嘘をついていい日

作者 吾妻栄子

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  • 第四章:日付は変わるへのコメント

    レスリー・チャン氏の突然訃報を知ったのは翌朝の朝刊でした。はっきり覚えているのは、その日は朝帰りをしていたことです。

    まだ朝6時前で、ドリップマシーンにスイッチを入れ、ポストから拾ってきた朝刊をテーブルに広げた時に知りました。一面の真ん中に埋もれるように「俳優レスリー・チャン氏死去」とありました。


    すぐにさっきまで一緒だった中国人たちに「張國榮自殺了!」とメールしたところ「そんなわけないだろ!」と誰一人信じてくれませんでした。ドリップマシーンの何かに吸い込まれるようなガラガラという不快な音だけ響く部屋で、改めてもう一度その記事に目を落としました。

    出来事のインパクトが強すぎて、それがエイプリルフールと重なっていることにしばらく気付けませんでした。その後様々なゴシップと混ざりながら詳細が伝わり、彼の苦悩を知るに至ったのですが、しばらく心の中で波紋を打ち続けたニュースでした。

    それから9年後の2011年4月1日、私はたまたま香港にいました。街のあちこちでレスリーの写真を見かけて、今日が彼の命日であることを思い出しました。今でもこの日は追悼番組が放送されたりするのだとか。日本よりも南ですが、寒いような温かいような一日で、何かに誘われるような気持ちになってしまったのかな、と想いを馳せたものです。

    個人的にも想起させられるステキなストーリーでした。私は大学の4年間京劇サークルにいたのでレスリーといえば覇王別姫なのですが、作中からも彼の気品が漂い、レスリー本人の気配を感じることができました。

    作者からの返信

    コメントどうもありがとうございました。

    レスリーの訃報を知ったのは学生寮の自室でネットサーフィンをしていた時でした。

    あの瞬間の耳の中から物音が一切消えた感覚を今も覚えています。

    初海外の台湾での短期留学を終え、帰国したその日に空港で祖父の死を知らされ、数日後にレスリーの訃報を目にしました。

    短期留学そのものはとても良い思い出なのですが、帰国した直後のその時期は今も思い出すと胸が痛みます。

    香港を初めて訪れたのはそれから6年後の3月でした。

    夫とマンダリンホテル(記憶が曖昧なので事故現場ではなく新館かもしれません)の近くまで行ってオレンジ色にライトアップされた建物を見た記憶があります。

    京劇サークルなんてあるんですね(自分も大学にあれば入りたかったです)。
    私は「花の影」の方が印象深いですが、レスリーを初めて見たのはやはり「覇王別姫」でした。

    だから、レスリーというとシックな長袍のイメージがありますし、拙作に長袍の男性がちょくちょく出て来るのはその影響です。

    2020年3月20日 10:33