が出来るこのガチャを、先程から何度も引き続けているのだが、屑アイテムばかりが当たる。

 俺、呪われているんじゃねーのか? ……くそ、またゴミ引いた。

 「だー! 何匹目だよ、コイツ! ムカつく顔しやがって! マジふざけんなよ!」

 思わず携帯をブン投げてしまいそうになり、振り被った腕を慌てて止める。

 ……携帯潰しちまったら、課金どころの損害じゃなくなっちまうじゃねーか。

 

 「ただいま千夏ちなつがご帰宅ー! お出迎えはないのかえ?」


 そんな時、玄関から軽快でデッカイ馬鹿の声が響いて来た。

 出迎えなんかあるかっての。そんなの今まであった事ねーだろうが。

 ……いや、待てよ。ち、千夏、……千夏ー!

 「千夏ー! おかえりー!」

 ソファーから飛び上がり、愛しの妹を出迎える。

 家は狭い。3秒もあればすぐに玄関だ!

 「ふぇ? た、ただいま龍兄りゅうにい

 玄関で片足立ちでケンケンしながら、前屈みの体勢で靴を脱いでいる夏服仕様の我が妹、千夏。

 余所様でもそんな靴の脱ぎ方をしているんじゃないだろうな? 色々と丸見えだぞ?

 「……靴が脱ぎにくいのなら、座って脱げばいいんじゃないか?」

 「ほほう、そっかそっか。座ればいいのか。流石は龍兄。賢いねぇ。賢者だねぇー」

 普通に靴を脱ぐ方法を教えただけで賢者扱いなのか。どんな賢者だよ。

 「鞄、部屋に持ってってやるよ」

 「あれま。龍兄今日はどうしたんだい? 優しいねぇ。勇者様だねぇー」

 何故鞄を部屋に持って行く事が勇者様扱いなのかは分からないが、千夏が玄関で馬鹿言っている間に階段を駆け上がり、中身がスカスカの鞄を千夏の部屋に放り込んだ。

 

 「今日は千夏に頼みがあるんだよ」

 玄関から千夏の背中を押して、リビングへと連れて行く。

 「ほほう、龍兄がアタシに頼みとな? ……ははーん、さてはちからが目的ですな?」

 「能力ちからな」

 そう、千夏の異能の能力ちからを使えば、ガチャのレアアイテムなんぞバンバン引けるじゃねーかと気付いたのだ。

 何でこんな簡単な事に今まで気付かなかったんだ、俺。馬鹿じゃねーのか?


 背後から千夏の華奢な肩を押し付け、ソファーへと強引に座らせる。

 「ふむ。ちからがご所望とな。では勿論例のも用意されておるのですな? ですな?」

 俺が能力ちからを頼むのだと分かると、千夏の態度が急変した。

 ソファーに踏ん反り返り、発育途上な足を大げさに組む。

 1度足を高く上げる必要など何処にもないし、色々と見えてしまっているし。

 夏の日差しに焼かれ、真っ赤に火照ってしまった肌をチラつかせ、したり顔のまま俺に向けて右手を差し出し褒美を要求する。

 二の腕にくっきりと浮かび上がっている半袖の日焼け痕が、何とも痛々しい。

 しかし俺が千夏にお願い事をする時のルールだ。

 「……ああ、冷蔵庫に入っているよ。何なら今日は暑いから、アイスも食っていいぞ」

 「キャー! 龍兄超勇者!」 

 ソファーから飛び上がり、バタバタと冷蔵庫に駆け出す千夏。

 千夏に異能の能力ちからを頼む時には、プリンを1個差し出さなければいけないのだ。

 プリンにアイスを付け加えただけで勇者扱い。

 何とも安上がりな妹である。

 いつでも千夏に頼み事が出来るようにと、冷蔵庫にはプリンが常備してある。

 アイスは後で俺が食べようとコンビニで買っておいたのだが、ソシャゲに課金する事を考えればアイスの1つや2つなど安い安い。


 千夏がその気になれば、プリン工場を丸ごと手に入れる事も可能な能力ちからなのだが、千夏の頭はそこまで回らない。馬鹿だから。

 まぁ俺が『他所では絶対に能力を使うな』と言い聞かせてあるのだが、単純に何も考えていないだけだと俺は思っている。

 ……冷蔵庫の前で、プリンの蓋を剥がし、啜って丸飲みにするような妹だぞ? 絶対に何も考えていない。断言する。


 「それで? 龍兄はアタシに何をさせたいの? 言ってみ?」

 今度はアイスの袋を乱暴に剥き、俺の目の前で水色のアイスを頬張る。

 ……プリン食った後にアイスも食うのな。太っても知らねーぞ?

 それとちょっとは遠慮しろよ。俺が食おうと思って買って来たガ○ガ○君だぞ! 見せ付けるように食うな!

 くそ、こうなったらとことん使わせて貰おうじゃないか。

 「ああ、このゲームのガチャで、レアアイテムを連発して引けるように運を上げてくれ」

 アイスにかぶり付く千夏に、携帯の液晶画面を見せ付けた。

 いつまで経ってもレアアイテムが引けない、確率が操作されているとしか思えないソシャゲのガチャだ。

 運営め、俺を課金地獄に嵌めようったって、そうはいかないぞ!

 「どうだ? 出来るだろ?」

 「余裕」

 アイスは即座に完食され、持ち手の木の棒はゴミ箱へと投げられた。

 ……し、しまった。当たり付きのアイスなんだから、千夏が食う前に運を操作して当たりにしておけば、俺もガ○ガ○君食えたじゃねーか!

 次からは注意しないと……。っとと、本来の目的から外れてしまった。

 「よっしゃ! 頼むぜ千夏!」

 「OK、頼まれたよ龍兄!」


 ……


 ……


 「何? どうしたの? ちゃんと運は上げるから、早くガチャ回しなさいな」


 ……ゲ、ゲーム内コインが無ぇからガチャが回せねぇ。

 さっきゴミアイテム引き続けて全部使っちまった……。

 「頼む千夏、何とか能力ちからでガチャ回してくれ!」

 「それは無茶ですわよ龍兄様。……じゃ、アタシは宿題するから。プリンとアイスご馳走様ー」

 「待て待て待て待て! 喰い逃げじゃねーか! ちゃんと食った分、働いてから行け!」

 「いやいやアタシも龍兄の為に働きたいよ? さぁ、ガチャを回したまえ!」

 ウ○トラマンが身構えるように、腰を落とし両手を前に突き出しポーズを取る千夏。

 くそ、俺がガチャを回せない事が分かっててこんな事を言いやがる。


 そんな時、玄関の方からガサガサと物音が聞こえて来た。

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