内定辞退編 大量採用作戦です!

「姫様、本格的にヤバいです」

 渾身の勧誘文が逆効果と判って、魔術師は焦ったように頭をかき回している。

「私たちの異世界をグーグルで検索すると、ブラックという言葉がもしかして表示されるようになりました」

「2ちゃんねるで話題になってるわよ。今時驚くほど素直なブラック異世界だと。あ、まとめサイトに纏められたわ。……名前だけは有名になったわね」

 状況は果てしなく絶望的だ。このまま勇者を捕まえられなければ、私たちの世界は滅亡してしまう。

「こうなったら……」

 魔術師が思案の末に、発想の転換をしましょうと提言した。

「勇者は私たちで育てればいいんです。最初から即戦力を求めた私たちが愚かでした。自分の欲しい人材、私たちの未来を切り開く人材は、自分たちの手で育てるのが当たり前なんです」

 その通りだ。新卒が使えないだとか、ゆとりは駄目だとか散々言うけれど、そういう新たな息吹を大切に育てて、立派な幹部として独り立ちさせることこそ、企業――いや異世界のあり方だ。

「ですから方針を抜本から変えましょう。名づけて――」

 ぎらりと瞳を輝かせて、魔術師は宣言した。

「大量採用、大量解雇作戦です」

「その手が……残っていたわね」

 私たちに残された最後の手段。

「どんなクズでもいいです。とにかく手当たり次第採用しまくって、その中から耐え切って生き残った人を勇者と呼びましょう。来るものは拒まず、去るものは追わずです」

 社会で生き抜く根性は大切だ。履歴書では判らないのなら、実際に試して決めるしかない。

「でも、応募すらないんじゃ――」

「ご心配なさらずに。秘策があります」

 魔術師は懐からデジカメを取り出して、パシャリと私の顔を取った。

「姫様がお美しくあられたのはやはり国家の財産でした。この写真を載せれば、異世界でのハーレム願望を持つ人たちはこぞって応募してきます」

 自分の写真がネットに載るのは少し怖くもあるが、ことここにいたって否やはない。

 紹介が遅れてしまったが、流れるような金髪、豊満な胸、整った眉目、私の顔はどの世界でも絶世と名のつく美しさを誇っている。

「そしてこれ――城下町のキャバクラで撮ってきた女の子の写真です。これを物語の登場人物ぽく配置しましょう。数うちゃ当たるです」

 キャラクターの属性は何が当たるか判りませんからね、と魔術師はもりもり写真を加工してしまう。あっという間に、美女たちが諸手を挙げて歓迎するような紹介写真がでっち上げられた。

 魔術師がサイトにアップロードする。すかさず、天から履歴書が舞い落ちてきた。

「来ました! 姫様、やはりあなたは最高にお美しい!」

 最初の召喚時には比べるべくも無いが、その数は私の自尊心を満足させるには充分なくらいだ。

「今回は足きりはしません! とにかくがんがん面接して、合格を伝えましょう」

「でも、あんまりあっけないと向こうも警戒するんじゃないかしら」

「はい。ですから姫様は、大きな夢や慈愛を語ってください。そして最後に、頑張れますね? と問いかけてください。無理ですと応える人間はまずいません」

 戻った直後にトラック行きます、と魔術師はすでに何台ものトラックを用意していた。

「では一気に片付けちゃいましょう」

 魔術師が杖を振り回すと、集団面接さながらに部屋に人が溢れ始めた。

 22歳Fラン。

「テニスサークル……スポーツマンなら好印象よ、合格」

 34歳無職。

「純粋無垢な目が素敵ね、合格」

 24歳一年で退職。

「ここなら本当の自分に出会えるわ、合格」

 30歳バイトリーダー。

「世界を救うためなら何でもできるわよね、合格」

 21歳大学中退。

「人に向ける優しさと誠実さがこの世界では大切なの、合格」

 27歳前科あり。

「誰もあなたを咎める人はいません、合格」

 29歳……。


 立て続けの面接は疲れもしたが、最終的に14人の勇者たちを採用することができた。

 何人生き残るかは判らないが、努力、努力、努力でがんばって行ってほしい。

「これより姫様よりお言葉を賜る」

 魔術師がぐだつく彼らを整列させて、なんとか傾聴の姿勢をとらせる。私は前に進み出て、彼らに祝福を与えていった。

「あなたたちには魔王を倒してもらいます。大変と思うこともあるでしょう。辛いと思うこともあるでしょう。ですが、自分が興味を持ったことに全力になって、日々の努力を忘れずがむしゃらに頑張ってください。いいですか、愛とは与えることです。与え続けることです。滅私奉公、いいじゃないですか。やりがいはそういうところにあるものだと私は信じます。できるできないじゃありません、やるかやらないかです」

 ……話の途中から、こりゃ駄目かなと私は思い始めていた。

 だって、もう彼らの目が死に始めている。君たちはどんだけヌルい社会に生きていたいんだと腹が立ってしょうがない。まずは彼らのやる気を出させなければいけないだろう。

「じゃあみんな、まずは挨拶からよ。おはようございます!」

『……』

「声が小さい! おはようございます!!」

『おはようございます!』

「もっと出るでしょ! おはようございます!!!」

『おはようございます!!』

「仕事ナメてるの!? おはようございます!!!!」

『おはようございます!!!!』

 まあそこそこ元気は出てきただろうか。新卒、新入社員の唯一のスキルは元気だ。それだけは失っちゃいけない。無職だっていいのだ。元気があれば何でも出来る。

「では君たちには早速現場に出てもらう」

 魔術師の指示に、勇者候補たちが動揺し始めた。

 チュートリアルがあると思ったか? 残念、これは現実だ。

 魔術師は大きな宝箱を開けて、鉄の剣と盾を彼らに配布していった。棍棒やヒノキの棒に比べれば私たちはかなり努力しただろう。

 それらが行き渡ったのを確認して、魔術師は、おそらく最後となる指示を出した。

「――扉を開けたら、魔王がいるから。皆頑張れ!」

 ギギギと扉が押し開けられて、黒い影が雪崩れ込んできた。

 そう。

 ――。

 あっという間に死闘が始まった。

「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!」

 私も頑張って応援する。ただ、頑張りひとつで打倒できるほど、ブラックは甘くないのが現実というヤツだ。

 てへっと舌をだして、魔術師が可愛らしく言った。

「駄目でしたね」

「ちょっと厳しかったか……」

 無残に全滅した彼らを見下ろして、私は、これだから無職は使えない……と改めて思った。



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