第14話「毒蟲の天球!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




(――よしわかった。もう一回、同じのぶっ放せ)


 妙子の結論は意外なものだった。

 獄炎殺界パーガトリーアラウンドで倒しきれないのは今のでわかったはずなのに、また繰り返せという。


「何か考えがあるのか?」

(いいから黙って燃やせ)

「あ、はい」


 昔から、知恵働きに関して俺は妙子にかなわない。妙子がいうならそうなのだろう。素直に従おう。


「何をごちゃごちゃとやっている!! そろそろ降参の相談か!?」

「冗談! 打ち合わせしてたんだよ! あんたを倒すためのな!」

「抜かせ!」


 再び飛んできた棘を、横へステップを踏んで躱した。

 躱しながら、俺は再び獄炎殺界を唱えた。


「懲りもせず同じ技か……!」

 魔法の直撃を受けたメリーさんは再び燃え尽きたが、やはり再び、全身を復元させた。

「そんなもの、いくら繰り返しても同じだ!! 諦めろ!!」


(もう一回)

 だが妙子の指示はあくまで続行。

 炎を解き放ち、メリーさんを燃やし、復活するというサイクルを延々と繰り返すことになった。


「だから言ってるだろう!! この程度で我は滅びんと!!」

 メリーさんは焦れたように叫ぶが、妙子の答えは変わらない。


(もう一回)

「だ、だからこの程度では――」

(もう一回)

「何度も言わせるな――」

(もう一回)

「も、もう降参してもいいんだぞ……?」

(もう一回)

「こうさんしても……」

(もう一回)


「ぜーはー……ぜーはー……っ。ま……まだか妙子?」

 大魔法の連発はさすがに疲れる。俺は肩で息をしながら妙子に確認した。 

 だが妙子は曲げない。意地でも張るように、一言一句力をこめて発音した。

(も・う・一・回っ)

「マジかよ……」


 さらに何発か撃った。いいかげん数えきれないほどの破壊と再生を繰り返した。


「ぜえ……っ、ぜえ……っ」


 びっしょり汗だくになりながら膝に手をついた。

 繰り返される燃焼現象のせいで、ドーム内の酸素量が急減、息苦しく、かつかなりの高温になってきた。


(燃焼の三要素……可燃物……酸素……点火源……)

 妙子はぶつぶつとつぶやく。

(どれひとつとっても燃焼は持続しない。酸素がなくなれば、炎は燃えない)

 獄炎殺界の炎は確実に目減りしていて、最初の頃の半分の威力もない。

(可燃物はあいつ自身だ。点火源は魔法だ。酸素の供給源はドーム内の限定空間だ。ある種の爆発により一時的に酸素が激減し、窒息で死人が出ることがあるように、いつまでもこの中で炎を燃やし続けるわけにはいかない)

 このままではいずれ、メリーさんを燃やしきれなくなる。

 極度の低酸素状態になれば、いかに強いシロの体だって、いつまでもつかはわからない。


 俺は焦りを覚えてメリーさんを見た――しかし。


「小さくなってる……!?」


 炎の大きさに比例するように、メリーさん自体のサイズも小さくなっていった。

 数十メートルはあろうかっていう外装が、いまや10メートルに満たないくらいにまで縮小していた。

 再生速度も目に見えて遅く、一度の再生に1分近くかかるようになっていた。


(植物だって呼吸はしているんだ。酸素が必要なことに変わりはないんだ。酸素が無くなれば、いずれ痩せ衰え死に絶える。光合成における酸素の供給が消費を下回れば、必然、どこかで穴埋めをしなければならない。再生だって同じ理屈だ。いつまでもは続かない。資源には限りがある。再生するたび、何かが失われる)


「消費が供給を上回った……?」

 だから今、こんなに縮んでいる。

(その通りだ)

 にやり……思念体となった妙子が笑ったような気がした。

(再生のための何か。膨大なエネルギー源。おそらくはあの外装。剣であり鎧でもあるもの。巨大な有機物の塊。再生に行動に、多大なエネルギーを消費する大飯喰らい――)


「も……もう、諦めろ……!」

 メリーさんの声には、明らかな焦燥の色がある。


 はっ、妙子が鼻で笑う。


(おかしいと思ってたんだ。高潔な騎士を気取ってるくせに、ついたあだ名は新人殺しキラー。ネタバレすると不利になるから、なるべく無知な新人を相手にしたかったんだ。最初から降伏を迫ってきたのも同じことだ。持久戦だけは避けたかったんだ。力の差を見せつけ、無駄なあがきだと示唆し、諦めさせようとしたんだ)


「おお……すげえな妙子。これなら……っ」


(――いや、まだだ)

 妙子は冷静に告げる。


「ま、まだってまさかおまえ……」

 また同じことを繰り返すつもりか? 本気のチキンレースか?


(バッカ。違うっての。正直、これ以上はあんたの体力のほうがもたないだろ。大魔法が撃てるのは、せいぜいあと数発)

「よくわかるな……」

(あんたの体のことならだいたい……じゃ、じゃなくてっ、なんやかやで2連戦だからなっ。まあいいから聞きな。あんた、その調子ならあれも撃てるんだろ? あのトンボ玉みたいなの)

「トンボ玉って……ああ、あれか」


 昔から布教活動を繰り返してきた甲斐あって、妙子はなかなかの火裂東吾ひざきとうごフリークに育っている。1ページ1行すらも間違えず、とまでは言わないが、魔法のことや特徴ぐらいは知っている。


(いいから黙って撃ちな。これが最後だ。ヒーローらしく決めちまいな)


「……ちぇ」

 ヒーローとはまあ、言ってくれるぜ。


 尻を叩かれるようにしながら、俺は両手を前に突き出した。

「『守りたまえ、憐れみたまえ。無慈悲な悪魔どもの暴威から、弱き我らを守護したまえ――』」

 事前準備・ ・ ・ ・として、メリーさんの周囲に球状の結界を張る。


「……なんだ、結界?」

 花弁の隙間から顔を出したメリーさんが、目をすがめて訝しげな声を出す。


 そりゃそうだろう。結界ってのは基本的に中にあるものを守るためのものだ。俺がメリーさんを守らなきゃいけない道理はない。むしろ守ってほしいくらいだ。


「血迷ったか? それとも疲れが脳に来たか?」

 にやにや小馬鹿にするように笑いながら、蔓の先で結界に触れるメリーさん。

「我の動きを妨げようと考えたか? それほどに我が恐ろしかったか? くっくっく……さもあらんさもあらん」


 肩を揺すって笑い出したメリーさんの背後の空間に、ソフトボール大の穴が開いた。


「……んんーむ? なんだこれは?」

 訝しげな顔でメリーさんが穴を覗き込む。


 ――召喚穴サモニングホール

 ――その向こうは、地獄・ ・に通じている。


「『太古より在りし者。暗闇に巣食いし者。奴らは飢えている。常に飢餓の中にあり、喰らうことのみ考える。肉も血も骨も、土や水に至るまで、この世のすべては奴らの餌となる――毒蠱の天球ポイズンバグ・スフィア』」


 ――ズゾゾゾゾゾ……!!


 召喚穴から、奴ら・ ・は大量に溢れ出した。

 一匹や二匹じゃない。百でも千でもきかない。億……いや、兆にも達するだろう虫たち。

 百足にゲジゲジ、ナメクジ、蟻に飛蝗、名を口にするのもおぞましき甲虫類が這い出した。

 奴らは飢えている。結界の中のものに手当たり次第に齧りつき、噛み砕き、養分とする。

 毒を持つ虫がいる。肉を蝕み弱らせる。

 溶解液を持つ虫がいる。肉を腐らせ柔らかくする。

 卵を産み付ける虫がいる。肉を苗床とし、無数の幼虫を孵化させる。

 結界は、地獄を外へ・ ・漏らさぬようにするためのものなのだ。

 

「ひ……っ!? む……虫だと!?」


 メリーさんの声が引きつった。

 慌てて召喚穴から飛び退き、盾のように花弁を閉じて籠った。


 だけど奴らはそんなのお構いなしだ。

 なんにでも食らいつく。花弁があるなら、花弁ごと咀嚼する。


「や……やだ……っ! いやだ……! やめろ……!」


 メリーさんは明らかに動揺していた。

 結界内を埋め尽くした虫の大群から逃れようと半狂乱になって蔓を伸ばすが、サイズの小さくなった今の・ ・外装の力では、叩いても叩いても、結界は破れない。


「バカ……! やだ……! やだやだ! お願い、食べないで!」


 騎士としての矜持など、そこにはもはやない。

 普通の女の子に戻ったようにうち震えている。


 そりゃあそうだろう。

 普通の者なら即座に骨まで食い尽くされ、それでおしまい。

 だけどメリーさんには再生能力がある。食われるそばから再生する。痛みも恐怖も途絶えることはない。意識を失うことすら出来はしない。


 ――死は安らぎなのだ。そう言ったのは誰だったか……。


「やめてえええええええ!」


 蔓で薙ぎ払う。棘で刺し貫く。

 それでも奴らは止まらない。

 失った以上の数で、怒濤のように押し寄せる。


「ひぃいいいいいいいいいいい!? ――ぎ、あ……!? っがぁあああああああああ!?」


 盾代わりの花弁を食いつくし、虫たちはとうとうメリーさん本体に迫る。可憐な少女の足を喰らい、手を喰らい、腸を喰らい、ついには口腔にまで入り込む。悲鳴すらも呑みこむ。


(熱さ寒さ、水分不足に水分過多。花ってのはいろんなものに弱いんだ。ちょっとのことでも枯れちまう。だけど中でも一番弱いのがさ。……なんだよな)

 ひっひっひ……悪い声で笑う妙子。


 あの大魔法の連発は、削って削って弱らせて、結界の中に閉じ込められる状態にするのが目的だったってわけだ。


「これをトンボ玉というおまえのセンスに脱帽するわ……」

(妙子だけは敵に回してはいかんの……)

 俺とシロはさすがにどん引き。



「おおおーっとお! こぉれはシロ選手! あまりに惨たらしい攻撃だああああ! 全世界の女性の恐怖の的にして憎悪の対象! 生理的に受け付けないものランキングナンバーワンの虫たちを、密閉空間に閉じ込めた可憐な少女に襲いかからせたあああああ! みなさんっ! 信じられますかぁっ!? この所業! 残酷なる仕打ち! こんな暴挙が許されていいんでしょうかあああ!?」



「……しかし、どこまでも勝手だよな。ゼッカ大黒おおぐろ

 さすがにえこひいきすぎるだろ。

(ランキング下位の嫁には厳しいからのう……)


 しみじみシロと話してる間にも、メリーさんはみるみる容積を減らしていく。


 9メートルが8メートルになり、3メートル、2メートル、1メートルと、どんどん体積を減らしていく――外装というエネルギー源がなくなってしまえば、メリーさんはただのか弱い女の子に過ぎない。


「こ……こうざん! ごうざんずるがらぁっ!」 

 必死に降参を告げるメリーさん。

 美しかった口に、手に、耳に、髪の間に、おぞましき何かが絡み付いている。

「た……のみ……ますからぁっ! なんでも……しますからあっ! もう……も……やだぁああああ! 食べないでぇえええ!」  

 全ての尊厳を剥ぎ取られた哀れな女の子の姿が、そこにはあった。 

 

(……ふ、あたしに喧嘩を売った者の哀れな末路だな)

 すがすがしいほどに容赦のない、妙子の感想。


「タエコサンガタノシソウデナニヨリデス」

(……なんで片言なんだよ)

「いやべつに……」

 俺は口笛を吹いてごまかしながら、勝利のファンファーレを聞いた。

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