ミルドの花
@810in
第1話 復活の日
「死は自分の魂の解放だ」
景色は逆さまだ、校舎の壁、赤茶けたレンガとつなぎの溝が交互に見える。
早回しにされたフィルム端っこのように。
良いことなど一つもなかった人生の終劇によく似合う送りの壁、沙羅はたった今この校舎の端っこから飛び降りたところだった
「世の中は不公平すぎる。誰も私のために存在しない世界なんて大嫌い」
15歳、美しいまま死ねるのはラッキーだ。
そう考えながらメガネをしたまま飛んだことをちょっぴり後悔した
「目に刺さったら嫌だな」
そう思いつつも、飛び降りを選んだのは自分自身を徹底的に損壊したかったからだ。
念入りに下調べをした死への発進場所。
学校で死ぬというシュチュエーションは劇的でなければいけない。
自分の死がそっけないものなんてもったいない、今まで日陰者でいじめに遭う毎日を過ごしてきた自分の死は、「すべての人に傷として残らないと」そうでないといけない。
だから念入りに調べた。
徹底的に自分の死がむごたらしいものになる場所を。
青空が良く見えるここは、4階建の校舎のさらに上、屋上へ上がる階段を導いた部屋、ぽっこりと出っ張った小屋の上、不良たちの溜まり場だ。
昼休みに放課後、休みとつく時間は彼らに占有されているここは、下を覗き込めばゴミ捨て場を直下に持つ掃き溜めの聖地だ。
名ばかりのゴミ捨て場、整頓される事なく金属片やガラスが投げ込まれているドラム缶が並ぶそこへダイブ。
20メートルは確実に死ねる高さではあるが、万が一に生き残ってしまう可能性は否定できない。
絶対に死にたい、そして無様に壊れた肢体をすべての人に見せつけたい。
この日のためにガラスを丁寧に敷いた、コンクリートの地面にガラスを剣山のごとく並べた。
動脈静脈、太い血管をズタズタに切ってくれれば瞬時に蒼白、気が付かなければ日を待たずに干からびた死骸になるのも造作もない
「無残なる死に万歳!! 私は死ぬ!!」
喜びの笑みを忘れてはいけない。
自分でいうのもなんだが、沙羅は顔に自信があった。
いつもはメガネと眺めにしている前髪で隠しているが、くっきり二重でぱっちりした自分り目を可愛いと言い切れた。
髪も一本にまとめる簡素なスタイルだが、栗色で柔らかい。
可愛い自分が可愛い姿のまま無残に死ぬ
笑って死ぬ、喜び勇んで、その顔をみんなに見てもらいたいのだ。
沙羅は長い落下の中で、走馬灯よりも快速で自分の死に臨む楽しみを巡らせていた。
「こんにちは、11時15分03秒に死を選んだ貴女様」
「……こんにちは……」
世界は灰色になっていた。
灰色になり、時間を止めていた。
上も下もなく空気さえも凍ったように風ひとつない場所で逆さまの沙羅に、彼はにこやかな挨拶をしていた。
黒のスーツにネクタイ、黒縁メガネは手にファイルを持っている。
政治家秘書ですと言わんばかりの姿で、わざとらしい笑みを近づけて
「これは……変わった走馬灯ね」
「いえいえ走馬灯なんてものじゃあありませんよ」
「じゃあ何、この固まった時間は?」
「貴女様とお話をするために少々止まっていただいてます」
以外と冷静だった。
冷静に自分の自殺を演出しただけの事はあり、沙羅の太い神経は逆さまの自分に合わせて空にいる彼との会話をしていた
「ところで私は確実に死ぬのよね」
「ええ、今のままならば間違いなく」
無味無関心、乾いた会話はおかしな事を言い合っているのに突っ込みはなし。
沙羅にしてみれば目の前にいるのはおそらく死神、または悪魔、自分の命を愉快犯的に投げ捨てる者を迎えに来るのはそういう者しかいないと断じていた。
このメガネは決して助けではない、落下まであと5メートル、中途半端に浮いた顔は睨んで聞く
「確実に地獄に落ちるのね」
「まあそうですが、それだけではありません。私はお願いがあってやってまいりました」
「お願い? 死なないでというのは無理よ、死にたいのだから」
「その意思に心変わりがないのは結構な事です。貴女様の自死については私異存はありませんし、死んでくれて万々歳です」
「じゃあ地獄の行き先に選択権があるのかしら」
「そうですね、選択権がありますよ。ここからの私の要請に従ってくだされば」
少しばかり高く止まったご意見。
不機嫌で頬を膨らませた顔に、男のインチキくさい笑顔は遠慮なく迫る
「昨今の世の中は不公平です。という言葉に表されるように現在世界中で解消しにくい不公平感が溢れています。われわれ「天使団」は上様の意向に従い出来る限り人類に公平を与えたいと考え、活動をしている者です」
自ら天使とか、ところどころが胡散臭い。でも理解できるところもあった
「不公平だよね、世の中は」
沙羅が自殺に走ったのも不公平を多分に感じ、その圧力からの脱却が死への旅立ちだった
「ええ生きたいと願っても死ぬ人もいれば、生きることに希望の無くして死ぬ人もいる。まずはそういう部分から不公平を改善しようと思いまして、つきましてはですね、現在貴女様と同時刻に死んだ方がいましてね、その方にこの体をプレゼントしたいのですよ」
「体……落ちてるわよ」
「落ちてますね、その程度は問題にしない方ですから大丈夫ですよ」
「私の体をどうするの?」
「プレゼントです。死にたいという願いに従って貴女様の魂が抜けちゃってますから、体の中は現在空っぽです。空きができたという事で生きたいを強く願った方の魂を入れてあげたいのでございますよ」
「いいわよ、ようは体だけが欲しいって事ね。男ってみんなそうだし」
「ご安心を入るのは女性ですから」
「あっそっ」
素っ気ないそぶり、実は良くわかっていなかった。
魂は抜けて体は空っぽと言われても、現在自分で話をしている
「あーーあー、話わかる方で良かったです。それではこれにて契約は終了です」
作ったような満面の笑み、口の端を無理やり引っ張った顔がぺこりとお辞儀する。
要件は終わった、もう消えようと足が薄くなっている相手を沙羅は止めた
「待ってよ!! それで私はどうなるのよ!! 体をあげるんだからあの世も待遇も少しは良くしてもらえるんでしょう」
「問題ありません、貴女はバッチリ地獄行きですからじっくり死んでください」
「地獄……体あげても地獄行きとか……まあいいか」
男は姿を消し、灰色になっていた世界に色が戻り始める。
予定通り地獄に行く、目を閉じた。
次に目覚めたら地獄だと、クスリと笑って衝突の激痛に悶えた。
私立霜ノ沢中学校。
標準的な学校よりも、生徒の成長をより願った形として作られた高い天井を持つ豪華な造り、日本を代表する東京駅のような造りの校舎は実にモダン。
東京都内にある有名私立校にして、悪名高い学校。
この学校は悪行を犯す者達が集められる場所、それも有名人や資産家の子にして倫理観を親に習ってぶっ壊し外に出したら更生の見込みが薄い子供達が集められた場所。
半端な金持ちにとって子供の不祥事は自分たちの首を絞める大罪になりかねない、ならばまとめて同じ学校にいれ、寮生活をおくらせれば良い。
閉じ込めてしまおう、そういう安直な改善策によって作られた学校。
ゆえに潤沢な資金運用がされており、やる気があれば清潔にして学業向上クラスへと移ることもできる。
やる気がなくても高校までをエスカレーター式に進み、大学は海外へと放出されるという便利な学校。
成績の優劣は自分たちで決められるのに、ちゃっかりスクールカーストがあったりする楽しいところでもある
3年D組の薄暗い教室にやる気のない教師。
飯時ある12時が近づくのを察知したように「自習」の文字を黒板に書き殴り姿を消している
「おい、時任はどこ行ったの?」
ブレザーを着崩しネクタイをだらし無く垂らした
気にする理由はパシリがいないのは困るからだ。
12時に学食に行くのは面倒臭い、人を使って購買でパンを買わせた方が気楽だ。
屋上のベストプレイスでのんびり午後の授業をサボって飯と昼寝のワンセットを楽しみたい
「あのメガネブス、くそか?」
「3時間目からいないよね」
「なんだあのブス、珍しく生理とかきてんのか、トイレにでも覗きに行くか」
横並びの悪童達。
学ぶ気などない淀んだ目が乾いた笑い声をあげる
「よせよせあんなブスのパンツがみたいのか、気持ち悪い」
いつも背中を蹴飛ばして命令する。
女子であろうとパシリはパシリ、恋愛する対象にはなり得ない相手と徹の目線は泳ぐ、明けても暮れても堕落したこの下らない生活を照らす空を見るために
「えっ……えっ!!」
かわらない空を眺めがあるはずだった。
目の前をよぎるものさえなければ、真っ逆さまに落ちていく沙羅を徹は見てしまった
「なんか……なんか落ちたぞ!!」
指した指先にはもういない、過ぎ去った物体が地面と衝突する鈍い音は教室にいる誰の耳にも届いていた。
たむろっていた生徒たちは走っていた、2階の窓辺へと。
そして甲高い絶叫が響き渡る。
『いったぁぁぁぁああぁぁあぁあいいいいい!!!』
手足に走る火のついたような痛み、実際細かく砕いたガラスの破片が指や手、膝小僧を貫いている。
顔面が、目玉が、すれすれに輝く狂気のガラスを直視している事に震えた。
状況は一転して血の海だ、自分でしたくしたガラスは見事に体の各所を切って刺さり、灰色のゴミ捨て場に赤い花を咲かせている。
死なずの重体、無残な結果に狂ったように叫んだ
『なんなのよ、なによ!! 嘘つき!! 死んでないじゃない!! 生きてるじゃな……』
中空の夢。
一通り声を出して急に自分の行為が虚しくなった。
散々自殺のために努力してきたのに、結局生きたいという深層心理があって、それに負けた自分を見て。
『嘘でしょう、何夢見ちゃったているの? 死神と取引する夢まで見て、生きたかったなんて無様すぎる』
四つん這いの自分、縛っていた髪が解け栗色の髪がガラスを撒いた床に着く
「ナッスゥゥぅぅぅぅぅぅルゥゥゥゥゥ!!!」
後悔に沈んだ自分の声が、別の奇声を発していた
「私は生きている!! 私は生きている!!」
間違いなく自分の声だ。
ガラスの刺さった腕を振るい、膝小僧に刺さったそれを抜く。
立ち上がった体は景気良く動いていた
『なんなのよ、立てたのはいいけど……こんなみっともない、保健室行こう』
泣きたい、決死のダイブだったのにこの結果。
仰ぎ見る校舎には事態に気がついた生徒たちが顔を出している
『見ないでよ……本当に惨めだわ……』
死にたかったのにピンピンしている。
落ちてすぐに立ち上がれるとは思わなかったが、そう自分の意思で立ったわけではなかった。
そのことに沙羅はやっと気がついた。
保健室を目指そうと歩こうとしているのに、自分の思いでは体がピクリとも動いていないことに
『なにこれ……どうして動かないの』
口も動いていない、ガラスに映った自分の顔が見えて確認できている
「私は生きている、私の望みは叶いました。おお神よ……」
そんなこと一言だって口走ってない、なのに自分の声色でしっかり話している
『どういうことなの?』
「どうということもない、死んだ者、お前の体は私が生きるために与えられただけ」
明確な返事が返ってきた。
自分の意識が働かないところで、自分の手が生を確認するように開き閉じを繰り返している
『私は死んだ?』
「そう願って死んだ、今より生きるのは私だ」
入れ替わった。
死を望んだ沙羅は自分の体の機能からはじき出され魂だけになっていた。
変わって彼女の体に入った者は歓喜の声をあげていた。
沙羅では絶対にしない大口を開けて、空に向かって大きく腕を開いて
『あんたは誰!! 私はどうなってるのよ』
死んだはずの自分が精神だけ生きて体に残されるという事態に、沙羅はパニックになっていた。
自分では子供が床で手足を振って駄々をこねるを地で行くぐらい暴れているつもりなのに、体は一切行動に移していないのだから
「私は、私の名前は、サライ・ザーナ。誇り高きミルドの戦士、私はここに復活した!! そして死を願った者よ、お前は死を悔いるために私の心に住んでいる」
握った拳、今まで輝くことのなかった自分の目が生き生きとしている。
剣山のガラスの中で、修羅場をくぐった戦士にふさわしく。
どうしてこんなことになったと疑問する沙羅の頭に死神の言葉がリフレインする
「じっくりと死んでください……ってこういうことなの?」
生き地獄。
自分の体が自分以外の者に支配され、生き生きとして進む世界を見せつけせられる。
こんなひどい地獄を良く考えたものだ。
もはや絶望しても自分の顔を隠すこともできない沙羅は、体を乗っ取り生き返ったサライという少女の心の一部として生きていた
それは死出の旅路から始まった、新しい冒険の日々の1日目となった。
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