第11話「あたしは逃げない!!」
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「さあさあさあさあ!
ゼッカ
「いやー調子ぶっこいてますねえ! 指名試合とはいえ、無理なら受けなきゃいいだけの話ですからねえ! 個人的には粉微塵に蹴散らされて欲しいところなんですが、残念なことにその勢いは、強さは1戦目で証明済み! 石の女神を一蹴した実力派! まさに
トゲのあるアナウンスに導かれ転移した先は、
その名の通り、花園のみによって構成された世界。
ヨーロッパのバラ園を巨人用にしたもの、と考えればわかりやすいだろうか。
青、ピンク、白に赤。
迷路みたいに入り組んだバラの回廊を、むせ返るような花の香りが流れてくる。
思わず見とれてしまうような風景の中、根をシャクトリ虫のように動かしこちらに向かって来るのは、やはり巨人サイズのバラだ。
ピンクホワイトの花弁の中央で牙をガチガチ噛み合わせ、盛んに威嚇してくる。
「さあ来たぞ! ──多元世界いい匂いランキング第1位! 花園世界フローレアの第1騎士団長、新人
「よーしよしよし! 至る所ツッコミどころしかねえが、てめえが俺の敵なことだけはだいたいわかったぁ!」
ゼッカ大黒に対して吠えていると、不意に妙子が悲鳴を上げた。
「うおあああああ!? なんだこれ!? なんだこれ!? ツル状の何かがあたしを襲うううううっ!?」
メリーさんのツルがするすると伸び、妙子の体を絡めとろうとしてくる。
「妙子おおおおお!? 手を……手を伸ばせえええええええ!」
「ぐおおおおおお! あたしを栄養にしようとするんじゃねえええええええっ!」
妙子の手をぐいと引き寄せ、抱きしめるように転がった。
すぐ頭上をツルが掠めた。
「うおおおおおおおおお!? あっぶねえええええええ!」
結果的に通路に組み敷くような格好になったことが気に入らないらしく、妙子は顔を真っ赤にして抗議の声をあげてきた。
「ば……バカタスク! 喜んでないで今すぐ離れろ! 早くどけ! あたしの上に乗っかってんな! スケベ! エッチ! キモい死ね!」
「お……まえっ、助けられといてそこまで言うか!?」
「もとはといえばあんたのせいでしょうが! 人をこんなところまで連れて来やがって!」
「俺だって知らなかったんだよ! てっきりシロと俺だけだと思ってたんだ!」
「──ぴゃああああああああー!?」
「シロおおおおおおおおおおー!?」
シロが両足をメリーさんのツルに絡めとられ、宙高く一本釣りされていた。
「タぁスクううううううううう!」
逆さに吊り下げられたシロが、重力で垂れ下がってきた巫女服の裾を必死で抑えながら助けを求めている。真下には、大口を開けたメリーさんが待ち構えている。
「待ってろ! いま行く!」
妙子の上から離れると、俺はアーチにとりついた。
両手両足を交互に使い、数十メートルを一気に登り切った。
「昔から木登りは得意なんだ!」
左右から迫り来るツルをすんでのところで躱しながら、落ちる寸前のシロに向かって飛びついた。
しがみつき抱き合った。ふたり、頭を下に落下しながら呪文を唱えた。
「我は結ぶ──」
「我は結ぶ──」
俺たちは早口で言葉を重ねる。
見つめ合い、唇を重ねる。
「
──パチッ。
メリーさんの口に飛びこむ寸前──。
目の前で光が弾けた。
透き通った海中を思わせるような柔らかな青が俺たちを包み、瞬く間に合体させた。
空気の肌感が変わった。
新鮮な血液が体内を駆け巡った。
全身に力が
万能感が俺を、シロの体を包んだ。
「『──燃え尽きろ! 醜く群れ、纏わりつきし者ども!
両目から超高温の
高出力のレーザー光線を思わせる光がメリーさんの蔓を切り裂き、葉を花弁を燃やし、全身を瞬く間に消し炭にした。
「──妙子! 無事か!?」
座り込んでいる妙子のもとに駆け寄った。
妙子は呆然とした顔で俺を見上げた。
「あんた……ホントに……?」
目を虚ろに泳がせ、ぐわんぐわんと左右に頭を揺らしている。
「お、おいっ、正気か!? ぽーっとしてるぞ!? 大丈夫か!」
肩を掴んで揺さぶると、予想以上に強い力が出た。妙子の頭が前後に激しく揺れた。
「ぐおあ……っ!? 揺……ら……すな! なん……なのそのバカ力は!」
「お、おうすまん……。この姿だと力加減が効かなくてな」
ぱっと手を離すと、妙子は「ぐうう……っ?」と頭を抱えてへたりこんだ。
いかん、本気で脳震盪でも起こしたのかもしれない。
「悪い……大丈夫か? お医者に行くか?」
(それどころではないぞタスク! 早く妙子を外に出さんと! このまま戦闘に巻き込まれたら最悪死んでしまうぞ!)
「え? 戦闘ならさっき片付いたじゃ……」
消し炭にしたはずのメリーさんはしかし、何事もなかったかのようにこちらに向かって来ている。本気で焦げ跡すらついていない。
「はああっ!? なんでえぇ!?」
「高レベルの
「植物の再生力ってことかよ!? ふ……ざけやがってえぇ!」
俺は空に向かって思い切り叫んだ。
「運営! 運営聞こえるか!? ここに一般人がいる! 巻き込まれたんだ! 試合を中止して早く出してやってくれ!」
「──あー、あー、あー。テステス。ごほん」
マイクの調整をするような音声のあと、ゼッカ大黒は無情に告げた。
「──シロ選手。それは無理です。一度始まった試合は、決着がつくまで止められません。どちらかが戦闘不能になるか、降参するか。ふたつにひとつです」
「無関係な一般人だぞ!?」
「──例外はありません。いじょー」
ぶつっ、何かを断ち切るような音がした。
「っざけんなあああああああ!」
俺は繰り返し叫んだが、もう答えは返ってこなかった。
(ど、どどどどど、どうすればいい? どうすればいいのじゃ?)
さすがにこんな事態は想定していなかったらしく、シロは混乱し、わたわたとわめいている。
「タス……これ……酸素中……毒……」
妙子の声が掠れている。
「ここ……酸素……濃す……ぎ……」
妙子はすっかり顔を青ざめさせ、全身から脂汗を流し、筋肉を異常に強張らせている。
すがりつくように俺のズボンの裾を掴んでいる。
「酸素が濃すぎる……? はっ……そうか!」
(ど、どどどどど……どういうことじゃタスク!?)
シロが声を上擦らせる。
「……以前、妙子に注意されたことがある。冒険バカのあんただから教えておいてやるけど、ダイビングする時は気をつけなよって。酸素ってのは人間の活動に必要不可欠なもんだけど、多すぎると毒なんだって。一定濃度以上の酸素を長時間にわたって吸い続けると、人間は酸素中毒を起こし、
(し……死ぬじゃとうううっ!?)
答えはすぐに出た。
「悪い。シロ、降参しよう」
(──降参んっ!?)
「ここの酸素は地球人には濃すぎるんだ。このままいたら、戦闘どうこうより先に妙子が死んじまう。……なあ、頼む。こいつは俺の大事な親友なんだ」
俺はさっきの妙子との会話を思い出してた。
──あんたを騙して利用して、ノセておだてて扱き使って。こいつは80億分の1の最高のバカだなあって嘲笑ってるんじゃないのか?
「……おまえの上の方はどうか知らねえ。『嫁』なんだから、おまえにもそれなりに難しい立場があるんだろうよ。だがそこを曲げて頼む。俺の親友を、救ってくれ……っ」
胸に手を当てた。内なるシロに向かって繰り返し頼んだ。
(……っ)
シロはしばしの逡巡のあと、覚悟を決めたようにゆっくりと答えた。
(……わかった。降参し──)
「……バカ……言うなっ」
ぜえぜえと息を荒げながら、妙子が顔を上げた。
地面に手をつき立ち上がり、膝に手をつき中腰になり、無理やり背筋を伸ばしている。
「妙子……っ?」
「あんたらのことを認めたわけじゃない。『嫁Tueee.net』に参加するのもだ。──でも、負けるのはやだ。あたしのせいであんたが負けるなんて絶対にやだ。足手まといになるなんてまっぴらごめんだ。あたしは……そのために、……頑張って、……きたんだからっ」
唇を震わせ、青紫色に染め上げている。朦朧とした意識の中で、必死に言葉を紡いでる。
「小さい頃からずっと……あんたのためにっ、あんたの傍にいるために……っ」
「なんでそんなに……おまえは……」
介助しようと伸ばした手を弾かれた。
「──うるさいっ」
強い目でにらみつけてくる。
「……他の誰が許しても、あたしが許せないっ。……あたしがっ、……あたしを許さないっ。……言っとくわ。……そんなことしたら、……舌……噛み切って……死んでやるからっ」
「おまえは錯乱してんだよ……酸素中毒で……。だから……」
落ち着かせようと妙子の頬に手を当てた。
妙子は懸命にかぶりを振った。
俺の手を振り払った。
勢いで足をもつれさせ、べしゃりと地面に倒れ込んだ。
起き上がらせようと差し伸べた手を、妙子は無視した。
なおも独力で起き上がろうとした。
「……あたしは本気だ。……あたしは無力な女の子じゃないっ。ヒーローにだって……ついて行けるっ」
片膝をついた格好で、妙子は俺を見た。
その目に涙が光ってた。
それはたぶん、悔し涙だ。
小さい頃からこいつは、頑なな女の子だった。
力にものを言わせるような輩が嫌いだった。
権力。暴力。資金力。
そいつらに牙を剥くため、他の誰より努力した。
勉強して、知識を身につけ武装して、戦う力を手に入れた。
正義の炎を胸に燃やし、話す、訴える、にらみつける。
そのうち、同級生は誰も妙子に逆らわなくなった。
大人ですら、妙子のことを避けた。
こいつに無力なんて形容詞は似合わない。
強く雄々しい女の子。
どんな強敵相手にだって、絶対退かない。
何度でも立ち上がる。
猛々しく拳を握る。
「……あたしはっ、逃げないっ!」
ギリッと音を立てて、妙子が歯を食い縛った。
──時間がない。
切迫感が、俺を衝き動かした。
「………………シロ」
(な……なんじゃ?)
「……同じこと、出来るか?」
(同じ……こと?)
「……俺としたように、妙子とも契約出来るか?」
(な……!?)
シロは絶句した。
「出来るならそうしてくれ。俺が今平気でいるのは、おまえと一緒にいるからだ。なら妙子だって同じことだろう? あいつを内に取り込んで、俺を排出してくれ」
(………………正気か?)
「出来ないのか?」
(出来る……じゃが……)
「俺のことなら心配ない。外付けになっても戦えるさ。大丈夫、妙子のためなら、かけがえのない親友のためなら、俺は何にだって打ち勝てる」
(……っ)
シロがはっと息を呑む音が聞こえた。
(い……いや、その心配はない。ふたりまとめて取り込める。クロスアリアでは、
シロはもごもごとつぶやいたあと、覚悟を決めたように大きく息を吐いた。
(わかった。やるぞタスク。──契約じゃ)
俺は妙子の細い体を抱きしめた。
妙子は支えを得たことにほっとしたのか、力を抜いて倒れ込んできた。
「……いいか? 妙子」
意識混濁した双眸を覗き込んだ。
「これから儀式を始める。最後だけでいい。俺に合わせろ。無理なら──」
妙子がパクパクと口を動かした。
小さな小さな、掠れるような声。
でも聞こえた。
何を言っているのか、俺にはわかった。
──誰にもの言ってんだ。
「……はっ、いい度胸だぜ。さすがだ、親友──」
俺は笑い、すぐに儀式に入った。
「──我は結ぶ。
ふたり、見つめ合った。
呼吸を、合わせた。
「──
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