俺とカメと幼なじみと
眠兎
第1話 イントロダクション
これは、2億年以上前から連綿と命を繋いできた、ある生き物の壮大な物語のほんの一部である。
* * *
ここは都内のとある大学。主に理系の学科が集まる理工学部棟の廊下を、1人の少女が歩いていた。
「アキラいるー?」
ノックと共にガチャリとドアが開けられる。ドアから顔を覗かせたのは、ショートボブで赤縁メガネをかけた女子学生だった。
そこは、都内の某大学の動物生態学研究室の学生部屋だった。
部屋の中には2人の男子学生がいた。それぞれ部屋の手前と奥の机に座っている。彼女は目が合った手前の男子学生に軽く挨拶し、奥の机へと向かっていった。
「ちょっとアキラー。 いるなら返事してよー」
「ん、トモか……。どうした?」
アキラと呼ばれた男子学生は、回転椅子を回して振り向いた。手には本を持っている。
「たまにはお昼を一緒に食べようと思ってね。ほら、最近実験とか調査とかでお互い時間が合わなかったじゃん」
そう言って、トモと呼ばれた女子学生は右手に提げたコンビニ袋を持ち上げた。ちなみに、彼女は動物生態学研究室の隣の、植物生態学研究室に所属している。
机の上の時計を見ると、時刻は1時をだいぶ過ぎている。昼食には少し遅い時間である。
そう思った途端アキラのお腹が空腹を主張し始めた。読んでいた本もちょうど区切りの良いところだったので、アキラはしおりを挟んで本を閉じ「購買で何か買ってくる」と言い、部屋を後にした。
先ほどいたもう一人の男子学生は、いつの間にかいなくなっていた。
アキラが購買から戻ってくると、トモは部屋の奥の共用の机にサンドイッチと野菜ジュースを並べていた。アキラも机の空いたスペースに買ってきた物を置き、自分の机から椅子を引っ張ってきて、トモの対面に座った。ちなみに、買ってきた物は総菜パンと菓子パン、それとペットボトルのお茶だった。
「アキラって相変わらず甘いパン好きだよねー」
「……ああ、うん、なんか欲しくなるだよな。そういうトモはサンドイッチだけで足りるのか?」
「たぶん足りる。あ、でも、途中でおやつ買いに行くかも」
「……それは足りてるとは言わないだろ……」
それとも昼食とおやつは別なのだろうか? だったらお昼と多く食べておやつを抜いても良いのでは……。そんなどうでもいい疑問がアキラの脳裏に浮かぶが、瞬きする間もなく消えていった。
その後も途切れることなく会話が続いてゆく。トモが話題を振り、アキラがそれに答えたり相づちを打つことがほとんどだったが。
「そういえばさ、さっきアキラが読んでたのって、何の本?」
サンドイッチを食べ終わり、野菜ジュースをちゅうちゅうと吸いながら、トモがそんなことを訊いてきた。
「カメについて書かれたちょっとしたエッセイ本だよ。学術的な内容もいくらか入ってるけど」
自分の机に置いておいた本を持って来て、トモに手渡す。トモは受け取った本をぱらぱらとめくり始めた。
「ふーん……。あれ? カメの分類ってウミガメとかミズガメとかリクガメとかじゃないんだ。きょくけいるい、と、せんけいるい、って言うの? なんなの、これ?」
「
「へぇ~。……そういえば私、カメのことほとんど何も知らないかも。たぶん、生物やってない人と同じくらい?」
「いや、さすがにそれはないだろ。つーか、専門じゃない分類群とかは、そんなもんじゃないか? 俺だって、トモがやってるコケについては大して知らないし」
「いやいやいや、アキラはコケ結構分かるじゃない」
「…………まあ、トモに教え込まれたからな。だけどそこまで詳しいわけじゃないよ」
あれはいつのことだったか。トモに一日中コケのレクチャーをされ、その翌日にフィールドに連れ出されコケの見分け方を1つ1つ叩き込まれた。あれのおかげでアキラはコケにだいぶ詳しくなった。ほんの少しトラウマにもなったが。
いくつか忘れてしまった内容もあったが、それを言うとまたトモにみっちりと講義されそうだったのでアキラは口には出さなかった。
「だったら、私に教えてよ」
ずい、とトモは机に身を乗り出してきた。座ったまま、お尻を少しだけ浮かせて。
「は? 何を?」
アキラは素っ頓狂な声をあげた。恐らくハトが豆鉄砲を食らったような顔もしているだろう。
突然何を言い出すんだこいつは? そんな思いが見て取れる。
そんなアキラを気にもせず、トモは屈託のない笑顔でこう続けた。
「カメのこと」
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