第12話

「確かにあれは姉さんだ」

 庭の端からお見合いが設けられている部屋を遠目で見る。天候のお陰か、部屋の戸は空けられているので様子が窺える。着物姿で普段と雰囲気が違うけど部屋に居るのは姉さんに間違いない。

 そして、その向こうの席に座っているのがお見合い相手か。確かにカッコいい。落ち着きがあって仕事が出来る男って感じがする。

 二人で楽しそうに話してるけど、ここからだと聞こえないな。もう少し近づけば聞こえるかもしれないけど、近づくとバレそうだしな。

 そんな事を考えていると仲人らしき人が退室して姉さんと男性だけになった。すると男性が立ち上がり、外に出ませんかみたいな身振りをする。それに姉さんも応じたのか、立ち上がり二人で庭の方へ降りてきた。これなら、会話を聞こえるはず。

「ところで先程の件。お考えを聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」

 先程の件? もしかして、婚約の話とか?

「聞けば弟さんと二人暮らしとか。この件を受けて貰えれば生活も大分楽になるのではないでしょうか?」

「そうですね。確かに楽になると思います」

「苦労も大分なされたでしょう。お若いのに一人で弟さんを育てるのは」

「苦労…ですか。確かに大変でしたけど、決して苦ではなかったです。むしろ、私が助けられた位です。

 両親が亡くなったって聞いた時に頭が真っ白になりました。目の前で並ぶ二人を目の当たりにして、これからどうするばいいんだろうか? 生活は? 学校は? 進学は? そんな事ばかりが頭の中をグルグルと駆け回って、本当にどうしたらいいか分からなくなりました。

 でも、その時に聞こえたんです。幼い弟の泣き叫ぶ声を。

 それを聞いて我に変えれたんです。これから私達は二人しか居ないんだって。これから私が私は姉として、ただ一人の肉親として彼を守っていかないといけないんだって。

 そこからは、もう無我夢中です。大学の推薦を取りやめて、直ぐに就職活動。そして、何とか今の会社に入ることが出来ました。初めは慣れない仕事に家事もしなければいけなくて、本当に挫けそうになりましたけど、弟の顔を見ると乗り越える力になりました。

 でも、今ではその弟に家事を任せっきりなんですか」

 あはは、と笑って見せる姉さん。でも、その表情はどこか暗い。

「そして気が付けば十年経っていました。何時までも小さいと思っていた弟もしっかり育ってくれて。ずっと、変わらないんだろうなと思っていても、しっかりと変わっていて。その辺は姉としては少し寂しいと感じますけども嬉しい事です。

 弟も変わってるんだから、私もそろそろ変わらないといけないんだな、と思っています」

「では、この件について」

「はい。私で良ければ、よろしくお願い…」

「ちょっと待った!」

 姉さんが返事をする前に物陰から飛び出す。

「こ、こーちゃん? どうしてここに居るの?」

「今は僕の事はどうでもいい。それよりも姉さんのことだよ。何で僕に相談も無しに決めちゃうの」

「そ、それは」

「姉さんが僕のことを大切に思ってくれてるのは分かってる。だからと言って姉さん自身のことをないがしろしていい訳ないじゃないか! 僕だって姉さんには幸せになって貰いたいよ!」

「こーちゃん…」

「だから嫌なら断りなよ! 僕の為だなんて言わないで、姉さんがちゃんと幸せになれると思った相手と結婚してよ!」

 僕の思いの内を叫んだ。相手の男性が目の前に居るのに。

 どうしよう。突然出てきて、こんな事を言って大丈夫だろうか。いや、そんな訳ないよね。どうしよう。かなり失礼な事を勢い余って言ってしまった。ヤバい、ちょっと涙目になってる。

「ん? 結婚って何かな?」

 と、首を傾げる姉さん。

「アレ? えっ、だって先程の話って婚約とかそう言う事じゃ…」

「真由美さん。どうやら、弟さんは何か勘違いをなされている様ですが」

 と男性の方は困った様な表情で言う。

「あのね、こーちゃん。実は…」

 姉さんが申し訳なさそうに事を語る。


 僕は壮大な勘違いをしていたらしい。

 このお見合いで両者は婚約を決める事なんて元々無かったらしい。

「いや、僕としてはまだまだ結婚なんて考えていなかったんだけども、叔父がどうしても言うのでね。顔を立ててお受けしたんですよ」

「私も部長さんにはお世話になってるし、無下に断れなくて」

 と、二人が答える。

「えっ、でも、先程の件を受けるとか如何かとかは何だったの?」

「あれは私が転職を進めたんだよ。真由美さんの経歴を見せてもらったのですが、とても優秀な方でしてね。ぜひ、私の職場で働いて貰えないかと頼んでいたんだ」

「そ、そうだったんですか」

 何か一人だけ突っ走て勘違いして、とても恥ずかしい。本当に穴があったら入りたい位だ。

「ごめんね、私がちゃんと説明してなくて」

「そ、そうだよ。何でちゃんと言ってくれなかったの? 最近は帰りも遅いかったし」

「それは仕事で毎日県の端の方に行ってたの。電車で片道三時間かかる所に通っていたの」

「じゃあ、昨日佳織先生に泣いて電話掛けたのは?」

「あれは、その。お酒飲んでいたら、不意に最近こーちゃんと会ってないと思ってたら、泣いちゃって。で、どうしても近状を聞きたくて佳織ちゃんに電話したの」

「そうだったのか」

「ちゃんと連絡入れれば良かったんでけど、本当に忙しくてなかなか連絡できなくて。本当に心配かけてごめんね」

「うんうん。僕の方こそ、ごめん。ちゃんと僕から連絡してたら、こんな事にならなかったもの」

 本当、面倒くさらず確認を取っておけば良かった。

「それと突然出てきて失礼なことを言ってしまってすみませんでした」

 男性の方を向いて頭を下げる。

「いいよ、気にしてないさ。むしろ、良いものを見れたと思ってるよ」

 笑顔でそう答えくれる。

「私には兄弟が居ないので羨ましい限りですよ。こんなに互いを大切に思っている姉弟が居るなんて」

「はい。自慢の弟ですから」

 姉さんは誇らしげに言ってくれた。


 その後、お見合いは無事に進められた。

 先程言っていた様に両者はこの話はなかったことに。仲人だと言う姉さんの上司は心底残念そうな顔している。しかも、この後に男性から姉さんの引き抜きついても話され、尚のこと残念な表情を見せる。でも、最後は引き抜きのことも快く了承してくれてた。

 そして、お見合いが終わり帰る時間に。

「本当に良いのかい、少年?」

 僕の事をずっと待ってくれていた藍さん。家まで送ってくれると言ってくれたが。

「はい。今日は姉さんと二人で帰ろうと思ってます」

「そうかい? なら良いんだけども」

「今日は助けていただいて、ありがとうございました」

「何だい改まって。別に気にすることじゃないさね。ウチと少年の仲じゃないか。今度、また手伝ってくれれば良いよ」

「あの、こーちゃんがお世話になったみたいで。ありがとうございました」

 姉さんが頭を下げてお礼を言う。

「いえ、これ位お安い御用ですって。では、ウチはこれで失礼させてもらいますね。今後ともスーパー氏家をどうかご贔屓に」

 そう言って藍さんは車を走らせた。

「じゃあ、帰ろうかこーちゃん」

「うん」

 日が落ちる夕焼け時。真っ赤な空を見ながら道を二人で並んで歩く。

 そう言えばこうして姉さんと一緒に帰るのは久しぶりだな。昔は一緒に買い物に行ったりしたな。

「懐かしいねー。昔はこうして一緒に帰ってたね」

 姉さんも僕の思っていたことを言う。

「そうだ。手を繋ごうよ、こーちゃん」

「嫌だよ。恥ずかしい」

「だーめ。はい、繋いだ」

 無理矢理右手を掴んで握られる。

「もういい歳なんだけども僕」

「どんな年齢になろうとも、こーちゃんは私の弟だし、私はこーちゃんのお姉さんなのです。そして、弟はお姉ちゃんの言う事は聞くものなのです」

「そんな無茶苦茶な」

「お姉ちゃん、今日は久しぶりにこーちゃんの手料理が食べたいなー」

 そんな事を言って甘えてくる姉さん。これでは姉とはよく言うよ。でも、偶には乗ってあげるか。

「仕方ないな。で、何が食べたいの?」

「こーちゃんの作ってくれたご飯なら何でも良いよ」

「それを言われると作る側は考えるの大変なんだけど」

「じゃあ、卵焼き良いなー」

「卵焼き? 何でまた朝食みたいなものを?」

「こんな日だから食べたいの。覚えてないと思うけど、こーちゃんが初めて作れた料理なんだよ、卵焼きは」

 あれ、そうだったかな? 全然覚えてないや。

「あの時の味は今でも忘れられない。甘くて、しょっぱくて、苦くて」

「ねえ、それって美味しかったの?」

「美味しかった・・・とは、お世辞にも言えなかったけども、とっても幸せの味はしたよ。だって、半泣きになりなが、手にいっぱい火傷痕付けて、私の為に一所懸命に作ってくれたんだもの。こんなに幸せなものは食べたことなかったよ」

 笑顔で話す姉さん。そうか、そう言えば姉さんは僕の料理に一度も文句を言わなかった。そんな思いで食べててくれたん。なんだか、嬉しい。

「分かった。でも、もうそんな料理は出さないよ。腕によりを掛けて卵焼きを焼くんだから」

「わー、楽しみ」

「卵焼きだけでは寂しいから他にも色々作るよ。 今日は姉さんの転職祝いにごちそういっぱい作るから」

 一か月振りの姉さんの笑顔を見る為に全力で腕を振るいますか。


 後日、そのことを佳奈さんに話す。

「へえー、そんな事が有ったの。どおりで途中で居なくなったと思った」

「うん、我ながら恥ずかしい早とちりでした」

「なんだかんだ言って、康一君も相当シスコンよね」

「なっ!」

「うん、確信した。結局、共依存ってやつ? お姉さんは康一君にお世話されたくて、康一君はお姉さんをお世話したいんでしょ」

「べ、別にそう言う訳じゃないよ!」

「だって、本当にそう思っているなら、こんな所までお姉さんを連れてこないよね」

「うん、まあ、そうだね・・・」

 休日、佳奈さんと会う約束があるので出掛けようとしたら、何故か姉さんまで付いて来た。

 流石にそれは無いと言うと「何で? 私が着いてくとマズい事でもあるのかな?」と真顔で聞き返されてしまい、押し切られてしまった。

 そして、現在バスの中で佳奈さんと姉さんに挟まれている状況である。

「ねえ、こーちゃん。どこ行くのー?」

「今日はモールに映画を観に行くんですよ、お姉さん」

「あら、私はこーちゃんに聞いたんだけども。どちら様でしょうか?」

「一応、一度会っている筈なんですけどもね。初めまして康一君の彼女の清水佳奈と申します。これからよろしくお願いしますね 義姉さん」

「か、の、じょ・・・まあ、こーちゃんは魅力的な男性だから、彼女の一人も居てもおかしくないわよね」

「そうですよ。私はその魅力的な康一君の彼女なんです。今日はデートなのでお邪魔はしないでいただけると助かるのですが」

「お邪魔なんてしないよ。こーちゃんが付いて来て良いって言うから来てるだけですもの」

「いや、僕はそんなことは・・・」

「言ったよね、こーちゃん」

 またも真顔で詰め寄られる。その表情、少し怖いんだけども。

「う、うん。たぶん、言ったと思うよ」

「ほら」

「むっ」

 僕の返答を聞いて明らかに機嫌を悪くする佳奈さん。

「ちょっと、お姉さん。くっつき過ぎじゃありませんか?」

「あら、これ位は姉弟のスキンシップとしては普通よね」

 と言って右腕を絡ませて身体を寄せて来る。

「いいえ、幾ら何でも近づきすぎです。私だってまだ手も繋いでないのに」

 佳奈さんも負けじと僕の左腕を掴んで引き寄せる。

「そんなに弟とべったりだと何時までも結婚出来ませんよ、お姉さん」

「別に構わないの。何だったらこーちゃんに貰ってもらうもの」

「いや、無理ですから。法律的に絶対に無理ですから諦めてください。てか、康一君は私がもらいますので」

「あの・・・僕に決定権は」

「「ありません」」

 二人がキレイにハモる。いや、せめて僕の意見も聞いてほしいんだけども。

 はあ。これから僕の生活はどうなるんだろうか。楽しくなるのかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の姉さんがこんなに残念なはずがない。 ぽこぺん @pokopen_sa10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ