廓の中 其ノ貳

 くるわに来て、二年の月日が流れた。

 お袖も今ではいっぱしの遊女として客の相手をしている。

 そんなある日、嬉しいことが! なんと妹のお小夜がこの遊廓に売られてきたのだ。姉妹は同じ御店おたなに奉公することになった。お袖は妹に逢えて嬉しかった、お小夜も姉を見つけて喜んだ、まさかこんなとことで逢えるなんて信じられない。――けれど売られてきた、お小夜はみすぼらしい着物を着ていた。

「おっかさんは、おまえに着物を縫ってくれなかったの?」

お袖が訊ねると。

「おっかさん、死んじまったんだ……」

「えぇー!」

「姉ちゃんがいなくなってから、おっかさんもすぐに死んだ……」

 そう答えると、お小夜の瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れた。


 お袖が売られた年に、母は赤子を産んだが産後の肥立ちが悪くて亡くなった。そして赤子も後を追うように死んだ。

 それから父は呆けてしまい、百姓も野良仕事もせず、朝から晩まで酒を飲んで管を巻くようになったという。

 おっかさんが死んだと聞いて、お袖もお小夜と一緒に泣いたが、しょせん自分は故郷には、もう帰れない身の上……遊郭の門の中に入った時点で、娑婆しゃばとは縁を切ったと同じこと――。

 悲しんでいても仕方ない、こうなったら妹のお小夜とふたりで、ここで生き抜くしかないとお袖は思った。

「お小夜、おっかさんが縫ってくれた赤いべべ、おまえにやるよ」

「ほんと? 姉ちゃん、ありがとう」

 お袖には丈が短くてもう着れなかったが、お小夜にはぴったりだった。赤い着物に袖を通すと、「おっかさんの縫ったべべだ……」そう言って、お小夜は赤い着物の袖で何度も何度も涙をぬぐっていた。

 血を分けた妹のお小夜が傍にいれば、心強い、姉妹で力を合わせて、この苦界からいつか一緒に抜け出してやるんだと、お袖は強くそう心に念じた。

 二歳年下のお小夜がきて、荒んだ心が癒されたような気がした。


 しかし、そんな日々も長くは続かなかった。

 その年の冬、お小夜は風邪をこじらせて三日三晩高熱に苦しんだ。どうか、妹の看病をさせてくださいと……泣いて頼むお袖に廓の女将は、「おまえはお客の相手をして、銭を稼ぎなっ!」と看病を許してはくれなかった。

 床で客の相手をしながらも、お小夜の様子が心配で心配で……堪らない。

 かわやにいくと嘘を付き、布団部屋の片隅に寝かされていたお小夜のもとに、濡れた手ぬぐいで頭を冷やしに行っていた。高熱のため、お小夜はずっとうなされていて……。

「おっか……おっか……おっかさん……」

 ずっと母を呼び続けている。

「お小夜……死なないでおくれ、姉ちゃんをひとりにしないで……」

 祈るような気持ちだった。お袖は妹を助けられない我が身を嘆いた――。


 四日目の朝、お小夜は死んでいた。

 苦しそうに目をかっと見開いたまま、絶命していた。数えで十四歳、苦しいだけの短い生涯であった。

「お小夜、お小夜ー!」

 お袖は亡骸なきがらに取り縋って絶叫した。

 死人はけがれだと言う女将の命令で、男衆がお小夜の遺体を樽につめ廓の外へと運び出した。――どうせ無縁仏として、お寺に投げ込むのだろう。

 線香一本、花一輪手向けてやれず……なんの供養もなく妹は冥土に旅立つ、不憫で不憫で涙が止まらない。

 そんなお袖の心情を知ってか知らずか……狐顔の強欲女将がいった。

「ちくしょう! こんな早く死なれちまったら……銭にならない、大損だ!」

 怒って、煙管をお袖に投げつけた。

「おまえが妹の分までしっかり稼いで、御見世に弁償するんだよっ!」

「……そんな……」

「また年季奉公が延びたが、しっかりおやり! あはははっ」

 そういって女将は大声で笑った。

 この時ほど、お袖は女郎の我が身を呪ったことはない、涙が止めどなく流れた――。

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