Seekers

遊学

第零章 越えられない距離

プロローグ

未だ序章は終わらない













Seekers















 唐突に聞くが、日較差という言葉を知っているだろうか?


 そう、日較差というのは、一日の最高気温と最低気温の差のことだ。

 年較差という言葉もあるが、それは今どうでもいいから説明はしないでおく。


 日較差の大きい場所はどこか。

 これが一番の問題だ。

 この質問の答えは二択。内陸部か、海岸部か。


 答えは内陸部。海よりも地面の方が暖まりやすく、冷たくなりやすいから。

 理由はどうだっていい。

 とりあえず内陸部は日較差が大きい、それさえわかればいいのだ。


 そもそも、なんで俺がこんなことを気にしているかというと--






 俺が今、夜の砂漠にいるから……








***



「さみぃ〜!」


 基地の中だというのに、部屋は冷え冷えとしている。この部屋は食堂として使われており、たくさんのテーブルと椅子が置かれていた。部屋の中は帝国兵の野郎共で溢れており、騒がしいの一言だ。

 魔法によって外の砂漠よりも暖かくなっている部屋だというのに、冷気が俺を容赦なく襲ってくる。

 外の気温は一体何度だよ。


「ユウトは情けないわね」


 幼馴染というより腐れ縁というべき存在である茶髪の女が、寒さで震えている俺のことを馬鹿にしてきた。


「なあ、ハルナ……」


 そのハルナ・キサラギという女は、部屋の寒さに全く悩んでなどいなかった。

 当然だ。毛布を一枚も持っていない俺とは違い、彼女は毛布を二枚も羽織っているんだから。

 ちなみにその内の一枚は俺の毛布だったりする。


「寒いと思うから寒いのよ」

「説得力ねぇんだよ!」

「ちょっと! 毛布を引っ張らないでっ! 寒いじゃない!」

「この毛布は元々俺の物だろっ!」

「ああっ! 返してよ!」


 がみがみ言ってくるハルナを無視して、俺は毛布を被った。これでやっと寒さを凌ぐことができる。


「仲が睦まじいな、お前ら」


 俺らが騒いでいると、一人の男が俺らに近づいてきた。


 男の名はキリジツ・キサラギ。

 ハルナの兄であり、帝国の五人しかいない"英雄"の一人でもある。


 寒さに震えているハルナは、キリジツが毛布を持っているのが目に入った瞬間、キリジツに襲いかかった。その姿はまさに鬼。


「その毛布貰った!」

「ぐへっ!?」


 うわー兄の腹を蹴ったよ、この怪力女。

 帝国の英雄が床で伸びちゃってるじゃん。


「お前、いきなりそれはないだろ」


 兄に対して容赦しないハルナさんや、ほんの少しでも兄をリスペクトしてもいいじゃないでしょうか?


「あんたのも奪ってやろうか」


 ハルナがすごい怖い顔で俺の毛布を睨んできた。勘弁してほしい。


「で、兄貴はなんで来たの?」

「ハルナ、俺の毛布を返して……」

「なんで来たの?」

「ハルナ、笑顔なのになぜかとても怖い顔だ……」


 笑顔のハルナに怯えているキリジツは、ハルナの視線から逃れるように俺のことを見てきた。

 どうやらキリジツはハルナではなく俺に用事があるらしい。


「ヴィレがお前を探していたぞ」

「げっ!」

「またなのね……」


 ハルナが呆れて、俺のことをジト目で見てきた。

 キリジツの言ったヴィレという男は、金髪の中性的な顔をした男であり、俺が隊長である部隊の副隊長をしている。要するに、俺の部下だ。


「ユウト、雑務をあいつに押し付けるなよ」

「いやいや、これでも悪いって思っているって」

「彼の方が隊長に向いているわよ」

「ハルナ、それを言わないでくれ!」

「もう衆知の事実なのよ!」


 そのヴィレという男は優秀だ。だから、上層部から自分の部隊を持たないかと聞かれたことがあるらしい。でも、ヴィレはそれを断って、俺の部隊の副隊長で居続けてくれている。

 これはあれだろうか。俺が素晴らしい隊長だから、とか。

 いや、悲しいけど俺でもそれが違うことくらい分かる。

 とにかく、あいつが隊長になりたいって言ったら、本当に隊長になれてしまう。そしたら困る。本当に困る。


「ったく、別に砂漠調査の報告書なんてすぐに終わるでしょ」


 ハルナが温かいコーヒーを飲みながら、聞き捨てならないことを言った。


「ハルナはわかっていないな。報告書と名のつく物は全て面倒なものなんだよ」


 俺のすばらしい反論に、ハルナとキリジツが黙る。

 俺は何も間違っていないはずだ。


「……兄貴、なんでこいつが隊長なの?」

「奇遇だな。俺もそう思った」


 全く、失礼な兄妹だ。

 そんな風に俺たちが話をしていたら、食堂の扉が開いた。

 入って来たのは、金髪の男。

 話をすればなんとやら、その男が我らが副隊長、ヴィレ・ルータストだった。

 ヴィレは件の報告書を持っている。


「ここにいたのか、役立たず」

「役立たずってお前な……俺は一応お前の上司だぞ」

「俺はいつでも隊長になれるぞ」

「申し訳ありませんでした!」


 俺はヴィレに向かってすぐに頭を下げた。ヴィレがそう言ってしまったら、俺は何も言い返せない。ヴィレがうちの隊からいなくなったら、俺が終わると言っても過言じゃないのだ。


「どっちが隊長なんだか……」


 ハルナがなぜかため息をつく。キリジツも呆れた目で俺を見てくる。


「英雄に一番近い男が雑務もできないなんて知られてみろ。お前は英雄になれないぞ」


 いつもは口数が少ないヴィレが、こんなにも喋っている。

 ……すみません、余計なことを考えました。だからヴィレ副隊長、そんな目で俺を見ないでください。


「いいか、明日も砂漠調査だ。報告書をまとめて提出するのは明後日まで。時間はないと思えよ」


 知らなかった。時間ないじゃん。

 そんなことは口が裂けても言えず、俺はただヴィレの言葉に頷いた。


 隊長である俺よりも副隊長であるヴィレの方が、報告書について詳しい……


 俺がヴィレからありがたい報告書についての説明を受けていると、また部屋の扉が開いた。

 食堂に入って来た人物が帝国一の有名人だったため、部屋の中にいた奴らが騒ぐ。


「リタだ……」

「本当に女だったのか……」

「帝国最強がなんでここに?」


 入って来たのは赤髪の女だった。

 その女の名前はリタ・バレランス。

 軍人とは思えない華奢な体、綺麗な赤い髪、俺らよりも歳が下。

 その可愛らしい姿から想像することができないが、帝国最強、いや世界最強と呼ばれる兵士だ。


「司令官がお呼びです」


 彼女がキリジツと並ぶ。身長差はかなりのものだ。体格差は言わずもがな。だけど、二人が戦ったらおそらくリタが勝つだろう。

 世界最強と呼ばれるこの女は果てしなく強いのだ。


「英雄が二人もいるぞ!」

「すげえ光景だ!」


 キリジツも英雄であり、最強の兵士の一人だ。食堂の中の奴らが一層騒がしくなる。

 最強の兵士が二人もいる。その事実は周りの兵士たちの士気を上げるのに十分だった。


「分かった、すぐに向かう。ところでお嬢ちゃん、後で一緒にお茶でもいかがですか?」

「ふんっ!」

「がへっ!?」


 ハルナが制裁である蹴りをキリジツに食らわす。この兄妹のやり取りは、幼馴染である俺にとって見慣れた光景だ。


 そんな中、リタは兄妹のやり取りに目もくれないで、報告書を持っているヴィレに気づく。そして、ヴィレに近づいてこう告げた。


「英雄に一番近いという男はお前か?」


 一瞬、その場の空気が固まった。


 いや、報告書を持っているヴィレが隊長っぽく見えるのは、当たり前って分かっているよ。隊長が報告書を持っているのは当たり前だからな。

 俺が隊長と気づかれなかったことにショックなんてこれぽっちもない。やっぱり少しはあるかも。

 問題はリタがヴィレを隊長と間違ったことじゃない。リタが間違ったことに対して、俺たちがどう反応するかが問題だ。

 俺たちは視線を合わせる。ヴィレも珍しく動揺していた。


「英雄に近いのはこっちの方です」


 ここで嘘をついても、いずればれると思ったのか、ヴィレが正直に答えた。

 リタは視線を俺にずらし、またヴィレにずらす、そしてヴィレの持っている報告書にも。


「じゃあお前は?」

「自分は副隊長です」

「そうか……なら副隊長、お前はなぜ報告書を持っている?」


 わーお、一番聞かれたくないことを聞かれちゃいました。


「今日の砂漠調査に関する報告書に不備がないかを確認していました」

「こんなところでか?」

「……ハルナ副司令にも確認をとって頂きたかったので」


 リタがハルナを見た。

 世界最強に見られたハルナは、無理やり笑みを作り、ヴィレの言うことに合わせる。


「……理解した。では、明日の大規模砂漠調査ではよろしく頼む。言いたいことはそれだけだ」


 俺とヴィレにそう言って、リタは部屋から出て行った。


「ふぅ〜」


 危なかった。

 英雄にマイナスのイメージを抱かせるのは、できるだけ避けたい。

 英雄の一人であるキリジツに知られているのはもうしょうがないけど。


「お前が普段からちゃんとしていればだな……」


 ヴィレが俺に説教をしてくる。

 俺は自然と正座をした。もう隊長とか副隊長とかの立場なんて関係ない。


「まあ、ヴィレ。今日はもう寝ましょ。明日の大規模砂漠調査は寝坊なんてできないから」

「…………姉御がそう言うのであれば」


 ハルナのおかげでヴィレは俺への説教をやめる。俺は明日のために寝れるってわけだ。


「ハルナ、テレポート装置は正常に動くのか? 故障とかはないよな?」


 明日の砂漠調査という言葉を聞いて思い出したのか、キリジツがそれに関係することをハルナに聞いた。


「兄貴が心配しなくても大丈夫。だけど、テレポート装置は一基しかないのよ」


 魔法の応用で作られた装置、テレポート装置。それはその名の通り、ある場所からある場所へテレポートすることができる。

 とても便利な機械なのだが、テレポートする時、装置ごとテレポートしてしまう。つまり、テレポートは何度もできるわけではなく、一基につき一回しかできない。


「装置に乗り遅れたら、砂漠に取り残されるってことか?」


 一応ハルナに聞いてみる。


「そういうことよ。ここに救助が来るとしても三週間はかかりそうだから、その間にミネヴァに殺されるわ」

「怖いな、それ」

「だから、全員乗り遅れないようにね」

















***



 災魔『ミネヴァ』。

 人類を、世界を滅ぼす生物。


 遠い昔、人間は突然現れた一体の化け物に絶滅されそうになった。その姿は文献によって様々だ。全身が黒いと書いてあったり、上半身が赤く、下半身が黒いと書いてあったり。

 人々はそれを『ミネヴァ』と呼んだ。


 『ミネヴァ』によって人類は滅びかけたが、ある人間の登場によって歴史が変わった。人類で初めて魔法を使った男が現れたのだ。その男の名前はファーニン・ビギスト。

 彼は見事『ミネヴァ』を打ち倒した。そして、自らが王となり、帝国を作った。


 誰もがその時、平和を再び手に入れたと思った。


 だが、現実はそう甘くない。

 『ミネヴァ』に似た生き物がたくさん現れたのだ。その生き物たちは『ミネヴァ』ほど大きくなく、その時には魔法を使える人間も大勢いたため、人間が絶滅する危険は無かった。しかし、大陸の約半分がミネヴァ共の巣となってしまったのだ。

 やがて魔法を使える人間と使えない人間が対立して、世界は二つの国に別れた。

 ビギスト帝国。魔法を使える人間が住む国の名前だ。ファーニンが初代王となり、今は十二代目が王となっている。

 アーストリカ共和国。魔法が使えない人間が住む国だ。とは言うものの、国民全員が魔法を使えないわけではない。ビギスト帝国から亡命した人間がいるからだ。

 帝国じゃ才能がなくても、共和国では魔法が使えるだけで出世できる。それに魔法が使える人間と魔法の使えない人間の子供も、遺伝子の影響なのか魔法が使える。だから、共和国の二割の人口は魔法が使えるのだ。


 ところで、帝国では英雄という称号がある。戦争で活躍をした人間に送られる帝国最強の証。

 英雄の称号を貰った人間は五人しかいない。そのうちの二人がリタとキリジツだ。


 で、俺たちはその二人と同じように帝国軍に所属している。じゃあ、なぜ帝国軍がこんな砂漠に来ているかと言うと、調査のためだ。

 ミネヴァに支配されている砂漠の生態調査。つまり、ミネヴァの巣の中を見てこい、というわけだ。危険な任務のため、通常では考えられない英雄二人の部隊による護衛。そして、俺たちの部隊が生態調査をする部隊。

 面倒だが、帝国のお偉いさんはこの調査を重視しているらしい。

 とにかく俺はすぐにこの調査を終わらせて、本国でぐーたらしたい。









***



「このエリアの調査は終わりました」


 辺りの砂をサンプルとして持ち帰ることを決め、俺は通信機で司令部に報告する。


『調査隊はそこから北東に進んでください』

「了解」


 俺たちの部隊はリタ隊に護衛されていた。キリジツ隊は司令部を護衛している。ハルナは副司令であるため、テレポート装置に近い司令部にいる。


『司令部、こちらリタ・バレランス』


 通信機からリタの声が聞こえてきた。


『リタ隊、どうしました?』

『北東方向から巨大な砂嵐を視認』


 リタの報告を聞いて、俺も北東方向を顔を向ける。

 砂の丘から砂嵐の一部が見えた。あの砂嵐の中では、調査もできないだろう。


「こちらも視認した。かなり大きい」


 俺も通信機で司令部に報告する。

 砂嵐はかなりの大きさ。生態調査は中断すべきだ。


『了解。ユウト隊、リタ隊は基地に戻って来てください』

「了解」

『了解』


 とりあえず朝出発した簡易型基地へと足を向ける。部下にも命令を出さないといけない。


「お前ら、聞いたな。調査は中断。迷子にならないように帰れ」


 部隊の全員に通信する。

 とりあえずヴィレと合流して、報告書について語らないとな。

 そんなことを考えていたら、通信機から衝撃な言葉が聞こえた。


『ミネヴァ出現!』


 リタ隊の誰かの報告。その報告が俺や周りの連中の足を止めさせた。

 司令部の人間の慌ただしい声が通信機から聞こえてくる。


『リタ隊、状況を詳しく!』

『たくさんだ! カテゴリー2がたく、ぎゃあああぁぁ!!』


 通信機からの悲鳴で耳が痛くなる。

 司令部がリタ隊に報告を求め続けているが、リタ隊の報告はまだ来ていない。


『こちらリタ・バレランス。十二体のカテゴリー3と会敵。電気を操る能力を持っている』

『下だ! 敵は砂に潜っている!』

『来るなぁーーー!!』


 一気にリタ隊からたくさんの通信が入ってくる。叫んでいる隊員とは対照的に、隊長のリタは冷静でいることが分かる。

 流石は世界最強と言ったところか。どんな状況でも冷静でいられるのだろう。

 聞こえてくる通信によれば、リタ隊は足元から奇襲を受けているらしい。かなりの被害が出ているだろう。

 俺はユウト隊の隊長としてどうすべきだ?


「ぎゃあああぁ!!」


 遠くにいた兵士が砂の中に消えていった。また一人、また一人と。

 ミネヴァの手の部分は見えるが、全身の姿を見ることができない。


『司令部はこれ以上の作戦遂行は不可能と判断。リタ隊、ユウト隊はテレポート装置に向かってください』


 妥当な判断だ。だけど、簡単には言ってくれるが、テレポート装置に向かうことは難しいだろう。

 そんな中、俺は後ろから声をかけられた。


「ユウト!」


 副隊長であるヴィレが、隊員を連れて現れた。誰も怪我をしていないようで安心する。


「ヴィレ! 無事だったか!」

「何人かやられた。撤退するのか、リタ隊の援護か、どっちにするか決めてくれ!」


 ヴィレが俺に判断を求めてくる。

 俺もそれを悩んでいたんだ。

 リタ隊を見殺しにできないが、これ以上被害を出したくない。

 戦場では悩んでいる暇など無いのに、俺は悩んでしまう。


『自分の隊…ほぼ……滅だ。生き残った……は……全……テレ……ト装置…向かえ。しんがり……私一人で…充分だ』

「なにっ!?」


 リタから通信が来た。通信機に雑音が混じって、リタの声が正確に伝わらない。だが、リタの言いたいことは理解することができる。


 ばーん!


 大きな音が聞こえたので後ろを見たら、巨大な砂の壁がそびえ立っていた。

 こんなことができるのは、おそらく世界でただ一人だけ。


「これがリタの固有魔法……!」

「ユウト! どうする!」


 リタが魔法を使って砂の壁を作ったのだ。俺たちがテレポート装置へ向かうしか選べないように。

 帝国最強は自分の命より他者の命を選んだってことか。


 くそっ、俺も隊長だ。生き残った奴らに指示をしなければならない。

 俺は通信機でこの場にいる全員に命令を、基地にいる司令部に提案をする。


「生き残った奴らは全員テレポート装置へ向かえ。司令部、テレポート装置を基地の外に出してくれ。そこの簡易型基地はテレポートに間に合わなかった奴らのために残そう」


 俺ができるのはこれだけ。砂漠に残った奴らが少しでも生き残れるようにしなければ。

 当然のように、司令部の人間は俺の提案に反対してくる。


『砂嵐がもうすぐ来ます。屋外へ出しますと、砂嵐のせいでテレポート装置が壊れる危険性が--』

『こちらキリジツ隊。了解した』


 俺に反対していた司令部の通信を遮るように、キリジツが通信を入れてきた。

 さすがはハルナの兄だ。融通がきく。


『タイムリミットは砂嵐が来るまで。それ以上は待てない』

「了解。お前ら、聞いた通りだ! 砂嵐に追いかけっこで負けるんじゃねぇぞ!」


 ここからは時間との勝負。

 俺たちはただテレポート装置へ全速力で駆ける。

 砂嵐はもう目と鼻の先だ。だが、テレポート装置との距離の方が断然短い。これなら十分余裕がある。


「ユウト!」


 テレポート装置が見えてきて、その近くにいたハルナが俺の名を呼んだ。

 俺は不安になり後ろを見たが、俺たちを追って来ているミネヴァはいない。

 リタがミネヴァを引きつけてくれているのだろう。

 俺たちは少し安心してテレポート装置に着いた。

 周りを見れば、ユウト隊はほぼ全員いるが、リタ隊はほんの少ししかいない。


「テレポート装置を起動」


 司令部の人間がテレポート装置を起動させた。テレポート装置が音を立てる。

 あともう少しでテレポートという時に、近くの砂が大きく盛り上がった。


「グガァァァ!!」

「なにっ!?」


 テレポート装置のすぐそこの地面から、ミネヴァが二体も現れた。

 出現した二体のミネヴァは巨大で、人の三倍の大きさはある。


「カテゴリー3だ!」


 リタ隊の生き残りが叫ぶ。

 そうか、こいつがリタの言っていた電気を操るカテゴリー3か。

 ミネヴァの背中にある棘が青く光る。


「ミネヴァの電気で装置が壊れるかもしれません!」

「くそっ!」

「行くぞ、ユウト!」

「ああ!」


 俺、ヴィレ、キリジツの三人がテレポート装置から離れ、ミネヴァに立ち向かう。

 後ろからハルナの叫び声が聞こえるが、目の前のことに集中しなければ。


「一体は俺がやる!」


 キリジツがそう言って、俺たちと別れた。

 英雄の称号持つキリジツなら、たった一人でもカテゴリー3のミネヴァは倒せる。

 キリジツに一体を任せ、俺は隊長として副隊長のヴィレに命令する。


「倒す時間はない! テレポート装置から遠ざけるぞ!」

「わかっている!」


 普通の兵士なら詠唱しなければ撃つことのできない魔法を、ヴィレが詠唱なしでミネヴァに放っていく。

 ヴィレの氷魔法がミネヴァの顔に当たり、ミネヴァは足を止めた。


「荒野にひしめく風よ」


 ヴィレがミネヴァの注意を引きつけている間に、俺はミネヴァの前で魔法の詠唱を始める。

 ミネヴァの目の前で足を止めるのは、かなり危険なことだ。だが、ヴィレならミネヴァの顔に魔法を当て続けて、俺に詠唱をする時間をくれる。そう信じているから、俺は詠唱に集中できる。


「我が身に迫る危険を遠ざけろ!」


 俺がそう叫んだ瞬間、突風がミネヴァを襲い、そのミネヴァの巨体が宙を舞った。

 俺の風魔法の一つ『ハリケノ』だ。この魔法は敵を倒すことはできないが、遠くへ吹き飛ばすことができる。


「こっちも終わった!!」


 キリジツがミネヴァを真っ二つにして叫んだ。おそらく固有魔法で敵を倒したのだろう。


「早く来て! 砂嵐が!!」


 ハルナが叫ぶ声が聞こえた。

 後ろを見たら、砂嵐が俺たちの目の前まで迫っている。

 俺たち三人はテレポート装置へとまだ着いていないが、司令部の人間がテレポート装置を作動させた。


「テレポートまで五秒前!」


 キリジツがテレポート装置の上に足を置く。俺とヴィレはまだだ。


「四!」

「グアアァァァ!!」

「ガラァァァ!!」


 それはいきなりだった。

 俺たちの真後ろの地面からミネヴァが二体現れたのだ。

 二体のミネヴァがテレポート装置に攻撃しようとする。


「三!」

「くそっ!」


 魔法を詠唱している時間はない!

 俺がテレポートは諦めてしんがりをすれば、残りの奴らはテレポートできるはずっ!!


 そう思って、二体のミネヴァへと方向転換した時……


「ぐっ!?」


 襟首を掴まれ、テレポート装置の方向へ投げ飛ばされた。

 俺を投げ飛ばしたのはヴィレ。

 そして、ヴィレは詠唱なしで風魔法を放つ。その風魔法はヴィレを中心に外側へと進む突風だった。


「ぐはっ!?」

「ガァ!?」

「グゥ!?」

「二!」


 風魔法によって俺はテレポート装置に飛ばされ、俺と同じように魔法を食らった二体のミネヴァは態勢を崩した。


「ヴィレ!」

「ユウト、英雄になってくれよ……」

「ヴィレェェーーー!!」

「一!」


 最後に見たのは、こちらを見て微笑み、砂嵐に巻き込まれるヴィレの姿だった。


 砂漠だった風景が、見慣れた帝都の城の中に変わる。

 テレポートをしたのだ。あいつを、ヴィレをミネヴァたちの住処である砂漠に取り残して……

 

 

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