第8話
恐る恐る現状を確認すると、顔を押さえて苦痛そうに呻いている少女がうずくまっていた。流れるような美しい黒髪に白のレースの髪飾りをつけ、髪と同色のリボンなどを重ねたドレスを着ている。指から覗く青い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「あの、大丈夫?」
恐怖の正体に呆気にとられ、瞬きを繰り返しながら少女に声をかける。と、彼女は勢い良く立ち上がり、ドーラに詰め寄った。驚き一歩下がるドーラを気にせず彼女は口を開く。
「大丈夫なわけないでしょう! 勝手に森に入ってくるわ、雨水垂らしながら私の屋敷にまで侵入してくるわ、挙げ句の果てに鼻が潰れるときた! ……最悪」
未だに鼻を押さえている当たり、相当痛かったようだ。畑仕事もしているドーラは、見たところ令嬢であるこの少女よりも力はある。それに、あまりの恐怖に手加減ができなかったのだ。いや、化け物がいると思い込んでいたドーラには手加減する気もなかったのだが。
けれどもドーラの気を惹いたのはそれではなく、少女の容姿だ。大きな碧瞳と長い睫毛に白い肌。ドレスに包まれた体は華奢で、どちらかと言えば筋肉質であるドーラとは正反対だ。画家の描く乙女とはこのような人物を言うのだろうかとも考えつつドーラは、落ち着いたのか深呼吸を繰り返す彼女の手を取った。
「私、ドーラっていうんだけど、貴方は? どうしてここにいるのかも知りたいし、迷い込んじゃったの? ここは色々と悪い噂が立っているから入っちゃいけないみたいだよ……ねえ、聞いてる?」
「貴方……先ほど私が言ったことをもう忘れたの?」
頭が痛いというふうによろめく少女を受け止めたのは、いつの間にか現れた男性だった。こちらも綺麗な顔立ちをしていて、ドーラは目を見張る。夕焼け色の髪に狼のような灰色の瞳を持つ男性は、そんなドーラの視線を受け止めつつ顔色の悪い少女を気遣うように見下ろしていた。
「シンシア、大丈夫かい? やりすぎたんだよ、名演技ではあったけど」
「演技が上手いのは何度かやっているから当然なのだけれど、この子をなんとかしてちょうだい! 彼女、私を同じ侵入者だと勘違いしているのよ。『私の屋敷』とまで言ったのに!」
「あ、そうだった」
言われてようやく思い出したドーラにシンシアと呼ばれた少女は深くため息をついた。そして不思議そうに自分たちの遣り取りを見守っているドーラに言う。
「応接間に来て。話はそれからよ」
用件を伝えるとすぐさま歩き去っていくシンシアにドーラは首を傾げた。平民であるドーラには応接間という物に対しての概念は持ち合わせていない。意味もわからず置いてけぼりになったドーラに遠くからシンシアの喝が届いた。
「何しているのよ、早く着いてきてちょうだい!」
「ごめんね、気が立っているみたいだ」
カイルに言われ、ドーラは首を急いで横に振る。確かに勝手に侵入したのも自分だし、村の者に言われたからだが、盗みを働こうとしたのも全てを考えドーラの方に非があったのだ。そんなドーラに何を思ったのかカイルは頷いて歩き出す。カイルに促されるように入室させられたのは、やはり豪華で広い部屋であった。
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