「知られざる戦い!!」
第27話「決着の裏で!!」
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真っ白な巫女服に身を筒んだ真っ白な少女が吼えていた。
古流の術者の気持ちを代弁していた。
中にタスクがいることを、楪は知っている。
娘の
複雑な気分だった。
娘の成長が嬉しいという気持ち。
遠くへ行ってしまうのが寂しいという気持ち。
息子みたいに接していた男の子が、共に成長しているのが嬉しいという気持ち。
当代の
それらが複雑に絡み合い入り混じっている。
どんな表情をしていいかわからず、楪はそっと唇を歪めた。
「なぜだ……! なぜこんなことに!」
ハイデンはモニタを見つめながら忌々しげに叫んだ。
「ライデン! 立て! このバカが! その程度の相手に! どれだけのスコア差があると思っているのだ!」
もう決着はついたというのに、みっともなくも叫んでた。
……無理もないわね。
楪はゆっくりとかぶりを振った。
たしかにハイデンのいう通り、負けるはずのない勝負だった。
バトルスコア──『嫁Tueee.net』の運営が提供する選手情報。
筋肉、骨格、生体エネルギーの含有量。所持する武装の強度。複合的な強さの要素を数値化したものだ。
簡単に言うなら、強ければ強いほど数値が高い。
モニタ右上のスコアリストには、リアルタイムの彼我のバトルスコアが表示されている。
下から順にタスクが30。
Mixと表示された、タスクとシロの合一化後の数値が2000。
蛍も含めて三身一体となっても、2500にしかならなかった。
対するライデンは8000。
お話にならない相手のはずだった。
数値上は。
差を埋めたのは武だ。
タスクの、そして蛍の錬磨の日々だ。
自分が蛍に教えたこと。
トワコさんがタスクに教えたこと。
それが根付き実を結んだ。
「……
楪がつぶやくと、ハイデンは弾かれたように彼女を見た。
「古来より地球人は、弱きが故に研鑽を積んできた。術理を磨き、我が子に伝えてきた。我が子が負けないように、健やかに生きられるように、種を絶やすことのないように。だから型の中には意がこめられている。強きに立ち向かうための志が塗りこめられている」
「……っ」
語りながら、楪はぶるりと腕が震えるのを感じた。
「武は地球上の至る所より生じ、混じり合った。シルクロードを経た。喜望峰を回った。幾多の戦の中で強まった。悠々と、連綿と。それは血のように巡り、やがて大いなる潮流となり──今、彼の元に結実した」
湧き上がる感動を抑え込んで、精いっぱい大人を取り繕った。
「言ったでしょう? 彼が人型の生き物相手に負けるわけがないと……」
艶然と、それが当たり前であるかのように笑って見せた。
「おのれ……っ」
ハイデンの表情が変わった。
全身から紛れもない殺気を放っている。
多元世界人の地球での活動には、相応の制限がかけられる。
武装も、外交官随員の数も、多元世界法で厳しく規定されている。
そのため、彼らは御子神との婚姻を望んだのだ。
地球の有力士族の婿となれば、様々な枷が外れるから。
未だ出ていない地球圏代表の嫁を作り出すことまで考えたかもしれない。
それらすべてを覆したのがタスクの存在だ。
たった一晩で、彼はすべてを塗り替えた。
状況、情勢、地球やその他の世界の在り様ごと。
ハイデンの計算すら狂わせた。
ライデンの治療費。
戦いにこぎつけるまでに使った費用。
失われた嫁ポイント。
彼らの喪失の度合いは、計り知れない。
「
背後の部下ふたりが立ち上がる。
「我々は略奪者だ! お行儀よく交渉などしてどうします! 昔からそうしてきたではありませんか! 戦って奪い取ればよいのです! 女も! 金も! 利権もすべて!」
ハイデンの脇を通り、左右から楪に詰め寄ってくる。
「我々を侮ったことを悔いさせてやればよいのです!」
「あらあらまあまあ……」
ニタリと、楪は口元を歪めた。
「……わかりやすい下衆でよかったわ」
少しほっとしていた。
これでようやく、本来の御子神一刀に戻れる──
「……秘剣、
ぽそりとつぶやいた。
鋭い刃で何かを断ち斬るような音が部屋に響いた。
ボトボトと、重いものがふたつ、畳に転がった。
「な……っ!?」
ハイデンの膝元にぶつかったのは、ふたりの部下の首だった。
鋭利な断面から、一瞬遅れて血が噴き出した。
岩のように頑丈な皮膚も、骨も、まるで無かったかのように容易く切断されていた。
「……日本刀って一口に言うけどね。一番最初の刀は直刀だったの。反りもなく、どちらかといえば断つより突くことに適した形だった。なのにタチと呼んだ。太刀という文字が使われるようになったのはもっとずっと後の話なのに、なぜかそう呼んだ。諸説様々あるけれど、私はこう思うの。言葉に意味をこめたのよ。敵の存在を断つ。そのために振るう道具だからタチなんだって」
「貴様……何を言っている……!?」
ハイデンの顔に恐怖と困惑が浮かぶ。
懐かしむように、楪は語る。
「私たちの家はね。なにせこういう家系だから、昔から様々な敵と戦ってきた。武器武具に文字を彫る。地肌に仏の絵を彫る。呪法を口ずさむ。護身誅滅の法を練る。人間とは遥かにかけ離れた化け物どもと渡り合うために、あらゆる手を尽くしてきた。たったひとつの音にすら意をこめた」
楪はすっくと立ち上がった。
「討つから
ゆっくりと歩き出した。
ハイデンは慌てて飛びのいた。
「──神をも断つから神太刀。そう名付けた。あの
楪の合図に応じて背後の襖が開き、側仕えたちが姿を現した。
道着の上に、古風な胸当てや兜、脚絆に手甲を身につけている。
どれもこれも傷だらけだった。
刀傷、矢傷、槍傷、牙に爪。
人に受けたものでない傷もたくさんあった。
ただの骨董品ではない。
その時代その時代の鍛冶師が、僧が、渾身の念をこめて作り上げた
幾多の怪異と戦ってきた証だ。
「ば……バカな!」
ハイデンは声を荒げた。
「我々は嫁特権を持っているのだぞ!?
「権利ぃ……? 眠たいこと言ってんじゃないですよ」
楪は口元を歪めて嘲笑った。
「当代!」
ひとりが投げた刀を、楪は後ろも見ずにキャッチした。
「……なぁにを善良な一般市民ぶってやがるんですか。ねえ、
楪はにっこり可愛らしく微笑んだ。
「今度は略奪される側に回った、ただそれだけの話ですよ。命をね。あ、ご心配なく。後始末は得意ですから。あなたたちが訪れた形跡は、すっきりさっぱり無くしてあげます。だから安心して……」
スラリ刀を抜いた。
二尺三寸。
室町後期の名工の作だというが、由来ははっきりしない。
わかっていることはひとつだけ。
「死になさい」
八相に構えた。
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