第10話
「………」
「ねえ、康一君。今度の日曜日は空いてる?」
「うん…」
「じゃあデートしない、デート?」
「うん…」
「この前のモールに行って映画を観に行こう。私、観たい映画有るの。えーっと、何だっけ? あのハリウッド俳優が出てる―――」
「うん…」
「…ねえ、ちゃんと話聞いてる?」
「うん…」
「ふーん。じゃあ、結婚しようか」
「うん……って、結婚!」
唐突に出てきたワードに異常なほどの驚きをしてしまった。危うく椅子から転げ落ちそうになるとこだった。
「な、なんで急に結婚になるのかな?!」
「いや、このまま既成事実を作ろうかと思って。ちなみに今の返事の回答は録音済みだったり」
そう言うと携帯を取り出して、機能として付いているボイスレコーダーを起動させる。
『ふーん。じゃあ、結婚しようか』
『うん……って、結婚?!』
見事に僕の声で結婚の承諾をしていた。
「いやいや、消して消して! そもそも僕はまだ結婚できる年齢じゃないからね!」
「うん、分かってるけど、いざとなったコレを証言にマジで入籍をと」
「本気!? 本気で結婚しようとしてるの!?」
「と、まあ思いましたけど。こんな心が微塵も篭ってない返事されても、逆に私が断るから」
そう言って目の前で録音データを削除する。
「次、プロポーズした時にまた生返事したり、断ったりしたら許さないからね。てか、しなさいよね!」
「結局、脅迫じゃないかっ!」
「それでどうしたの? 最近、何かおかしいよ? ボーっとしてたり、深刻な顔したり。何か悩み事かね?」
「悩み…と言うか、何と言うか」
とりあえず、姉がお見合いし結婚するかも知れない事。そして、その日以降顔を会わせない事を話す。
「朝は早くから仕事に出て居ないし、帰りは遅くて深夜まで。前だったら僕が起こしてたのに、気が付いたら居ないんだよ。ご飯作っても全然食べてくれないし。お弁当だって作っておいても持っててくれないんだ」
「まあ、そのお陰で私が愛妻もとい愛夫弁当を頂けるんだけど」
そう言ってお弁当のおかずに箸を伸ばす。
「この筑前煮は絶品だね。味がよく染みて美味し」
「それは一晩置いてるからね。それとお弁当に入れるから冷める事を想定した味付けにしてるしって、今はそんな話をしてる場合じゃないのだけども」
「ああ、そうだったそうだった。お義姉さんが顔を会わしてくれないんだっけ?」
ん? なんだろう、その姉さんの呼び方に違和感を感じる。気のせいか。
「アレだよ、アレ。きっとアレに違いよ」
「具体的にアレって何かな?」
「反抗期?」
「どんだけ遅れた反抗期なんだよ!」
もう二十八だって。今更反抗期になられても困るんだけど。
「まあ、それがなければマリッジブルーとか」
「まだ結婚も決まった訳でもないのに、それは無い」
「いやいや、考えが甘いなこーいち君。かく言う私も今後の二人の生活を考えると暗い事ばかり思い浮かべてしまうんだよ」
「今後の?」
「進路とか卒業後の関係とかさ。出来れば同じ大学に通いたいし、それだった同居もしたいじゃない? ただそうなると実家出なくちゃだし、学費は出して貰うにしても生活は稼がないとなー。とか、考えると夜も眠れない」
「どんな事を考えてるの。てか、僕が大学に進む事と同居は決定済みなの?」
「なに、嫌なの?」
そんなジド目で睨まれてもな。嫌な訳じゃないけど、正直返答に困る。
「まあ、その話は追々で良いから置いといて。本当にどうしたものかね。はあー」
溜息を漏らす僕を見て、可奈さんは首を傾げる。
「別にどうにもならなくて良いんじゃない? むしろ、康一君の家事とかの負担が減って楽じゃん」
「うーん。まあ、そうなのだけど。何て言うか急過ぎて逆に僕も困る」
「いや、逆の意味が分からないんだけど」
「生活サイクルが狂いっぱなしなんだ。姉さん早く出て行くから起こさなくて良いやと思って遅くまで寝てたり。その癖、深夜に帰って来るもんだから一旦起きてカギを掛けたか見て回ったり。料理だって自分が食べる分なら何でも良いから、腕を振るう機会も減ったしさ。何より、家族なのに顔も見せないって如何かと思うよ」
「ふーん」
冷たい目線で僕を見つめる可奈さん。
「康一君って、割とシスコンだよね」
「んぐっ!」
食べていた煮物の里芋が喉に詰まる。
「んーっ! んーっ!」
「もしかして喉に詰まっちゃった? ハイ、お茶」
可奈さんが差し出してくれたペットボトルを取り、一気にお茶を流し込む。
「ぷはっ! あ、ありがとう。助かったよ」
「あっ、それ私のだった。ごめんごめん。けど、これって関節キスだよねー」
「えっ? あっ!」
「だから、そんなに顔を真っ赤にしないでよね。こっちまで恥かしくなってくるし」
「ごごごごめん! すぐ新しいの買って来るから!」
「別に良いし。それ私も飲んで康一君と関節キスするし」
「良くないから! 買って来るからちょっと待ってて!」
「じゃあ、午後ティーのストレートが良い」
「分かった!」
僕はそう言って教室を飛び出した。
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