第18話 Argwohn―疑心―
敵軍を追い払った後、
諸将の中には、二年前に辺境伯軍と戦って敗走したパッペンハイムがシュヴァーベン同盟軍の総大将としていて、彼は憎々しげにゲッツたち辺境伯軍の諸将をねめつけていた。
ランツクネヒト隊の連隊長レオンは、戦場で大剣ツヴァイヘンダーを振るって奮戦していた中隊長のゲオルク・フォン・フルンツベルクという男を連れていた。最初、アルブレヒトはフルンツベルクの武勇を褒めたたえたが、フルンツベルクが貴族出身でありながら騎士ではないことを知ると、
「騎士になるための金もない田舎者が、我が居館内に足を踏み入れるな!」
と怒鳴り、フルンツベルクは居館の広間から追い出されてしまった。
貴族の生まれでも、貧しいせいで、騎士の
領土を持たなくても
(
ゲッツは、あのフルンツベルクという戦士の戦いぶりを戦場で見て、ただ者ではないと直感していた。騎士の仕事を奪うランツクネヒト隊は個人的に気に食わないが、ああいう勇士の才能を見抜けずに邪険に扱う狡猾公はろくな殿様ではないなとゲッツは思った。
「辺境伯よ、
ローマ王の義弟であることを鼻にかけている狡猾公アルブレヒトは、諸侯の一人の辺境伯に対してもこんな
ゲッツを始めとして、辺境伯の次男ゲオルクやナイトハルトら辺境伯軍の騎士たちは、たゆんたゆんの
「ミュンヘン公。ループレヒトの勢力をいかにしてランツフート領から
狡猾公アルブレヒトとはそれなりに長い付き合いで、この男の態度のでかさにいちいち腹を立てていたら胃痛になることを心得ているブランデンブルク辺境伯が、冷静にそうたずねた。
「これだけの兵力が集まったのだから、今度は我々がループレヒト軍の本拠地ランツフートを襲撃しようではないか。バイエルン・ランツフート領の
「しかし、プファルツ
「はっはっはっ。辺境伯は心配性だな。それはただの噂だ。恐らく、プファルツ選帝侯が
何を根拠に噂だと信じ込んでいるのだと辺境伯は
(狡猾公はすでにランツフート攻めを勝手に決意してしまっている。強情なこの男は、
そう思い、「好きになされよ」と、腹立たしい気持ちを抑えて言った。ちなみに、ゲッツは、辺境伯の不安を一笑した狡猾公に激怒し、
「王の妹君に偽手紙を書いて
そう怒鳴ってやろうと、スーッと息を吸って大声を出そうとしたが、
その横では、戦で大暴れするのは大好きでも軍議で戦略を話し合うことは退屈で大嫌いなフリッツが立ったままぐーすかと寝息をたてていた。
かくして、ゲッツたちはランツフートを攻撃するべく、ミュンヘンを出陣したのである。
* * *
狡猾公アルブレヒトは、ランツフートを攻めるにあたり、周辺の城に使者を送って援軍を送るように要求した。
厚かましい彼は、自分の配下の城だけでなく、義兄のマクシミリアン直属の城にも援軍要請を出していたのである。
「援軍を出せだと? それは無理だ! ミュンヘン公は、この城の周辺が、今どんな状況か知らないからそんなことが言えるのだ!」
ミュンヘンの南東に位置する、イン川沿いの
「プファルツ選帝侯が、ミュンヘンの後方の城や都市に対して寝返るように誘いをかけている。もしも近隣の城や都市で裏切り者が出たら、ローマ王からいただいた、俺の城を守らねばならない。援軍を出す余裕などはないのだ」
クーフシュタインは、神聖ローマ帝国にとって重要な城だった。
クーフシュタインのすぐ南西には、強力な大砲など帝国の兵器を保管している、インスブルックの
ピーンツェナウアーは、若い頃からマクシミリアンに
「俺の城? フッ……。城代の分際で何を言う。この城は、貴殿の先祖が代々守ってきた城ではなく、ローマ王が貴殿に預けているだけの借り物なのだぞ?」
アルブレヒトの使者は、
「ローマ王に信任されている間は、貴殿はこの城の主でいられるだろう。だが、王の義弟である我が主君ミュンヘン公の援軍要請を断り、そのことをミュンヘン公が王に訴えたら……。王は、義弟を助けなかった貴殿のことを怒り、城代の任を解くやも知れぬぞ?」
「そ、そんな、まさか……」
早くに父を亡くし、父と仲の悪かった親族たちによって父の領土を全て奪われてしまったピーンツェナウアーは、マクシミリアンの宮廷で苦労を重ねて出世し、ようやく城代になれた。
近い内に、イン川沿いの街でひっそりと暮らしている年老いた母を城に迎えようと考えていたところだ。もしも、城代を解任されたら、息子の出世を夢見ていた病気がちの老母を大いに悲しませてしまうだろう。だが……。
「お、俺はローマ王の臣下だ。王の命令ならば援軍を出すが、王以外の者の
そう怒鳴り、ピーンツェナウアーは、家来たちに命じて狡猾公アルブレヒトの使者を城から叩き出したのであった。
「ミュンヘン公の使者の私にこのような仕打ちをするとは、後で後悔するぞ! 我が主君は必ずや王に貴様の罪を訴えるであろう!」
アルブレヒトの使者は、去り際にそう
この使者は、アルブレヒトから「城主たちを脅してでも、援軍を
脅迫に怒った城主は援軍を一兵も出さず、逆に
「……み、ミュンヘン公は、本当に俺を訴えるだろうか? い、いや、訴えられたとしても、ローマ王がこの俺を見限るはずが……」
ピーンツェナウアーは、主君のマクシミリアンを信じたかった。
しかし、欲する物ならば皇帝の娘であろうとも卑怯な手で我が物にする、あの狡猾公に睨まれてしまったら、どのような方法で陥れられるか分かったものではないという不安と、ローマ王は家来の自分などよりも義弟の言い分を聞いて、自分を処罰するのではという疑念が胸中で渦巻くことを止めることはできなかったのである。
アルブレヒトの使者が、ピーンツェナウアーがこのように葛藤する原因を作らなければ、このクーフシュタインの城代は三日後に城を訪れたプファルツ選帝侯の密使と面会することもなかっただろう。
このように、ライン地方の戦場にいるマクシミリアンの知らないところで、新たな戦いの火種がまかれつつあるのであった……。
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