終わりを迎えた秋
尾崎
第1話
シャンプーが金木犀の匂いに感じた時、咄嗟に思い付きました。
夏が終わって秋になり始めた頃、彼女は唐突に、本当に突然、僕に別れを切り出した。
***
暑さはいくらか和らいで、夕方の匂いが少しだけ夏を引きずりながらも秋の始まりを告げるような季節。
近頃は急激に、昼が短くなったように感じる。実際には秋という夜空がジワジワと夏の昼間の姿を覆い隠していたのだが、あの暑い夏の気配はあまりにも印象が強すぎて、少しでもその感覚が欠けると途端に消失したように思える。
物哀しい、と感じるのは、今この一瞬一瞬、短過ぎる間だけだ。
しばらく過ぎれば頭と身体は秋にたちまち順応し、やがてあの風、空気、気配は忘れていく。
人も同じだ。
気持ちも、想いも。
ただそれは、投げつける側だけだ。
金木犀の匂いが辺り一面に漂いだした頃だった。
この匂いは記憶の中から一瞬で秋を引きずり出す。一年間の、それも何年も積み重なって来た記憶の中から、瞬時に。驚くほど鮮やかに去年の思い出が甦って、驚くと共に慄く。その花の匂いの持つ強いチカラに。
僕はそんな金木犀の匂いが大好きだった。
あの柔らかいオレンジ色の小さな花かは溢れ出る、甘く鼻を刺激する匂い。
少し離れていても、その匂いは確実に花の咲く場所へと導いてくれる。
一目見るだけで、幸せになれた。
幸福感に満ち溢れた。
けれどそれも今年までだ、と僕は確信した。
あの日、彼女は僕に言ったのだ。
ーー私も、金木犀の匂いは好き。
その匂いは甘くて幸福で確かに素敵。出会った瞬間はいつまでもその匂いにつつまれたいとも思う。
けれど、一年間ずっと、それこそ毎日かいでいたいとは思わないってことに秋が終わってから気付く。四つの季節全てでは無く、その時その時にあの小さな甘い花に出会えるから嬉しいのであって。
僕は愕然とした。
それはまさに僕だった。
互いの思う金木犀の像はまったく異なっていたのだ。美しく小さな花の匂いに包まれていたい僕と、そうでない彼女。
どこから違っていたのだろう。
彼女にとって、金木犀は最初から秋にしか咲かない小さな花でしか無かったのだろうか。
オレンジ色の花びらを見つめる。
美しい小さなそれは互いに寄せ合うようにして存在していた。
僕はそっと手を触れて、それから背を向けて歩き出した。
またいつかの秋に金木犀に出会っても、僕には立ち止まる自信はない。
でもきっと思い出す。
遠い遠い夏の終わり、何の前触れも無くふと漂ってきたそれが、一瞬で僕の記憶を引きずり出すだろう。
それも、鮮明に。
終わりを迎えた秋 尾崎 @Ozaki_Ry
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