第32話 沙奈江の父親

「さっさと沙奈江の話をして帰れ!!」

「まぁまぁ、そんな焦らずに。きちんと聞かれたことには答えますし、きちんと話しますから」

もちろん、何もなかった昨晩の事以外ですけど。

「それじゃあ、いい話と悪い話、どちらを聞きたいですか?」

「どうせどっちも話すからどっちでもいい」

「へ?」

「ん?」

ちょっと待て。その言い方だとまるで

「今日全部話せと?」

「そうじゃないのか?」

完全に計算外だ。だって、沙奈江さんの現状をきちんと理解してもらう様に話すのに1日で話しきれる訳がない。だから何日かに分けようとしていたのに。

「今日全部話せとか鬼ですね〜」

「今日じゃなければいつ話す?ないだろ?」

「いや、そんな数年前に流行ったみたいな言い方されても……」

そして、何故キリッとしている?

「流石に今日1日では話しきれません。なので、近日中にまた訪れます。それでいいでしょうか?」

「……分かった」

「それじゃあ、どっちを聞きます?」

「先に嫌な事を済ませる」

「……分かりました」

案外肝は据わっているのかもしれない。




それから、僕は昨日沙奈江さんが誘拐されたこと、それで僕の所に金を要求してきた事、その後警察に沙奈江さんが一人暮らしだとバレた事を話した。沙奈江さんの父親は徐々に血の気が引いて行き、最後には何故か僕が全て悪いみたいな事を言い出した。

でも、ここではいそうですか。と引き下がれない。沙奈江さんが何故両親と別居しているのか。その理由にも繋がっているのだから。

「だから、言ってるじゃないですか。沙奈江さんは誘拐されましたが、僕と僕の母で救出しました。その後に沙奈江さんが一人暮らしだと警察にバレたってさっきから何度も言ってるじゃないですか」

「……怒っているのはそこじゃない」

「沙奈江さんも僕も確かにそんな事を想定していた訳じゃありません。でも、一番の要因は貴方方ですよ?犯人グループは沙奈江さんが偶然ぐうぜん一人暮らしだと知ってその翌日に犯行に及んだのですから。だから、もし、貴方が沙奈江さんに対しての強情を張るのを辞めていたらこんな事にはならなかった可能性の方が高い。これで分かりますよね?」

「……うるさい。分かっている」

「いいえ、分かってません。貴方は本当に何も分かってない。いいですか?沙奈江さんが今一番一緒に居てほしい人間に居てもらえず今も寂しい思いをしている頃でしょう。それなのに貴方が僕と付き合う条件で別れるまで家に帰ってくるなとか言って嫉妬するから今回の様な事が起こった。完全に貴方の責任ですよ?」

「……うるさいうるさい」

「それなのに僕が全て悪い?ふざけないでください。僕は万人ありません。できない事の方が多いです。なのに、貴方は甘えてるんですよ。僕に、沙奈江さんに、奥さんに。笑い物ですね」

「うるさいうるさいうるさい!!」

少し言いすぎた気もするが、これぐらいで折れる人じゃないのは分かっている。だから、次の行動が意外すぎた。

「じゃあ、お前は全て俺が悪いって言うんだな?そうか。そうか。なら、邪魔者は居なくなるべきだな。そうさ。お前の言うとおりだよ。嫉妬するから今回の事件が起きた。その通りだ」

そう言って、沙奈江さんの父親は近くのファイルから1枚の紙を出してそこに自分が記載する分を書き込み、僕に見せた。

「じゃあ、沙奈江の事を頼むな」

その紙は離婚届だった。

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