100行のロマンス

茅ヶ崎ぽち

199XのシンデレラⅠ

母子家庭とはよく聞くが、現実には生活するだけでも大変だ。母親の収入がそこそこあれば何とかなるが、大抵は、実家に頼るとか、いっそ最小限の収入に押さえて生活保護を受けるとか、とにかく、まだまだ女性を認めない日本では、苦労が絶えないものだ。


 深雪の家庭もそんな境遇だった。父親は真面目だったが、職場で死亡事故を起こしていた。会社側は、明らかに労働災害なのに、労災と認定させず、おかげで保険金も下りないという悲惨な状況になってしまった。民事裁判をやってみたものの、会社側の強い隠匿で敗訴してしまう。結局、裁判費用が係っただけで、この国は、弱者に冷たい国であるとゆうことがハッキリしただけだった。民事裁判を何度もやるとゆうことは、大変なお金がかかる、結局は、貧乏人は泣き寝入りしかないのだ。


 生活のため、母親は大手電気メーカーのパートとして働きだした。夜もコンビニのレジなどをして、何とか生活費を稼ぎだす。深雪は、そんな母親のため家事一切を引き受けた。弟の亨共々、小学生の頃から人生の辛酸を味わってきた。そんな深雪に、人生の転機が訪れた。


「ねえ、深雪。ちょっと、頼みがあんのよ」


「なに? もうちょっとで終わるから待ってよ」


 夕食の後片付けをしていると、母親が声をかけてきた。


「あんたさあ、ちょっと、荷物をまとめてくんない」


「はあ~???」


 妙な言葉を喋る母親に、思わず手を止める。


「言いにくいんだけどね・・・・・その・・・・・・、あんたを”奉公”に出すことにしたから・・・・」


「奉公・・・・・????」


「とある青年実業家がいるのよ。その男性の所に、住み込みのお手伝いさんってことで、身売りすることにしたから」


「え―――――――っ!!! ちょっと!! 何よっそれっ!!!」


「悪い話じゃないでしょ。うちにお金も入るし、あんた、家事なんか完璧じゃない。今よりもイイ暮らしできるわよ」


「イヤよっ! そんなのっ。大体なんで、今時、身売りなんてされなきゃなんないの~!!」


「姉ちゃん! たのむっ!! 俺の人生かかってるんだっ」


「あんた、勉強してたんじゃないの」


 まあ、狭いボロアパートである。仕切りといっても、薄いふすま一枚だけなので、大騒ぎしてりゃ寝た子も起きる。


「ほら、反対なのはアンタだけだよ」


「私、絶対行かないからねっ。いいじゃない、今のまんま、がんばってれば~」


「仕方ないでしょっ! 亨は来年高校なんだよっ、あんなに勉強できる子なんだよ、名門校に行かしてやりたいじゃないか。それに、あんたは、私譲りの美貌と家事くらいしか取り柄ないんだから」


「う・・・・・だけど~」


 母親の恐ろしい剣幕に、圧倒されてしまう。もともと、あまり気丈じゃないのだ。


「それにさ、かなりの男前だよ。若い頃の鶴田浩二にそっくりでさ」


「知らないわよ~、若い頃の鶴田浩二なんて~」


「とにかく、生活かかってんだから、行ってもらうからねっ」


「そんな・・・・・・・・」


「あっそうだ、毎月の給金ふっかけたら、”セックス付き”って条件だったからね」


 平然ととんでもないことを言う母親。


「な・・・・・・ちょっ・・・・・・・・・・」


 酸欠の鯉のように、大口開けてパクパクしている深雪。そんな時、玄関の戸を叩く者がいた。


「はいはい」


 母親がドアを開けると、ギャングの子分のような、黒いスーツに白いネクタイ、サングラスとゆう、いでたちの男が立っている。何せ、六畳と三畳の部屋しかないとゆう狭い家、誰がやってきたかなんて一目瞭然だった。低い天井なので、男は首をすぼめている。


「お迎えにあがりました。こちらのお嬢さんですね」


「ええ、どうぞヨロシクお願いします」


「ちょっと! 勝手に話を進めるなあ~!!」


「準備はできましたか?」


 外見のわりには、物腰の丁寧な男だった。


「うちは見ての通りに貧乏、持ってく物なんて何もありませんよ。そちらで必要な物は用意してくださいな」


「はあ、かしこまりました・・・・」


 男が、深雪の傍に寄ってくる。


「イヤです。私、行きません!!」


「往生際が悪いよ」


「そうゆう問題じゃないっ」


「あの・・・連れていってよろしいんですか・・・・?!」


「ええ、もちろん。この娘、諦めはいい方ですから」


「や~、近寄らないで!」


 男が深雪の腕を掴む、が、深雪はジタバタしている。今度は抱え込むようにすると、更に暴れ出す。


「鬼~!!」


「いてっ!」


 男は思いっきり顔を殴られた、ジタバタしてたら肘があたっただけなのだが。


「失礼」


 男は、深雪のみぞおちに一発入れた。深雪はあっさり気絶してしまった。


「それでは、ダンナさまも楽しみにしてましたので」


「ねえちゃん・・・・すまねぃっ」


「ええ、よろしくお願いします。お金の方も、忘れないでくださいよ」


「承知しております」


 こうして、深雪は、”身売り”されてしまった。経済的な余裕がないのは、心にもゆとりは作れないものなのだった。


 


 


 以外にグッスリと眠っている、深雪。いつものせんべい布団と違って、フカフカの大きなベッドに横たわっている。部屋の天井は高くて、広々としていて、かわいらしい雑貨小物がシンプルに飾られている。真面目で純粋な少女を思わせる、内装だった。


「ほら、早く起きなよ」


「う~ん、お母さん、もうちょっとだけ・・・・・」


 深雪を揺すっているのは、見たこともないおばさんだった。


「うわっ!」


 見たことも無い部屋、知らない人物、とにかく眠気は一辺にどこかへ行って、とまどいを隠せない。服装は・・・・、きのうの夜のまんまだった、部屋着に汚れたエプロンを付けたまま。


「そっか・・・・・、売り飛ばされたんだったっけ・・・・・」


「あたしゃ、ここん家の、通いの家政婦の、節子っていうんだ。ヨロシク!」


 コロコロ太ってて、人の良さそうな笑顔を向ける。深雪は直感的に、けっこうイイ人だと感じた。表情や瞳の動き、喋り方などで、大体の人格は把握できるものだ。


「・・・・・・・よろしく」


「ほら、さっさと着替えて、ダンナさんの朝食こしらえるんだよ。今日はあたしがいるけど、明日からはアンタ一人でやるんだよ」


 恰幅のいいおかみさんみたいな、節子は、ドスドスと部屋を出ていく。


「アンタ、名前は?」


「深雪です・・・・」


「深雪ちゃんか・・・・。じゃあ、台所にいるからね」


 改めて部屋を見ると、スッキリとはしているが、調度品などは高価そうな品物ばかりのようだ。この空間には不似合いなビニール製のボロ旅行カバンが、ラグの上に置いてある。これは深雪のものだ、中身は、高校の制服と教科書類、母親が持たせたのだろう。何だか、随分と計画的に仕組まれていたように思える。それに、住みこみのメイドの部屋にしては、随分と気前のいい部屋だ。まるで、養女にでも来たみたいだ。とゆうか、これから、オッサンの慰み者になるかと思うと、気分が滅入ってくる。


「ほい、こっちでダシ取って」


「はい」


 節子は、いろいろと指示は出すが、その分自分もよく動く。朝食は、あっという間にできてしまった。


「たいしたもんだねえ、けっこう、いろいろできるじゃないか」


「まあ、家でやってましたから・・・。でも、お味噌汁のダシなんかちゃんと煮干で取るんですもんね。うちでは、ダシの素で間に合わしてました。煮干や昆布使ってたら、お金かかっちゃうもん」


「ハハハハハ! うちでもそうだよ」


「や~節さん・・・・おはよう~」


 寝ぼけた男の声がする、パジャマ姿で、ボサボサ頭で、新聞を持っていた。


「ダンナさん、おはよう。そうそう、この娘ですよ。例の!」


「ああ、そういや、今日からだっけ??」


 オッサンかと思いきや、随分と若い男だった。年は30前後くらいか、背が高くて痩せ型だ。そこらへんのテレビタレント並の容姿だ。深雪は、はあ、これが若い頃の鶴田浩二なのか~、などと妙に感心していた。


「深雪です。よろしくお願いします」


「ああ~、がんばってね。俺は、成一郎、コンピューター関連の仕事やってる」


「ダンナさんはね、会社社長だよ」


「へぇ~」


 にしては、親と同居してないのは実に不思議だった。要するに、ボンボンの甘やかしってことか。それにしても、楽しみにしてた、と、いう割には、素っ気無い態度であった。


 


 


 学校から帰宅すると、夕食の支度などが待っている。もともと、主婦業やってた深雪にとっては造作ないことだが。


「はい?」


「あ、深雪か?」


 いきなり呼び捨てにされて、ちょっとムッとくる。


「今夜、接待があるから、晩飯いらないから」


「はぁ~?!」


「じゃ、留守よろしく」


 ピッと、携帯電話の切れる音。何となく、午前様亭主を待っている女房の気持ちが、伝わってくる。


「も~、もったいないっ。いらないならいらないって、朝、言ってよねっ」


 


 後片付けが済むとやることもないので、部屋の観察をする、洋服ダンスを開けて驚いた。自分には絶対に手の届かない、流行もののブランド品が揃っていた。どうして、ここまでやってくれるのか、誠一郎は、何の見返りを期待しているのか・・・。やはり、こういうことなのか?!不審な気分でいると、玄関のチャイムが鳴る。


「あ、はいっ」


 ドアを開けると成一郎と、昨夜、深雪を連れ出した男が立っていた。


「あっ、?!」


「この人は、俺の秘書」


「どうも、お嬢様。昨晩は大変失礼いたしました」


 失礼されたわよっ、と、言いたかったが、ガマンした。


 


 


「どうぞ」


「おっ、サンキュ。気がきくね」


 深雪は、ほろ酔いの成一郎にミネラルウォーターを差し出す。


「でも、いいですね・・・。裕福な家庭に生まれるって・・・・」


「あん??」


「だって、会社社長の息子なんでしょ。一人でこんなお屋敷に住まわしてもらえて・・・・。私のとこなんか、父親いなくて、保険も下りなくて・・・・」


「深雪さあ、なんか、勘違いしてない?」


 成一郎は、上着を脱いでネクタイを外す。その動作に、思わずドキリとする。


「俺は、高校しか出てないし、両親はいるけど、タクシーの運ちゃんだぜ。今は二人とも、郷里へ帰ってるからね、都会はイヤだってゆうから」


「えっ、でも、なんで??」


 成一郎の脱いだ服を、ハンガーにかける動作を止めた。


「高校卒業してさ、電子部品の組み立てる小さな町工場に就職したけどさ。この不況で、多額の負債残したまま、社長が夜逃げしたわけよ。で、土地もあるし、法人登録もしてるし、いっそ会社でもやるかって思ってさ」


 ボンボンどころか、努力家の苦労人のようだ。


「注目したのが、コンピューター。インターネットが始まる以前は、そうパソコン通信会社なんてなかったしね。インターネットのおかげで、急成長したってわけ」


「そうだったんだ・・・・。ダンナ様って、しっかりしてるんだ・・・・」


「見直した? いやあ、俺って、目の付け所ってゆうか、発想が常人じゃないんだなあ~。うん、天才だぁ~」


 思わず目が点になる、せっかく誉めたのに。


「さてと、フロに入って寝るか」


「えっ、寝ちゃうんですか??」


「なんで?」


「だって・・・・・・その・・・・・・、夜の相手が・・・・・・どうのこうのとか・・・・・・・・・・・・・・」


「はあ~、ひょっとして”やりたい”わけ?!」


 深雪は、思いっきり首を横に振った。


「じゃ、別にいいじゃない」


 何だか、想像していた悪い考えと全く違う展開に、少々戸惑う深雪であった。


 

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