第13話「闘士顕現!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 ぎゃあぎゃあ騒いでいる俺たちの視界に、大きな影が差した。


「……あ、そうだ。戦闘中だった」


 あーだこーだと脱線しすぎて、本気で忘れかけてた。


 振り仰ぐと、ピンクホワイトの巨大バラのメリーさんが、全身をぶるぶると震わせていた。

 攻撃の予備動作……という感じには見えない。屈辱に耐えているというか、放置していたのを怒っているように見えた。


「あー……悪いね待たせちゃって。別にあんたを無視してたわけじゃないんだ。身内が身内でいろいろ騒いでてさ」


 なんて言ってもわからないだろうけど。植物だし。

 などと思っていたら……。


れ者どもが……。黙って見ていれば、人の目の前でいちゃこらいちゃこら……」


 しゅるりしゅるりとほどけるように花弁がめくれ、花芯にあたる部分がむき出しになった。

 ――女の子が立っていた。サイズは普通の人間サイズ。

 年齢は10代前半といったところだろうか。腰まで届くピンクホワイトの長髪が風になびいている。加工された葉っぱがスレンダーボディにぴったり巻き付いて、衣服の代わりを果たしている。腰の辺りはミニのフレアスカート風で、白い太ももがちらちら見え隠れしている。

 顔の造りは繊細で美麗。緩やかにアーチを描く眉がとくに印象的だ。騎士団長という立場もあってか、冒しがたい気品のようなものを備えている。

 

 メリーさん(本体)は綺麗なアーモンド形の目をキッと引き絞り、不満を露わにした。


「ふざけるのも大概にしろ! 神聖なる決闘の真っ最中だぞ!? 敵より女に夢中になるやつがあるか!」


 堅物キャラ全開で俺を責め立ててくるが、見た目が美少女すぎていまいち迫力が足りない。

 むしろ一部の人にはご褒美なんじゃないかまである。


「……なるほど。女の子部分が本体で、がわのでっかいのは鎧であり剣であるわけだ。花の鎧をまとった女騎士……アリだと思います」

(……鎧というにはデカすぎる気もするがのう)

「いいじゃねえか。それも異世界スケールってことで。本体可愛いしな」


(そなたって……懐が広いというか、見境がないというか……)

 なぜか呆れたような口調のシロ。


「か……可愛いだと!?」

 メリーさんは明らかに狼狽えた。

 でかい外装ごと、地響きをたてて後ずさった。

「き……貴様……! 我までをもその手にかけようというのか! さっきの女にしたように……! 公衆の面前で恥ずかしげもなく……く……口を吸って……!」

 意外に純情だったメリーさんは、耳まで真っ赤にして花弁の陰に隠れた。


「や、俺は別に……」


 メリーさんは顔だけ出してこちらを睨んだ。


「だ……騙されん! 騙されんぞ!? 甘い言葉を操って我を籠絡しようとしても無駄だ! 我は騎士だぞ!? 心は鉄で出来ている! 規律と掟に縛られている! 貴様如きさかしらな小娘ごときに……!」

「小娘……? ああー……俺今、シロの姿をしてるんだもんな。そっかそっか……」


 まさに百合ってわけか。花だけに。

(……まさに百合ってわけか。花だけに。とか思ってはおらんじゃろうな?)


 なにおまえ、エスパーなの? 


「だ、だ……黙れえええええええええぇ!」

 メリーさんは激しくかぶりを振った。

「さっきから思わせぶりな言葉で我を揺さぶりおって! 決闘に色事いろごとを持ち込むなど言語道断! 貴様に世界を背負って立つ騎士としての矜持はないのか!?」


「別に騎士じゃないし」

 色事を持ち込んだ気もないが。


「うるさいうるさいうるさい! それでも威信を背負う代表には違いなかろう! ええい――」

 人差し指をびしっと突きつけてきた。

「改めて宣誓する! 我は花園世界フローレアの第一騎士団長、メリュ・メリ・メリキアなり! 戦場いくさばにおいては常に先陣を切り、民草の安寧を守る騎士である! 我は貴様に決闘を申し込む! 受けるのならば貴様も誓いを立てよ! 一意専心、戦うことのみ考えよ! 出来ぬならば今すぐ去れ! 黙ってこうべを垂れるなら、無駄に傷つけようとまでは思わん! 騎士の誇りにかけて、見逃してやる!」






 ──パチリと、妙子はいきなり目覚めた。


 挑戦的な台詞。プライドに直接訴えかける言葉。

 それが闘士たる彼女を刺激した。


(……黙って立ち去れ、だあ?)

 屈辱を受け、言葉に力がこもっている。

(……見逃してやる、だあ?)

 恥辱に塗れ、煮えたぎるような闘志を燃やしている。


(――タスク、殺すぞ)

「あ、はいすいません」

(あんたじゃない。あんたのことは後回しだ。まずはあいつだ。あの草を、繊維の一本にいたるまで燃やし尽くす――)


 戦え、抗え、根絶やしにしろ──

 

「……うおぅっ!?」

 戦意が、腹の底からこみ上げてきた。

「これが隷従契約ベイ・ゲナの力か……」

 血がたぎる。

 妙子の好戦的な意志が、不可視の力となって四肢にみなぎる。


 悩むな、恐れるな、速やかにぶち殺せ――

 

(ふむ……攻撃力、精神力アップってところかのう)

 シロがふむふむと分析する。

「なんでRPG風なんだよ……」

(わかりやすくてよかろうが? こうして奴隷を身の内に取り込むごとに、力は強くなるのじゃ。その者の属性を吸収しての)


 殺せ、殺せ、殺せ――


 ぶるり、武者震いに腕が震えた。

 四の五の言わずに叩き潰せと、妙子が猛っている。


 ふと思いついて、掌に光帯剣こうたいけんを出現させた。

「……こりゃすげえ」

 意思力を力とする刀身。その輝きはいつもより激しい。

 表面で「ボボボン……!」と連続して小爆発が起きている。



「……ふん、無駄なあがきだということを」

 メリーさんは忌々しげに舌打ちすると、花弁の内に閉じこもって戦闘態勢に入った。

「その身でわからせてやる──」


 先制攻撃はメリーさんからだ。

 直径1メートルはあろうかっていうバラの蔓を、鞭のように振り回してきた。


「遅い!」

 上からの一撃を、横へステップを踏んで躱した。


「なんの!」

 地を這うような一撃を、跳んで躱した。


 宙にいる俺に向かって、上下左右、4方向からの同時攻撃が飛んできた。

 蔓の太さも相まって、まるで壁が迫って来ているように見える。


「余裕余裕!」 


 光帯剣を縦横に振るい、すべての蔓を斬り払った。

 蔓は一度は身を離れたが、さすがの再生能力で、地面に落ちる前に本体にくっつき、元通りになった。


「なかなかやる……! だが、これならどうだ!?」


 今度は棘を飛ばしてきた。

 鋭利に尖った、直径30センチ程度の円錐形。

 その数、およそ100本以上――


「『凝集赤光アグロガンマ!』」

 俺はレーザー光線を目から放ち、すべての棘を撃ち落とした。

 

「ほほう……これも凌ぐか」

 しかしメリーさんの余裕は崩れない。

 棘もすでに再生している。次弾装填怠り無しだ。

「なるほど貴様は強い。他の者とならばそこそこ戦えよう。だが残念だな。我を倒しきるほどの技が無い。どう転んでも、最終的には我の勝ちだ」


「……むむむ」

 再生能力に自信があるからなのだろうが、メリーさんは防御に無関心すぎる。

 至近にまで迫った俺を払いのけようともせず、悠然と構えている。


 付け入る隙があるとするならそこなのだが……


 俺は地面に手をついた。

「『リ・ロ・テッカ! 絶望よ! 煉獄の彼方よりく来たれ! 我が前に立ちふさがるものすべてを焼き尽くせ! 獄炎殺界パーガトリーアラウンド!』」


 メリーさんの足元に描かれた巨大な六芒星から、煉獄の炎が一斉に噴き出した。

 数千度にも達する炎が、メリーさんを一瞬で焼き尽くし蒸発させた。


(はーっはっは! さっすが! 高酸素下だけあってよく燃えるなあ!)

 高笑いを上げる妙子は実に楽しそうだが……。


「無駄なあがきだ! その程度では、我は滅びん!」

 予想通り、メリーさんは簡単に復活を果たした。高速逆再生でも見るように、瞬く間に元に戻った。

 その間、約5秒。


「やっぱダメかあー!」

 俺は頭を抱えた。

(おおお……あそこから即座に復元するか! なんと凄まじい再生能力よ……!)

 シロは感心したようにため息をついた。

(ちっ……。めんどくせえ……)


 妙子は忌々しげに舌打ちし――しばらく思案したかと思うと、すぐに方針を決定した。

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