第2部 ミルキーウェイは宇宙船でいっぱい
第13話 ライルの決意
序章
チャーリィと勇が、スクリーンを見つめていた。さっきから身動きもせずに見入っている。 赤い巨大な恒星と、青い小さな恒星が、互いの周りを複雑な軌道を描いて回っている。お互いの重力が干渉し合った結果、それらは夢のような現象を生じさせていた。
コロナが両者の間に長く伸び、フレアがデリケートな細長い塔のようにゆらゆらしている。
ライルには馴染のガルド星系の二重星だった。彼にとっても久しぶりの眺めだった。亜空間から出てこれを目にすると、やはり懐かしいものを感じる。
「ここの惑星の軌道は、しっちゃかめっちゃかだぜ。磁気嵐もすごいだろうな。やれって言うならやるけど、あまり自信は持てないぞ」
嬉しそうに勇が言う。彼にしてはずいぶん控えめな発言である。
「私が操縦しますよ。それに、ちゃんと管制塔がビーコンで誘導してくれます」
ライルが当然のように告げた。
彼等はガルド星系の外縁から数万キロメートルの所にいた。このガルドの二重連星の姿は、探査解析装置の処理映像である。
地球を発って、二週間後のことだった。
ライルの指が優雅に動き、船はガルド系の宙域の中に進んでいく。アステロイド帯でじっと蹲るように待機していた彼の船であった。
彼自ら地球に着陸させ、かつてのジャンプ時の損傷を直した。地球には、短期間で一万二千光年を踏破できる宇宙船は無かったのである。
第一章
ネズミ――プリトー星人の一斉逮捕によって、世界は核戦争の危機から脱した。
潜入していたプリトー人は十二人だった。それぞれ各世界の要員に取り付き、操っていたのである。
ヒュプノ効果を得るまでには、精神的圧力を一定時間継続して続けなければならないので、その正体が割れてしまうと、始末は思ったより楽だった。プリトー人自体も驚くほど華奢で脆かった。
彼らの強みはまさしくヒュプノ能力にあるのであって、軍事力ではないのだ。
発見され、引き出されてきた彼等は、眼を覆いたくなるほど脅えきっていた。彼等はこれまで、実に易々と作戦を果たしてきており、失敗を知らなかった。
仲間の犠牲はあった。それは常に存在するやむを得ない消耗だった。時にはわざと切り捨てることもある。だが作戦そのものの失敗は、かつて経験のないものだった。
彼等は自分の命を案じて怯えているのではなかった。彼らの種族が待つ運命の恐怖に、脅えているのだった。
ペンタゴンで捕らえた二人のプリトー人は、CIAの尋問室で、アレックス、ギアソン、ランフォード同席のもとで、取調べを受けた。陸軍参謀長に付いていたプリトー人は、勇の攻撃を受けた時に死んでしまった。
ライルが通訳を引き受ける。地球人の言葉は理解できるのだが、いかんせん発声の関係で人間に理解できる波長で話すことができないのである。
プリトー人は、あっけないほどぺらぺらと喋った。
「我々の敗北です。もう、隠す意味もありません。我々は滅びるのです。バリヌールの方、貴方にしてしまった数々の振る舞いを、せめて詫びることができただけでも幸いです」
「本来、君達は征服欲の強い種族ではありません。そのヒュプノ能力は、微力な君達が自分より何倍も強大な獲物を誘き寄せ獲るために発達させたものだと、覚えています。なぜ、他の世界を攻撃したのですか? その理由を話しなさい」
彼等は、バリヌール星系の破滅から語った。
紫外線の強い紫の恒星に守られた八つの惑星はことごとく破壊され、一つのアステロイド塊さえ残らなかった。
そして、バリヌールの世界を破壊した恐るべき強大な艦隊は、次いでプリトー人の前に現れたのだ。
艦隊はプリトー人の惑星の一つを簡単に破壊してみせ、恐怖におののく彼らの支配者となった。彼らの四つの世界に、異形の戦艦がそれぞれ取り巻き、命令の遂行を強要した。遂行の失敗は、彼らの惑星の破壊という形で償わされた。
異形の艦隊の要求とは……他世界の住民を殲滅し、然るべき期間までに、規定のプラントの操業を開始すること、開始報告一定期間後、『至上者』がその製造物を収受すること、だった。
規定期間の遅滞は許されず、彼等はこれまでに必死の思いで既に二十の世界を提供していた。
彼等はまだ宇宙種族として名乗りを上げていない世界を対象にした。政治的に不安定で、核を扱い兼ねている地球は、格好の獲物だった。
***
世界首脳陣を招集しての国際会議が、ニューヨークで行われた。これは地球統一の第一歩を踏み出した記念すべき会議となった。
プリトー人の幾人かも参考人として出席した。会話は、ライルが急ぎ作成した双方向性通訳機が使われた。異星人の侵略者を前にしては、誰も疑問を挟む余地はなかった。会議の様子は通信衛星を経由して、世界中に同時中継されると同時に、ネット上にも公開された。
そして、この日人々は世界が新しい時代に向けて進み始めたことを予感した。同時に、宇宙からの恐るべき脅威も、また実感した。
その危機感が、今、世界を一つの家族にまとめようとしていた。
世界統一の第一歩として、まず一番初めに成したことが、地球統一軍の誕生であるのはいかにも皮肉な事であった。
***
そして、ライルは辛い選択を要求されていた。国防長官……いまや、地球防衛長官となったギアソンのオフィスである。
チャーリィ、勇も同席していた。チャーリィが同席を主張し、ギアソンに認めさせたのである。また、勇の父である近藤賢将軍も同席している。宇宙軍の総司令官である。
「我々は、今や『至上者』という恐るべき敵を知った。それがいつ、この地球にやってくるか解らない。プリトー人の侵略は未然に防ぐ事ができたが、それは死刑執行を一時引き延ばしたに過ぎなかった。君は『至上者』の攻撃を目撃している。で、どうだろう。今の我々の戦力で、それに撃ち勝つ事ができるだろうか?」
ギアソンがずばりと訊いてきた。ライルは顔色も変えずに答えた。
「無理です。戦力に違いがありすぎます」
臨席していた面々は、そのはっきりした答えに愕然となり青ざめる。
「しかし、私は、君が我々の切り札となってくれると思っている」
青い顔を引きつらせて、ギアソンはすがるように彼を見た。
「私が? どういうことでしょう?」
ライルは驚いて言った。
「君の種族の科学力が、宇宙でも桁違いに優れていることは、プリトー人から聞いている。きっと、我々を助けてくれる技術を、君が知っているに違いない」
「バリヌールの科学技術力を当てにしてはいけません。各々の種族には、固有の発達速度というものがあります。それを無視した技術促進は、結局、その種族を滅ぼすことになるのです」
まるで、大学で講義でもしているような冷静さだった。
「では、君は、そうした技術の知識があることを否定しないんだな」
ランフォードが確認する。ライルは黙って頷いた。
「何も一足飛びに、君の技術の全てを教えろと言ってるわけじゃない。どっちにしろ、理解できまい。我々が知りたいのは、敵の戦力に対抗できる技術であり、それに打ち勝つ兵器なのだ」
すると、ライルの目が大きくなった。ショックを受けている、とチャーリィは思った。
「まさか、それを本気で言っているのではないでしょうね? 私に武器の作り方を教えて欲しいと? 死と破壊以外、何ものももたらすことがないというのに」
ライルが冷ややかな口調で言った。
「そうだ。そのまさかだ。君は知っている」
ギアソンが身を乗り出した。
「できません! できるわけがない! バリヌール人に兵器を期待しようなんて。間違っています!」
ライルは思わず立ち上がっていた。端整な顔が冷たく強張っている。
アレックスが自制して、譲歩できないかと探るように言った。
「なるほど、戦えない種族と言うのは本当らしいな。兵器を教えてくれなくてもいい。若干の科学知識と技術でいいんだ。例えば、我々がもっている原子力より効率的なエネルギー技術とか強度の高い鋼材とか……」
「そして、それを武器にする。駄目です。今のあなた方は、何でも兵器にしてしまうでしょう。教えることはできません」
彼は頑固に言い張った。
「しかしね、君……」
アレックスがなおも言い募ろうとすると、チャーリィが口を出した。
「ライル、お前は地球が……俺達が滅んでも良いというのか? そうだろ。お前ははっきり言ったんだからな。今の俺達では勝てないと」
「やむを得ないでしょう。それが事実です」
ライルは冷たく言い放つ。
「お前はそれでいいかもしれんが、俺達は嫌だ。諦めたくなんかない。黙って全滅させられてたまるか!」
チャーリィはかっとなって、ライルに鋭く詰め寄った。
「そりゃあな、お前はあんな目にあって、地球人なんか、嫌気がさしちまっているかもしれん。見切りもつけたくなっただろう」
ライルの目の前に拳を作る。
「だが、問題は、俺達ばかりじゃないんだ。プリトー人だって、征服された二十の世界だって、もっと他の多くの世界だって、そうなんだ!」
その拳が力を込められて震えた。
「それを、お前はみんな見殺しにしてるんだぞ! それは罪じゃないのか? バリヌール人が、もし、戦っていたら、彼等はみんな救われていたかもしれないのに!」
そして、指をライルに突きつける
「お前達バリヌールの科学力を恐れていたから、『至上者』は、まず真っ先にお前達を滅ぼしたんじゃないのか? お前達は戦うべきだったんだ。彼らの死は、お前達バリヌール人の所為だ。お前達が彼らを殺したんだ!」
「無茶です。バリヌール人は……戦えない」
糾弾するチャーリィに、ライルは顔を強張らせた。
彼らの滅亡は、バリヌール人の責任なのだろうか? こんな考えは初めてだった。自分が手を貸さなければ、地球人も自分等が殺したと事と同じ意味になるのか?
「しかし、武器となると解っていて、暴力のために知識を渡すことは……できません」
ライルは困惑して首を横に振る。彼の冷ややかな頑固さに、面々は絶望を感じた。
「その暴力で、現に敵は多くの世界を破滅させているんじゃないか。暴力を止めるためには、より強大な暴力しかない時もあるんだ。『至上者』を倒さなくていいのか? 悪の思いのままにさせておくのか?」
「暴力は結局破壊しか生み出しません。それに『至上者』が悪で、我々が善だという定義は一方的です。それは、あくまで相対的な価値判断でしかありません。宇宙の時の中で、善悪を定義することは不可能なのです。存在、そのこと事態が意味を持つのです」
淡々と論じるライルに、チャーリィは愕然とした。
「だから、『至上者』の存在も価値があると? 彼らの暴力行為も認めるのか?」
「認めるわけではありません。しかし、私にはそれを止める力はありません。彼等が話し合いを望むのなら、最善を尽くしますが……」
「その『至上者』とやらが、話し合いなんかするものか!」
アレックスが口を歪め、吐き捨てるように言った。
「暴力を否定する君が、どうしてアカデミーの訓練科転入を希望したのかね? 軍なんて、それこそ最も嫌悪すべきものじゃないか」
寡黙な近藤が訊いて来た。
「軍を解体し、戦争の危機を終わらせるためです」
ライルは澱みなく答えた。アレックス達は思わず目を剥く。
「軍の情報ネットは世界を網羅し、最先端のあらゆる技術が集中しています。その中枢コンピューターを中から掌握し、軍事衛星を含む軍事関係のあらゆる設備、機関、武装を無力化するつもりでした。世界中の全ての国々で、武器が使用不能、司令が混乱して、命令系統が失われれば、戦争はできません」
しゃあしゃあと話す異星人に、アレックスが唖然として言った。
「君は、君は、君は、それができると? そんなことが可能だと、確信しているのか?」
彼は造作なく頷く。
なんてことだ、と、アレックスは顔を撫でた。
ライルという名の地球人そっくりの化け物の本当の力……恐ろしさを、初めて実感した気がする。
しばし、オフィスに広がった沈黙を破って、気を取り直したギアソンが、
「君には『至上者』を止める力となる知識がある。君が戦うわけじゃない。我々にそれを教えてくれるだけでいいんだ。どうかね?」
と、諭すように頼んだ。しかし、
「駄目です」
と、ライルは一言ではね除けた。
その時、それまで沈黙を守ってきた勇が彼の所へ二歩で駆け寄ると、いきなり右あごを拳で殴り飛ばした。手加減なしの一撃である。ライルの体は吹っ飛び、椅子とテーブル諸共にぶっ倒れる。
全員がびっくりして立ち上がった。勇の父、近藤将軍もぎょっとした顔だ。勇はもう一発くれてやろうかと、拳を溜めている。
ライルはちょっと起き上がれない。口からつうと血が糸を引いて流れてくる。右あごがみるみる腫れ上がってきた。あごを押さえ、まだ回復しきっていない身体を、壁にずるりとやっと寄りかからせた。
「もう、いい! 貴様には頼まん!」
勇が拳を震わせて叫んだ。
「自分達の力だけでやる! いいか! 俺達は諦めん! 負けると解っていても、黙ってやられるよりはいい。これは俺達の正義だ。犠牲になった他の多くの種族の為にも、俺達は戦う。凄惨な殺し合いになるだろう。でも、何もせずに、綺麗ごとを並べて見殺しにするよりは、ずっといいんだ! 俺達は人間なんだから!」
止めに入ろうと肩を押さえたチャーリィを振り切る。ライルの側へ近づき、見下ろして続けた。
「バリヌール人って奴がどれほど優れているのかは知らん。だが、腰抜けだ! そいつらは、滅びちまって当然だったんだ。お前は、その綺麗な手を汚さずに見て居ろよ。俺達が必死で生き延びようとする様をなっ!」
勇は唇をぎりっと噛んで睨みつけると、くるりと背を向けドアをばたん!と乱暴に叩きつけて出て行ってしまった。
部屋の中はしんと静まり返った。近藤総司令官でさえ、浮かした腰を椅子に沈めて黙り込んだ。
彼等は今、何を見ているのか。未だ見ぬ恐るべき艦隊の前に空しく破れ、滅び行く地球の未来を垣間見ているのかもしれない。人っ子一人いない荒れ果てた世界に、巨大な異質の作業機械が不気味に蠢き、大地を食べつくす有様を……。
ライルがゆっくりと身を起こしたので、彼等は目を上げた。その目は未だ、暗い夢の中で絶望に沈んでいた。
彼はほっそりとした手を、右あごに当てた。淡く紫色の光が発し、青黒く変色し腫れ上がったあごがみるみる治っていく。びっくりして見ている人々に彼は告げた。
「分かりました。教えましょう。光速を超える推進機関とほとんど無制限に解放できる力を。それに耐え得る強度を持つ資材に、電子技術」
身体が小刻みに震える。激しい吐き気が喉元に突き上がってきた。
彼は、かつて、どのバリヌール人も決してしたことのない、するはずのない決心をしたのだ。
生理的な嫌悪が彼の体調を突き崩す。
顔が苦痛に歪んだ。
額に吹き出る汗を服の袖で拭う。全身が汗で濡れた。
「あなた方の現段階で可能な限りの全てを、差し出しましょう。それをどう使うかは、あなた方次第です。望みの物を受け取りなさい」
それだけ告げると、彼は部屋の外へ逃れた。チャーリィが後を追う。
部屋に残された者達は彼から提示されたものの重みに改めて気づき、身体の芯まで震え上がる緊張を覚えて愕然とした。
***
ライルは洗面所に駆け込んでひどく吐いた。止まらない。吐くものがなくなると、血を噴いた。
身を震わせ、苦しさに涙を流した。
チャーリィはどうしていいかわからず、狼狽えて彼を後ろから抱いて支えた。
彼が人類に与えようとするものは、彼にとってそれほどに辛い事だった。
「すまん。ライル。辛い思いをさせて。でも、俺達としては、どうしても教えてもらわなければならないんだ。解ってくれ」
彼はライルの耳元に囁いた。
「謝らなくて……いい……。決心したのは、私なのだから。私も自分で信じられない……くらいなのです。バリヌール人ならどんなことがあっても、絶対承知しやしません。きっと、私の中の地球人の遺伝子の影響かもしれません」
彼は話しているうちに、落ち着いてきたようだった。ようやく吐き気も治まって、彼は青い顔をチャーリィに向けた。
「私達バリヌール人が間違っていたのかもしれません。私達は戦ったり、争ったりする必要がなにもありませんでした。他の世界で無残な争いが行われるのを、幾多も見てきましたが、私達はそれに関知しないと云う態度を取り続ける事で見て見ない振りをしてきました。だが、その全てが過ちだったのではないかと、思い始めています。私達が干渉することで……時には武力も使って……多くの命や世界が救えたのかもしれない」
「ライル……」
彼には掛けてやる言葉が見つからない。
「でも……なんて苦しいのでしょう……」
チャーリィはライルの身体を抱き締めた。
苦しんでいる彼にしてやれることは、それしか思いつかなかった。
彼の身体が震えているのがわかる。少しでも力づけようと抱く腕にさらに力をこめた。この優しいバリヌール人を俺が守ってやろう。心の中で決意しながらそっとキスをした。
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