廓の中 其ノ肆

 不夜城ふやじょうである遊廓、夜は客と女郎たちの嬌声で賑やかに活気づいているが、昼間は静かなものである。遊郭の女郎たちはみんな眠っている。

 十年も同じ御店おたなで働いていれば、女将がどこに金をしまっているかくらいは見当がつく。お袖は自分の身請けに両替屋の隠居が払った三十両の金を盗んで、半次と逃走することを決めた。

 遊廓の大門の前で待ち合わせ、お袖から受け取ったその金で、半次が門番を買収して、大門を開けさせて、ふたりして上方へ逃げる手筈になっていた。


 いよいよ『足抜あしぬけ』決行の日――。

 いびきをかいてだらしなく眠っている、強欲女将の手文庫から三十両の金子をかすめ盗ると、お袖は御見世から急いで姿をくらました。

 そのまま、半次の待つ場所へと急いだ――。もし女将が目を覚まして、三十両の金子がなくなったことに気づけば、すぐに追っ手が掛かる。急げ、一刻も早く逃げないと……早く、早く、お袖は必死で走った。


 遊郭の大門の前に半次の姿が見えた。

 ああ、これでやっと、ここから出られる! お袖は半次を見た瞬間に安堵あんどのため息がでた。半次も同時にお袖を見つけると――。

「お袖、金だ、金を投げろ!」

 門の向こうから手を振る。

 一刻も早く半次に門番を買収させて、ここを開けて貰わないといけない。

「おまえさん、投げるよ!」

 お袖は門の向こう側の、半次に三十両入った巾着を投げ渡した。半次はそれを受け取ると中身を確かめ、手の中で軽く振ってみせる。

「なにやってんだい、早くここを開けておくれよっ!」

 門の竹の格子にしがみ付いて、お袖は大声で急かせた。

 その声に半次は薄笑いを浮かべて。

「お袖、すまねぇな、恩にきるぜぇー」

 そういって、くるりと背中を向けて立ち去ろうとした。

「おまえさん、なに言ってるんだい。早く門を開けて、あたいをここから連れて出しておくれよ!」

 門の竹の格子の隙間から手を伸ばし、必死で半次を引き留めようとするが……。

「悪いな、上方にはおいらひとりで行くぜぇー」

「あたいを騙したの? 女房にするって言ったじゃないかっ!」

 お袖は泣きながら叫んだ。

「けっ! 女郎なんか、誰が女房にするもんかっ」

 お袖に向かって唾を吐くと、半次はそのまま逃げ去った。

 取り残されたお袖は、門の竹の格子に取りすがり、泣きながら半次の名を叫び続けていた。――お袖は騙された我が身を悔いていたが、もう手遅れだった!


 その背後から、ひたひたと追っ手の足音が迫ってくる……。



                ― 了 ―

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