たまに書くやつ

こちみしま

短編小説 六次元怪盗ポラライゼ

 古びた和風の店内、テレビがついているが客の賑わいでニュースキャスターの声は聞こえない。カウンター席のむこうで店長が粉のかかった黄色い麺を振りざるにぱらぱらと落としているのが見える。三角巾を頭に巻いている女の子はエプロンの丈が余って床につきそうになっている。彼女は店の真ん中でカウンターの奥に置かれたテレビを見上げて動かない。彼女は私がチャーシュー麺をオーダーしてもらってからもそこを離れようとはしなかった。


 「父ちゃん、またあいつがテレビに出るよ」


 ニュースではめがねをかけた長身の男がへらへらと笑いながら絵を何某美術館長に手渡して硬く握手をしている様子が流されていた。キャスターはこの絵が連続強盗事件に巻き込まれないかということを冗談交じりに心配していた。どうやらその強盗は宝石や金ばかり狙っているらしく、美術品は眼中にないだろうとのことだった。


 「ほっとけ、人でなしがどう注目されようが俺には関係ねえ」


 店長は関係ないといいつつも私はその言葉に怒りを感じずにはいられなかった。


 「ほい、チャーシュー麺一丁。ねる子、テレビばっかみてねえで注文とれ。人でなしの話なんか聞きたないわ」


 私はカウンターに置かれた皿を受け取って、割り箸を割った。麺をすすろうとふうふうと息をふきかけていると時々口笛がなる。癖なのだ。


 「んふ、口笛なんか吹いて変なの。ねえおじさん。うちのお父さんがこんなに怒ってる理由知りたい?」


 私は麺を口に運ぼうとする姿勢のまま細かく頷いた。彼女はおしゃべりが好きなようだ。


 「あの人がね。うちのおばあちゃん。もうボケちゃってるんだけどね。うちのおばあちゃんからあの絵を取っちゃったの、その絵おじいちゃんが描いた大事な絵だからおとうさんカンカンなの。まあでもこの店が今もあるのはあの絵のお金をもらったからなんだけどね」


 「あの絵はあの程度のもんじゃない。ねる子お前のおしゃべりもたいがいにしろ! それにな、あれはおばあちゃんの若いころの絵なんだぞ。大事な絵なんだ! 」


 「ごめんなさい、ぶたないで」


 彼女はそういってしゃがんで頭を抑えた。


 「ぶ、ぶつわけあるかぁ! アホ」


 「えへへ、あぁ、優しい怪盗さんがあの絵取り戻してくれたりしないかな」


 「お嬢ちゃん。怪盗じゃなくて強盗でしょ。強盗はやさしくないよ」


 「でも、すごい手口なんだってテレビで行ってたよ。いりゅーじょん!」


 「手口なんて、難しい言葉を知っているね」


 小さな店員は照れた後またテレビを見始めた。私は麺をすすった。冷ますのを忘れてしまって熱かった。麺は少しのびていた。


 「お嬢ちゃん、今何時かな」


 私は食べ終わりに水を飲みながら聞いた。


 「もう二時くらいだよ。ていうか、おじさんそれ腕時計じゃn。。。」



 「ないんだよね。これは次元移動レンズだからね」


 「おいおい、また独り言か?」


 先ほどお嬢ちゃんがいた場所には、同僚の男が立っていた。わざとらしく腹を抱えながら笑っている。


 「だまれ、お仕事だぞ、ほら」


 そういって男のしりを蹴った。イッテェと叫んで今度はしりを抱えている。


 「お前のほうの『入り口』はどうだった? 」


 「ってぇ、はぁ。あの趣味悪いネックレスのマネキンのあたりなら人は来ないと思うぞ。まいが見張ってるから見つからずに出れるだろ。あ? お前のほうは? 」


 「こっちはテレビに釘付けのお嬢ちゃんとテレビを見ようとしない店主、後その他大勢だ」


 「店ならどっちにしろ出れねえよ」


 同僚の男はそういいながら先のとがったハンマーをショーケースに叩き込んだ。ガラスはばらばらになってダイヤ以上に輝いている。


 ガラスが割れたことでセンサーが反応し、警報機が鳴り響く。もうすぐ警備員が駆けつける。そのころにはもう私たちの姿は無い。


 「一丁あがり」


 「なんだ、お前もラーメン食べたのか? 」


 「いやいや」


 「じゃあ用も済んだしずらかるぞ」


 私たちはマネキンを蹴飛ばしてその位置に立った。腕時計に見える装置のふちに手を当てる。警備員が駆けつける音がする。二人。泥棒!と叫ぶ声がする。


 「入り口は五時の方向だ。同時に行くぞ……。さん、はい」


 警備員たちの「そこを動くな」という言葉が最後まで言われる前に私たちの視界はすこしずつ透けていき同時に少しずつコンクリートの壁が見えてきた。どうやらちょうどいい路地裏が『五時』にはあったようだ。同僚のまいからの緊急連絡は無かったので異常はない。少しずつ誰かが手を振っているのが見えてきた。


 「おつかれ、今日の仕事は終わりね。次は何を狙う? 最近小さいのばかりじゃない? こんなのばっかしててへまして捕まったら面白くないわ」


 「別に俺は食えりゃ問題ねえよ。今止めたっていいんだぜ。金はある」


 「あんたいつもそういうけど、一番楽しんでない? ねえ、博士」


 「そうかもな」


 「そんなことねえ」


 「なあ、次は絵を盗まないか? メディアは私たちが金にしか興味がないと思い込んでる」


 「どの絵です? 」


 「おじいさんの絵だよ」


 同僚とまい、二人は顔を見合わせてニヤリと笑った。



 地球の人口は今や500億を超えている。本当ならとっくに人が住める限界を超えているところだが、地球が六つに別れたので問題なかった。この世界は実は三次元空間ではなく六次元空間だったのだ。人々は自らの地球を圧縮し変換し三次元に落とし込んだ。人々の感じられる世界は三次元に限られるため問題は無い(ただ六次元空間での物質の挙動は得られなくなり物理学には200年ほどの遅れが生じることとなった。これが宇宙進出の理由となったがそれはまた別の話である)。人々は圧縮した三次元を重ね合わせ六次元の中に六つの三次元空間を作りそこで生活していた。次元の移動には次元移動専用駅を用いた。


 科学は絶大な進歩をしたが、防犯意識は変わることなく次元移動対策などは考えても無かった。みなは次元移動は駅でするものと思っている。博士は人々の先入観を利用し、独自開発した次元移動レンズで盗みを働くのを趣味としていた。


 「ボケたおばあちゃんから大事な絵をねぇ……。悪いやつだなぁ」


 「私たちのほうがいくらか悪いわよ」


 「いくらか程度かね」


 「さあ行くぞ。経路は頭に入れたか? 失敗して足を床に埋めるなよ」


 「じゃあ俺は六時方面から向かう。じゃあな」


 そういって同僚は移動した。


 「そっちはどうだ」


 『問題ない。ここから電車で移動して位置まで行くのに1時間とちょっとかかるのは変わらない。そちらも頼むぞ』


 この連絡は普通の携帯電話である。衛星の電波は六つの次元、すべて同じものを使うため絶対的な距離以外問題にならないのだ。料金も同じなので経済的。同僚はわれわれが六時と呼んでいる次元を通って美術館に向かう。私たちは美術館へ直接向かい、確認し切れなかった間取りや高さを計測して事故がおきないように指示を出す。


 「つかまるなら今日ですね」


 「さすがに怖いかね? 今日はこれまでと違って人前で盗るからな。まあ、捕まるのは最悪でもあいつだけだ」


 「ひどいこといいますね」


 まいは人事のように言って笑った。


 「まあ、このレンズがある限り捕まりはしない。死ぬことはありえるが」



 美術館には多くの人がいて列を作って作品を観覧している。二人は一巡して館内を出た。美術館で携帯電話は使えない。


 「絵の位置はプランcタイプに近い。その通りに動いて問題ない」


 『オーケー。にしても飛び降りながらの次元移動は初めてだな。問題ない? 』


 「もちろんだ。動作には問題ない。指示を出したらGOだ」


 博士はもう一度入館してから、陽動のために設置した一発目の音爆弾を作動させた。同僚への合図は二発目の後、警備員が客に避難指示を出した後だ。



 美術館の二階と六時の次元では土地の高さが違うため男は飛び降りることで高さを合わせて移動することになった。男は次元移動装置に信頼を置いているものの、こちらの次元の建物では六階から窓を飛びぬけて落ちるのだから不安だった。うまく移動できれば一階分の高さも落ちないが、もしも移動に失敗したら死ぬかもしれない。飛び込み台となるビルの隣には住み込みつくりのコンビニがあるが、ここからでは走って飛んでも届かない。


 男が不安をぬぐう暇も無く合図の携帯電話の振動がぽっけをくすぐった。男は指示に対して反射的に駆け出した。意識では飛ぶつもりなど無くても長い怪盗活動によって染み付いた反射神経が体を動かす。ビルの窓から飛び出し無重力を感じる。すぐさまレンズのふちを右に回す。地面が透けて目の前に赤いじゅうたんが現れる。どん。建物半階分落ちたので、おおきな音が鳴る。壁の無い開けたほうを見る。客は男を見ている。博士は頭を抱えている。落ちる不安ばかりしていたので落ちて発生するだろう音に気がつかなかったのだ。しかも客は爆発の後で音に敏感になっているのだからばればれである。男はとっさに立ち上がり高らかに言った。


 「私は怪盗ポラライゼ。この絵はもらった! はっはっは」


 男は絵を取りはずし、壁に掛けられた細長い絵に飛び込んだ。


 


 「良かっただろ。俺のとっさの判断」


 「いいわけないだろ。怪盗ってなんだよ。予告もなしに盗ったらなにもかっこよくない」


 「にしても、俺の周到な下調べのおかげであの後エスケープできたわけよ。となりにコンビニなかったら俺今頃死んでるからな。で、この絵、どこに売るんだ? まい? 」


 「その絵は私が人に渡す。待ってる人がいるからな」


 「おじいちゃんの絵ってそういうことか……じゃあ、ボランティアだってのかよこれ」


 「でも、面白かったでしょ? 」


 「なんも面白くねえ」


 「ラーメン屋についたぞ。ここがお届け先だ」


 車を停めて博士は落ち着いた足取りで店へ向かった。


 エプロンを着た少女がいらっしゃいませと元気に出迎えた。


 「口笛のおじさんだ。久しぶりだね」


 「覚えられちゃったか」


 「ラーメン冷まそうとして口笛吹いちゃう人は覚えやすいよ」


 「じゃあ、前と同じメニュー頼めるかな」


 「えー、そんなのは覚えてないよ」


 かわいらしい店員にチャーシュー麺を頼んで、前と同じ席に座った。


 「おばあちゃんもね。本当は後悔してると思うんだよね」


 「ねる子はおるか?」


 「あ、おばあちゃん。ここにいるよ。どうしたの」


 「おお、ねる子。おったか。ほ、もしかしてお前さん、陽介か? 陽介! こっちきなさい」


 「陽介おじさんは今は滋賀でしょ。違うよ。ごめんなさい。おばあちゃんこうだから。嫌だったら付き合わなくていいよおじさん」


 「はい、陽介です」


 「おじさんごめんね」


 「いや、いいんだよ」


 おばあさんにつれられて博士はラーメン屋の二階へ上がった。


 


 「腹はへっとらんかね。これくいなさい」


 おばあちゃんは饅頭を博士の前に置いた。


 「今、ちょうど食べようとしたところでして」


 「いらんかい。そうか、そうか」


 「ねる子。ちゃんと注文とれ!」


 下から店長の声が響く。ねる子は大きくはあいと応えた。


 「あとでまたくるからおばあちゃんとお話しててね。チャーシュー麺のびちゃうといけないから、後で出すね」


 ねる子はとたたたと階段を駆け下りていった。


 「いや、すまんね。わたしはサチ、ねる子のおばあちゃんやっとる。やっとるっておかしいか、がはは」


 おばあさんの言葉の調子が急に良くなったので博士は驚いてしまって声が出なかった。


 「ボケてるはずのおばあが話すのはびっくりするじゃろ。いや、この年になるとこれくらいしか楽しみがなくてな。こうやって、孫が仲良くなった客をびっくりさせてあそんどるんじゃ。家族には内緒でな」


 「ご家族には、うそをついているんですか?」


 「ちょっと前までは客だけをだましていたんだけども、この前店が食中毒の事件があってつぶれそうになったものだから、本当にボケてしまったというフリでおじいちゃんの絵を売ったんよ。これも内緒でな」


 「そうだったんですか……絵は大事だったんじゃないんですか。あの絵おばあさんを描いたものだったんでしょう?」


 「いや、まあ確かに大事なものではあるんだけど、あの絵実は私の双子の妹で、おじいちゃんも絵なんか描いてるくせにそんなことには気づかなかったんだわ。わたしそれで怒っちゃって、その後自分の分も書いてもらってあるんだわ。いや、自分の絵なんか恥ずかしくて売れへんよ、がはは。これも秘密な、がはは」



 「おじさん久しぶりだね。今度もチャーシュー麺でいい?」


 「ああ」


 「あの絵、この前怪盗に盗まれたと思ったら、また元に戻ってたんだって。意味わかんないよね。うちに戻ってくるかもとか思って損しちゃった」


 「でも、見に行けばいいじゃないか、盗まれてたら見ることさえできなかったかもしれないし良かったと思うよ。自分のおばあちゃんの絵をわざわざ見に行くのはおかしいと思うかもしれないけどね」


 「そうだね。ちょっとおかしいね」


 二人で笑っていると二階でおばあちゃんの悲鳴が聞こえた。


 「あれま、本当にわたしはボケちまったのかね。うちにあるこれ妹のだわ」


 私も人をびっくりさせるのが趣味なんで。

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