恋人は婿養子(予定)

あぷちろ

第一章. アール

第1話


 結論。魔王を倒して世界平和を勝ち取っても、想い人と結ばれなければ意味がない。

 ルエル・フリージア、こと私が魔王討伐から二年半経っても解決できないでいる悩みの種がある。

 魔王の手から世界を救った英雄である私でも解決できない悩みがあるというのは甚だ不服で仕方がないのだが、それもこれも二年と半年もプロポーズの返事を先送りにしている、コウが、コウ・ヘンドリクスが悪いのだ。

 そうだ、何もかも彼が悪い。彼の優柔不断さが悪い。そしてこの私の熱烈アプローチから言葉を濁し続ける彼の度胸が憎い。討伐の旅をしていた頃はその度胸の強さに何度も救われたが、どうしてその度胸を恋愛方面へと生かせないのだろうか。私も特別な事は望んではいない。スノウクラウンの花畑の中心で結婚指輪を贈ってほしいだとか、そんな気の利いた事を彼はできないと承知しているし、夜空を駆ける飛行便の上で肩を抱き合わせながらキスをするとかそんなロマンチックな事も求めない。

 ただ私は彼の口から『イエス』という三文字が聞きたいだけなのだ。それだけなのに、コウは二年半も私の傍に居ながら一切そのような素振りも見せずに今日も憎たらしく――。



 初秋涼しく、私が統治しているルカエルの城下街も秋の気配を感じて収穫祭の準備を始めている。城下には様々な荷馬車や商人が慌ただしく行き来し、いつもと違った賑わいを見せている。この街の収穫祭は古くから続くものであり、祭りの期間には多くの人間が訪れ、この街の人口は爆発的に増加する。そして同時に、領主であるこの私の仕事量も劇的に増加するのだ。


「ねえ」


 見慣れてきた執務室の一角で、今日も私は書類とにらめっこをしていた。


「ねえってば」


 しかし私の貧弱な集中力では膨大な量の書類仕事を耐えきることができなかった。


「ねえ!」


 雑務の多さに耐えきれない私を後目に、一人優雅にソファーに尊大に仰向けになって読書に興じているコウに、私はちょっかいを出す。

 コウ・ヘンドリクス。彫り深い端正な顔立ちで、この世界では珍しい黒髪と黒い瞳を持つ青年。年齢は二十と少し。彼の正確な年齢を私は知らない。趣味は読書で、一応私と恋人関係の騎士。仕事は私の身辺警護と仕事の補佐。そして私のいじりがいのないオモチャでもある。


「仕事終わったのか」


 やっと返事をしたと思ったら冷ややかにこちらを見て、全く減っていない書類の束を見るや否や小さくため息をつく。


「私は抗議します!」


 その彼の態度に私はむっとして、声を張り上げる。


「こんな量の書類、処理できるかっ」

「つべこべ言わずにさっさとやれ」

「コウってば冷たくない?」

「ルエルが書類仕事を終わらせてくれないと、俺も自分の仕事が進まないんだよ」


 彼は塩対応が愛のムチとでも言うのか? 私はなんでこんなリアリストを好きになってしまったのだろうと、ささやかな後悔を抱く。


「そうだ、気分転換に城下に出ましょう。新しい銃の試作品を見に行きましょう。出来ているのでしょう?」

「ああ。あとはそこの書類の山に埋もれている承認書にサインしたらお前の手元に来る。さっさと試射したいなら仕事しろ」

「ぐぬぬ」


 私が逃避すればするほど自分の首をしめていくという訳か。

 やはり仕事をするしかないのかと覚悟を決めた瞬間、まるで稲妻に撃たれたかのように、唐突に良いアイデアがひらめいた。


「どうした?」


 台詞に不満の声が続かなかったのが不思議だったのか、はたまた無言でコウを見つめているのを不審に思ったのか、コウは身を起こして私に問いかける。


「パーティーをしましょう」

「何の」

「みんなを呼んで盛大にやりましょう! ここ暫く全員が集まることなんてなかったから」

「みんなって……昔の仲間を呼ぶのか?」

「さあ、決まったら善は急げよ」

「おい、どこに行くんだ」

「どこって、みんなに会いに行くのよ」


 彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。

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