壁ドン

 耳の横で、ドン、と音がした。

 目の前には憧れの先輩の顔がすぐ近くにある。そして、その右手はわたしの顔のすぐ左に。


 つまり、今、わたしは先輩に壁ドンをされている!


 憧れの先輩に、あの憧れの壁ドン。嬉しい、のだけれども、どうしてこうなった?先輩の様子も少しおかしいし、わたしはこの後、どうしたらいい?

「先輩…?」

 呼びかけても返事がない。ただ、下を向いてじっとしている。

 わたしの心臓はさっきからドキドキしっぱなしで、このまま破裂しちゃうんじゃないかと思ったとき、先輩が口を開いた。

「ごめん。わたし、もう、ダメ……」

 そして、先輩はわたしに近づいてきて、そのまま、倒れこんできた。

 何とか先輩を横にすると、顔色がすごい悪いことに気付いた。

 もしかして、先輩、体調が悪くて、壁に手をついただけ?それで、たまたまそこにわたしがいただけ?

 いや、今はそんなことを考えてる時じゃない!急いで先生を呼びにいかないと!


 その後、先生が先輩を抱き抱えて(お姫様だっこ!先輩にしてもらいたい!なんて、不謹慎なことを考えてたのはここだけの秘密)保健室に行ったら、どうやら軽い脱水症状らしい。わたしは一安心。

 しばらく先輩の寝顔を見てたら、さっきの壁ドンを思い出してしまった。間近にあった先輩の顔。それが今も手の届くところにある。瞳を閉じて、じっとしている。わたしの目は先輩の唇に吸い寄せられた。

 わたしは我慢できなくなって、その唇にわたしのそれを重ねた。

 ゆっくりと顔を離すと、先輩が目を開けていた。

「私、倒れちゃった?迷惑かけてごめんね」

「あ、ううん、大丈夫です。今はゆっくりとしてください。それと、水分補給」

 わたしはペットボトルを先輩に差し出した。先輩は「ありがと」と言うと受け取って、飲んだ。

 その小さく開かれた唇、それにわたしはさっき触れたはず。なのに、先輩はなにも言わないってことは、気付いてない?それとも…?

「ねぇ、私、眠り姫みたいだね」

「え?」

「だって、王子さまのキスで目覚めたんだから。あ、この場合はお姫様、って言ってあげた方がいいかな?」

 え?気付いてたの?でも、わたしがお姫様なんて……。それは、先輩の方が似合うのに……。

「ち、ちが……」

 わたしが否定しようとしたら、先輩の唇がわたしの口をふさいだ。

 ゆっくりと離れていった先輩の顔はいつもよりキレイに見えた。

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