第10話「あたしは認めない!!」

 ~~~新堂助しんどうたすく~~~




 親父お袋の悪趣味のせいで、我が家には世界各地の気味の悪い人形がたくさん飾られてる。男友達だってまず初見じゃたいがいびびるし、肝っ玉の小さいやつは泣き出したりもする。


 妙子たえこは例外だ。そういったものを怖がらない唯一の女の子だ。

 物怖じせず、どこへでも入り込んでいく。

 いつもはっきりと物を言う。頭もよく、礼儀も正しい。

 人嫌いの姉貴や、今はいないが親父お袋の覚えもいい。

 俺ひとりじゃ色々不便だろうからってんで、週に何度も通って来ては、食事や身の回りの世話を焼いてくれるいいやつでもある。

 口さがないやつらに関係をからかわれたり囃し立てられたりすることもあるけど、こいつはそのつど微動だにせず睨みつけ、相手が泣くまで罵倒する。

 最高にかっこいい、俺の親友。




 3人、食卓に座ってた。

 俺と妙子が対面で向き合い、シロは俺の隣でビクビクと膝を擦り合わせていた。


 俺は頑張って事情を説明した。

 シロが俺を選んだ理由。

 戦闘に至った理由。

 戦い方。

 強さの理由。

 熱意を言葉に乗せた。

 妙子にだけは、認めて欲しかったから。


「ふうーん……」


 一通り聞き終えると、妙子は不満げにうなった。

 分厚いメガネのレンズの奥。細く引き絞られた厳しい目で俺をにらんだ。


「80億分の1の適合者? 祈祷世界の姫巫女と契約? 衣食住を提供して、学校にも通わせる? 機械仕掛けのクロックワーク小人ノームがなんでも治す? 死んだって復活する方法がある? ずいぶんと都合のいい話だなあ? 嘘くさくてうさんくさい話だなあ? ──なあタスク、あんた騙されてるんじゃないのか? こいつがまるっきり本当のことを言ってるなんて、誰が保証できる? 適合者はあんただけじゃないかもしれないし、機械仕掛けの小人はなんでも・ ・ ・ ・治せるわけじゃないのかもしれない。上手いことあんたを騙して利用して、ノセておだてて扱き使って。こいつは80億分の1の最高のバカだなあって嘲笑われてるんじゃないのか?」


「わ、わらわは別に……!」 

 意外な話の成り行きに、シロが血相を変えた


「黙れ」

 ぴしゃり、一言で妙子はシロを黙らせた。


「再放送はあたしも見たんだ。……鳥肌が立つほど怖かった。あんたが死ぬんじゃないかと思ってぞっとした。あれ見て盛り上がってるやつらは全員バカじゃないかと思った。本気で命がけじゃないか。お姉さんだって同じことを言うと思う。なあタスク、こんなのやめな? 手遅れになったらどうするんだよ。冒険者になりたいんだったら、ご両親を探したいんだったら、もっと他に方法があるだろ? あたしが一緒に探してやるから。だからこれ以上この件に首をつっこむのをやめな? 信じるんだったらこんなやつらじゃなく、他の誰でもない、あたしを信じな?」


 妙子の目は真剣だった。

 強く鋭く、俺を見ていた。

 言い逃れも言い訳も許さない。反証するならまっすぐ正面から来い。

 その目はそう語ってた。


「妙子。俺は……」

「――タスク」

 シロが緊張した声を出した。 

「……また……来たぞ」

 テーブルの下で、きゅっと俺の服の袖を掴んだ。


「え、何が?」

 俺の問いに、シロはひくっと唇を引きつらせた。

 親のものを壊してしまった子供みたいに、泣きそうな顔をしてた。

「対戦の申し込みがあったって……。2連戦……じゃって……。『鉄は熱いうちに打てでしょう? 勢いのあるうちにどんどん行きましょう。受けて立ちましょう』って、カヤが……」


「ま……っ」 

 俺は頭を抱えた。

「マジかよあの人!? どんだけSなんだよ!? いくらなんでも当日だぞ!? ふざけやがって……!」


 激怒している俺の耳元で、「ほーら」と妙子の声が囁いた。

「言っただろ? あんたは体よく利用されてるだけなんだって。稼げるだけ嫁ポイントを稼いだらポイするつもりなんだよ。適当な美談をでっち上げてお涙を頂戴して次を探す。その繰り返し」

 どや顔になりながら、俺とシロの間に割って入る。

「シロ、あんた自身がどう思ってるかは知らない。だけど上の人の考え方ははっきりしたろ? 断言できる。そいつらはタスクのことなんかなんにも考えちゃいないんだ。なあシロ。タスクはまだ14なんだよ。人より多少運動神経がいいからって、たまたまあの石の女神に勝てたからって、それがこれから先も上手くいくとは思えない」

 シロの指を掴み、一本一本引き剥がそうとする。

「だからこの手を離しな。契約者の件も他をあたりな。タスクはダメだ。こいつだけはダメだ。あたしが許さない。あたしが認めない。こいつはあたしの……」


「や……っ、いやじゃ……!」

 シロは頑なに首を横に振った。

「初めて勝てたんじゃもん! 初めて嫁ポイントをゲット出来たんじゃもん! わらわは民の期待を背負っておるんじゃもん! どう言われようと引けるものか!」


「本音が出たな。けっきょく、あんたも上のやつらも同じなんだ。タスクのことなんか、これっぽっちも考えてない」

 妙子は軽蔑するように目を細めた。はんと鼻で笑った。


「考えておるよ! 悪いと思っておるよ! 怖い目にあわせたと反省しておるよ! じゃけど……タスクはわらわに言ってくれたんじゃ! ずっと待ってたって! この日が来るのを夢見てたって! なあ、タスクは嘘を言わないんじゃろ!? なら、それもすべて真実じゃろうが! 紛うことなき本物じゃろうが!」

 シロは心外だというように声を荒げた。涙目になっていた。


「な……! あんたに何が……っ!」

 何が癇に障ったのか、妙子は突如顔を真っ赤にした。

 思い切り平手を振り上げた。


「やめろ妙子!」

 妙子を止めようと割り込んだ。

 シロと妙子と俺と、3人がもみくちゃになった。もろともに床に倒れた。



 次の瞬間。

 バスケットボール大のまばゆい光の塊が、天井をすり抜けて降りて来た。

 俺の目の前で停止した。


「いかん! 妙子まで巻き込まれるぞ……!」

 シロが悲鳴を上げる。

「え」

「は――?」


 驚き硬直する俺たちの目の前で、光の塊は音叉を叩いたような音をたてて破裂した――。

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