しずくのおと - the lie on my mind -
@akeoshinohara
第1話
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ありがとう――わたしを救ってくれたあの子にその言葉を伝えられないままに、わたしはあの子との永遠の別れを経験することになった。
だが、それはわたしに対する罰であるのだと納得していた。一生すっきりすることはなく、背負い続けていくべき責任なのだと。
あの日から約一年。4月1日は、高校生活の始まる数日前だった。
わたし、桜木砂夜は再び満天水族館を訪れていた。わたしたちにとっての因縁の場所だ。ここに来るのは、昨年の12月以来になるだろうか。
「変わらない」
満天イーストビルのエレベーターに乗りながら、わたしは満天町の街並みを見下ろし、ぼそりと呟いた。もっとも、そう頻繁に変わってもらっても困る。この街にはいい想い出も悪い想い出も詰まっているのだ。
半年も経たずに急激に変わられでもしたら、そこには余韻も何も残らない。なんて、昔に比べて感傷的になったかもしれない。
音楽の趣味も少しだけ変わったし、Silky Strawberryの歌詞も悪くはないかな、なんて思うようになった。良くはない。ただ、悪くはないって程度だけど。
それを未来に言ったら、笑われた。
エレベーターの扉が開き、満天水族館のエントランスに着いた。ビルの他の階とは雰囲気が一転し、ひんやりとした空気と、深海の潮の匂いが出迎えてくれる。
人の入りはそう悪くはなさそうだ。家族連れから恋人同士、友人同士とチケット売り場には列ができている。あいつらがみんな入ったら館内はうるさくなってうざいかもしれないが、それも悪くはないと思う。
この街から見れば、変わったのはわたしの方だろう。それはきっと、お節介なあいつらのせいだ。
この半年忙しかったのも、ほとんどあいつらのせいだ。いや、これに関しては複数形にせず、見た目に反して勉強のできないあいつのせいと言い換えた方がいいだろう。
自分の学力以上の高校を本当に志望したから、未来とわたしとで勉強を見てあげていたのだ。
内部進学で高校受験のないわたしたちにとって、中三の二学期以降というのはハリがない時期でもあるので、退屈せずには済んだけれど。
結果どうなったか――まあそれは別の機会に話せればいい。
さて、満天の海との境界線まで来たのだから、感傷にひたるのはここまでだ。
「行こうか」
年間パスポートはまだ有効期限内だったので入口のスタッフに見せて、わたしは中に入った。
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