神統主義者達の奮闘記

どくどく

導入フェイズ

前橋京一 ~親無き神子

 前橋京一まえばし・けいいちには親の記憶がない。

 気が付けば親のない子を受け持ち育てる施設で育てられ、それが当然と思っていた時期もあった。名前も親ではない役所の誰かがつけた名だという。

 親と言う存在がなくとも、施設には同じ境遇の子もいて施設の人達は惜しみなく自分達を愛し、育ててくれた。その甲斐あってか京一は世間一般的な常識を理解し、犯罪などに走ることはなかった。

 だが性格は明るいとはいえず、他人とうまく付き合うのが下手な性格だった。

 高校に入学してもクラスの人間となじむことなく、休み時間は一人窓の外を見ていることが多かった。クラスメイトの何人かは京一に声をかけることもあったし、そういった人たちに京一からも話をすることもあったが、目に見えない壁を感じて自然と疎遠になっていた。

 それは親がいないから、という事もある。親がいる人達と親がいない自分。劣等感コンプレックスともいえる何かが、人との距離を生んでいた。それは自分からの時もあれば、相手からの時もある。

 だが、それは些細な要因だ。本当の壁は別の所にあった。

「後ろに何か、いるよ」

「え? ……なんだよなにもいないじゃないか。脅かすなよ、ケイ」

 京一は普通の人に見えないモノが『見える』のだ。それは一般的には幽霊と言える存在で、最初は霊感あるなぁ等の冗談で終わっていたがそれが繰り返せば気味悪くなる。ましてや『見えた』人間が不幸に見舞われればそれは加速する。

 そう。そういった存在は人に憑き、そして悪さを行うのだ。自分以外の人間にはそれが見えない。だけど自分には見える。放置すれば友人が傷つくことになるのだ。京一はそれを見過ごすことができる性格ではなかった。

 だが、他の人間からすればそれは奇異な行動でしかない。説明しても理解されず、下手をすれば犯罪行為ともとられかねないのだ。京一の行動を知る者は自然と距離を離すようになっていった。

 それでいい。京一は静かに思った。こんな人間に関わるべきではない。数年もすれば別の道を歩む者同士だ。早く記憶から消し去ってくれ。そう思いながら学園生活を過ごしていた。


 そんな京一の行動を知りながらも、話しかけてくる者がいる。

「ねえ、何を見てるの? 前橋君」

「……雲」

 話しかけてきたのは草野千早くさの・ちはやだ。どこか拒絶するように短く答える京一。

「雲かー。雲ってなんでいろんな形になるんだろうね?」

「煙みたいだからじゃない?」

「そっかー。雲みたいに自由にふわふわするのもいいよねー」

 どこか間延びした。どこか会話の焦点が合っていない。そんな千早との会話。そこに意味などない。目的などない。ただ話している。それだけの会話。

「……草野さんは、なんで俺に話しかけてくるの?」

「え? 話をするのに理由っているの?」

「だって俺と話をしてもつまらないだろう? それに俺と関わると不幸な目に合うっていう人もいるし」

「そう? 私こういうおしゃべり好きよ。それに――」

 わずかに曇った千早の声。ただの人間なら気づかない冷たい空気。

「不幸なんて、どこにでもあることじゃない」

 京一の目が捕らえる。千早に憑いている『何か』の存在を。冷たく、だけど熱い何か。それは『怪物モンスター』と呼ばれる存在。人の手では抗う事すら許されない神話生物。今まで相対してきた幽霊とは、そのが異なっていた。

 京一にその知識はない。だが、それがよからぬ存在であることは知っていた。

「草野さ――」

「あ、もうすぐ授業ね。それじゃあ」

 話しかけようとしたところで立ち上がる千早。五秒も経たぬうちになるチャイム。完全に話しかける機会を逸し、そのまま沈黙する京一。

 なんとかしなくちゃ。京一は強く決意を固めていた。


 ああいった存在と相対するとき、京一の脳裏には決まって炎の幻影ヴィジョンが写る。

 どこかで見たことのある、だけど思い出せない遠い記憶。見るたびに切なくなるような淡い記憶。

 もしかしたらこういった事件を追えば、この炎の記憶が蘇るかもしれない。そしてこの炎は、自分の出自に関係しているのかもしれない。生まれた記憶、生まれた場所、そして自分を生んだ親。そういった何かに。

 冷静に考えれば、一笑に付すだろう。そんな事件と何の関連性がある? 根拠も何もないただの妄想だ。親のことを調べるなら、相応のお金を払って興信所に行くのが一番だ、と。

 だがそうと分かっていても、振り切れない。この炎の記憶を解明すれば何かが分かるかもしれない。そう思う自分が確かにいる。それは知性ではない何か。いうなれば魂が叫んでいるのだ。

 追わなくてはいけない。見定めなくてはいけない。前橋京一の物語シナリオを。

 記憶に向かい、京一は歩を進めた。

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