薔薇か拳銃

柴駱 親澄(しばらくおやすみ)

第1話

      ○


 浮気なんて芸能ニュースか創作の類なものだとばかり思っていた。職場の知り合いの知り合いとか、友達の友達にそういうことがあったと噂で聞いても自分とは無縁の外側の話に感じてピンとこなかった。

 嬉しいことかはわからないが私の恋人は交友関係も少なく、あまり容姿が飛び抜けて上級とかすごく周囲に好かれる性格とかではなくモテる要素があまりないのが幸いであった。自分の彼氏を卑下しているわけではないのだが、やはりそんなにスペックの高い人間ではない。そこが浮気の心配を感じさせず、私にとても良くしてくれるのが心地よかった。私も彼の思いに応えようと尽くしているつもだりだ。

 私も自他共に認めるモテる女ではない。仮に私に言い寄る男性がいても、私は現状に満足しているので冒険する気はサラサラないのだ。

 たまに飲み会で話題になる恋人が浮気していたらどうするか問題。愛を以て赦すのか暴力で制裁するのか、薔薇か拳銃であればどちらを選ぶのか。私はもちろん薔薇である。


     ○


 私と彼が街を歩いていると、すれ違った女性が非常に驚嘆している表情なのが視界に入った。思わず振り返ると向こうもこちらを振り返っている。そして彼の方に詰め寄っていく。

「この女、誰よ?」

 ドラマの撮影でも始まったのかと思った。しかし彼にとっても見覚えのない女性らしく、彼は困惑していた。

「私よ、タケコよ。何忘れたフリしてるの? 今までどこ行ってたの。すごく心配したんだから! ねえ、それよりこの人誰?」

「あなたこそ誰ですか? マツコさん知り合い?」

「まさか。スギくん本当に思い出せないの?」

「はあ? 彼の名前はヤナギなんですけど」

 主観でしか言えないが彼も演技している感じがしない。しかしタケコと名乗る自称彼の恋人はベラベラと彼の情報を喋りその内容は正しいものや信憑性の高いものばかりであった。もしかしてヤバめなストーカー?

 立ち話では終わらないような展開になってきたし、周りからの視線も痛いので近くの喫茶店に入ることにした。

 話を整理するとタケコさんは二年ほど前から彼と恋人関係にあったようだ。しかし半年前から突然姿を消されてしまい散々探し回っていたという。私が彼と知り合ったのも半年前なのでつじつまは合う。

 確かに、私が彼を見つけたとき彼はゴミ捨て場に全裸でびしょ濡れで気絶した状態であった。とりあえず私の部屋で保護し、自分のことを何も覚えていないのには驚いたが何か事情があるのだろうと見守っていた。心因的ストレスが原因の記憶喪失と医者に診断されて、急いで以前の生活に戻す必要はないと思いこうして私とのんびり過ごしていたのだ。

 彼に以前の記憶がちゃんとあれば話が早いのだが、中々にややこしいことになった。タケコさんが以前は彼と恋人であったことは本当のようだ。しかし記憶喪失で心がリセットされてしまい、私と恋人になった。別れ話をしてるわけじゃないし、これって浮気? しかし彼に悪気はないのだ。ここで私が『今の恋人は私なんです!』と高らかに宣言して彼を独占することも可能だろう。しかし目の前で号泣しているタケコさんを無下には扱えない。どうするか。ここはまず彼の意思を確認することから始まるだろう。

「……どうしていいかわからない」

 ここぞというときの男の優柔不断さ、世界は永年にわたり決して許すことはないだろう。

 裁判所と一瞬思ったが、お金や法律が関わっているわけではないしいちいち事を大きくしすぎだ。私とタケコさんは私情を抜きに、冷静に話し合った。薔薇か拳銃ならば、やはり私は薔薇を選ぶ。結論としては一週間ごとに恋人を交換するということになった。期間は一ヶ月。そこで最終的に彼にどちらを選ぶか判断してもらうのだ。一週間ごとというルール以外は何をしてもいい、ただし結果には双方絶対に文句を言わないことを約束した。普通ならばこんな形には落ち着かなかったかもしれないが、タケコさんも極めて合理的な人であり、薔薇か拳銃だったら薔薇を選ぶ人だった。こんな状況でなければ友達になれたかもしれない。

 先攻後攻はじゃんけんで決めた。恋人をモノみたいな扱いにしてしまったがこれが一番公平だ。かくして恋人争奪戦が始まったのである。


     ○


 最初一週間、彼はタケコさんと過ごしていた。この期間はメール等の連絡すら許されない。タケコさんは隣町に暮らしているので彼と接触する機会はほとんどなかった。いつでも会えると思っていた相手がいなくなるのは、やはり胸中を締め上げるような気持ちでいっぱいになってしまう。その分、次の一週間で彼に何をしてあげるか作戦を練り上げて下準備もした。

 彼が私側で過ごしているとき、私は普段以上に彼を大事にした。彼の態度も前と変わりがなかったので安心しつつも、向こうの恋人生活はどんなものか聞きたい衝動を喉元でこらえた。互いのプライバシーにはノータッチは徹底することは私から発案したのだ。相手側の情報に左右されるよか、私は正攻法で勝つと決めていた。私自身の力で彼を得られるのならその後の生活もきっと確かなものになるに違いない。

 恋人でいられることの大事さを噛み締めつつ、新鮮な気持ちと不安な気持ちが入り混じった一ヶ月はあっという間に過ぎていった。


 締切日、彼は消えた。


     ○


 期日であるこの日は、三人が会ったあの喫茶店で待ち合わせをしていた。私とタケコさんは席に座り彼を待ち続けたが、いつまで経っても彼は来なかった。連絡もつかず、最初は互いに彼を匿っているか軟禁しているか疑惑をかけあっていたが、これまでの戦いでどちらもルール違反をしていたなかったのでそんな行為は腑に落ちなかった。

 道に迷っているかもしれない。そう思って私たち二人は街中を探し回ってみた。

 彼はいた。隣に知らない女を連れて。

「この女、誰よ?」

 浮気に縁がないと信じこんでいた私がこんな台詞を吐くだなんて。

「あなたこそ誰ですか? ウメコちゃん知り合い?」

「知らなーい! 私、ヒノキくんと正真正銘の恋人なんですけどー!」

 ああ、なるほど。心因的ストレスによる記憶喪失とはこんなに都合がいいものなのか。彼が悩みに悩んでこのような結果なのか、それとも実は全部演技なのかはどうでも良かった。

「タケコさん、この人もしかしたらこういうこといっぱいしているのかも」

「うん、私たちだけって感じじゃなさそうだね」

 漫画にある、ライバル同士が新たな敵の出現による協力しあうという大変熱い展開である。私たちは、心の中にある拳銃を構えて引き金を引いた。発砲された気持ちは理性など軽く吹き飛ばす。愛だけじゃ世界は救われないのよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

薔薇か拳銃 柴駱 親澄(しばらくおやすみ) @anroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ