第69話

 いつの間にか天井照明が、室内の明るさを自動探知して点灯。室内はほんのりと明るくなっていた。

 その中、テーブル中央に置かれていた編みかごにうず高く盛られた食べ物は、知らぬ間にほとんど消え、ポリ容器のアルコールも適度に減っていた。みんなが適当に飲み食いしたことによっていた。

 四時前後に始まった会議は意外と長引いて、当初の予定の一時間をオーバーしており。それを何気なく腕時計で確認して知ったゾーレは、急に先を急ぐように次の話題へと移った。


「さて、そのネピの当主さんの処遇なんだが……」


 そう言って、しっかりした目つきでテーブルを囲んだ全員を見渡すと、はっきりとした口調で言った。


「全てあいつに任せておこうかと思っているんだが。そしてこちらとしてはあくまで傍観者と言う立場で名前だけを使わせてもらおうかと考えている。こちらが変に動いて具合が悪くなっても困るからな。

 その場合、あいつに叔父から聞かされたあの例のことを伝えようかと思うんだが。

 そそっかしいあいつのことだ。何も知らせないでおくと、不用意に当主さんをネピの国へ帰してしまうとも限らない。そうなってはこちらの計画が全て水の泡になってしまうんでな」


 その申し出に、首を捻ったり宙を仰いだりうつむいたりと、居並んだ全員がちょっと考えるように沈黙した。その中、一呼吸ほど遅れて、落ち着いた低い声が響いた。


「それが良いかもな。知らないのはパティーだけだからね」


 パトリシアのことを一番良く知るフロイスからだった。ゾーレは分かったと小さく頷くと、


「あいつには悪いが、そのついでにこの世界の終わりが近いのか知る指針の役割も担ってもらおうかと考えている」


 その言葉に、矢継ぎ早にホーリーが異を唱えた。


「それはあなたの思い過ごしじゃないかしら。まだ世界はそこまで切迫しているとは思えないんだけれど」


「それはわからねえぜ」呟くような男の低い声がひねくれた口振りで響いた。ロウシュだった。


「あんなものはいきなり何の前触れもなく起こるんだ。まるで時限爆弾のようにな」


 すぐさまフロイスが、難癖をつけたロウシュにやや声を荒げ気味に反論した。


「馬鹿言いやがれ。かつて私等がレーベルの頼みで、わざわざ汚れ役を引き受けたのは何の為だったと言うんだ。こちらの寿命が少なくとも尽きるまで続いて貰わないとと思って協力したんだぞ!」


「そうよ、何言ってるの、ロウシュ」そこへホーリーまでもが冷ややかな視線で参戦して加わると、お姉さん口調で軽くたしなめにかかった。


「私達が休業している間に世界が大きく変わったとでも言いたいの? いかにあなたがへそ曲がりだと言っても、そんな根も葉もないこと言ってあおるものじゃないわ。話が進まないじゃない。ゾーレだっていい迷惑よ」


 そう言うと「ねえ、ゾーレ」とゾーレに向かって確認を取って来た。


「ああ。まあな」


 いきなり話を振られてゾーレが戸惑い気味にぼそぼそと応えると、当のロウシュは隣のゾーレの横顔を苦笑いを浮かべながらちらっと見て「えへへへ。悪い、言い過ぎたかもな」と謝るや、けろりとした顔で早々と引き下がった。そのあと、人目もはばからずにあくびをしたところを見ると、どうやら全く懲りていないようだった。

 このままでは話がまた変な方へ向かいそうだな。そうピンときたゾーレは、


「これは例えばの話で言ったまでで、俺だってそうなるとはこれっぽっちも思ってない。まあ、そういうことで」


 そう言って話を丸く収めにかかった。するとホーリーがそれに納得したしたように頷いた。


「なるほどね」


 途端に他のメンバーも右にならえと言うように揃って首を縦に振り、受け入れていた。

 ああ、やれやれ。ゾーレが息をついたのも束の間、そこへまたしてもホーリーが天を仰ぐと、

  

「それにしても、妹が人類存亡の中心にいるなんて分かったら、パティーったらどんな顔をするかしら。見ものだわ」


 などと呟いて、にこっと品良く微笑んだ。するとその言葉を受けて、隣のフロイスが、


「ふん、なるようになるさ。とかくパティは変なことには信じられないくらい気が回るくせに、ここぞという重要な話にはからっきし反応が鈍いからね。分かっているようで分かっていなくって、後で思い出してびっくりして大騒ぎするたちだからね。そんな性格だから、この世のカラクリを知ったところで、もはやじたばたしても手遅れということで別にどおってことない、心配いらないと思うけれどね」


「確かにそうかもね。それに彼女は曲りなりにも医学の心得もあることだし。それ相応の死生観も持っていると思うから、そんなに取り乱したりはしないかもね」


「まあ、あいつは何といっても気が強くて怖いもの知らずだからな。それにあいつは人の身体を機械部品の集まりのようにしか見てねえんだ。そんな精神状態なんだから、何を聞いてもビビりやしねえよ」


 などと三人は口々にそのような勝手な言いたい放題のやり取りをしていった。

 その間、他のメンバーはというと、またいつものことだからとほとんど気にする素振りもなくしばし呑気に静観していた。

 会議は大体この三人が取り仕切る形で進行するといって良く。何もしなくても訊きたいことはほとんどこの三人が都合良く代弁してくれ、必要最小限に口を開けば事が足りていたことが、そのような風に沈黙していた大きな理由だった。


 しばらくしてようやくパトリシアの件がにぎやかに落着して平静さを取り戻したのを見届けたゾーレは、ほっとしたように目の前に広げていたファイルの中身(例の陸軍基地に居た最終日の夜に、二人の男女と話をした会話を録音した端末を、その男の方から提供を受けて文字に起こし書面に箇条書きにしたもので、その時話した内容が克明に書き留められていた)に目を落とし、改めて口を開いた。


「それでだ、いよいよチームを再開して何をやるかなのだが……」


 そう言うと、資料を棒読みしながら例の陸軍基地で起こったあらましを語っていった。


「みんなも大体のことはここにいるホーリーを始めとしてロウシュ、フロイスから聞いていると思うが、ここでもう一度繰り返すと、つい先日のこと、陸軍第二十七師団の基地内で開かれた風変わりな野外イベントに、ふとした縁で俺達が乗り込んで最後まで勝ち残り大金をせしめた出来事は、実は非科学協会が俺達をおびき寄せるために仕組んだ企み事で、その目的とは俺達とコンタクトを取りメッセージを伝えるというものだった。

 そしてそのメッセージとは、<あれから協会は一新されて新しい執行部が誕生した。新しく生まれ変わった執行部は旧来の体制の見直しを図り、その一貫としてそちらへの対応も百八十度変わることとなった。

 今の現体制は、旧体制の主な幹部が殺された件について、何の遺恨もわだかまりも持っていない。よってとがめる気はさらさらない。それより寧ろ、以前のような友好的な関係を築きたいと願っている。

 そういうわけで、お互いに過去のことは全て水に流して再び協力し合う関係を構築することについて、是か非かの回答が欲しい>という趣旨のものだった。

 もちろん俺は、余りに唐突な申し出だったために、それについて少し考えさせて欲しいと即答を避けたが。

 そのついでというか、協会のエージェントに成り行き上頼まれて、同じ現場で二人の政府の役人と話す巡り合わせになってしまってな。

 二人は三十がらみの若い男と、四十をちょっと過ぎたぐらいの中年の女で、それぞれの名をミルトン・エスターバ、リーズ・ポーターと言い、その関係はお互いに親戚同士で、事情があって俺達に会いにきたと言うんだ。

 その二人が自己紹介した役職というのが、男の方がええと、内務省勤務の技官で情報技術局課長代理の職にあり、女の方は国防副大臣と軍の副事務官の兼務をしているということだった。

 それを聞いたとき、二人ともそれほど身分が高いとは思えなかったので、始め誰かの代理でやって来たのかと思ったんだが、よくよく話を聞いていくと、どうやら二人は世界各国で幾つもの支部を構えていて、その国の政府にも顔が利く国際機関のような大きな組織に属しているらしく。俺達への要件は、案の定、その組織の依頼で来たということだった。

 その向こうさんが評論家連中がのたまうように言うのには、今この世界は人種間・民族間の対立や宗教観の違いや領土・資源・独立をめぐる問題だとか、はたまたしょうこりもない大国の覇権的主義主張のために人同士或いは国同士が紛争を繰り広げ、次々と自然が破壊され尽くされ段々と住めなくなって来ている。それを先々の将来のことを考えれば、何とかしてやめさせなくてはならないのだが、手っ取り早く武力で解決しようにも、断固として反対するひねくれ者の国家が必ず存在することや最新の大量破壊兵器のことを考えるともはや不可能に近い。といって、話し合いではもっと不可能と言わざるを得ない。

 それではどうすれば良いかと考えると、数人から数十人の目障りと思われる人間をどうにかしてしてしまえば、事態は上手く運ぶという結論に落ち着いたというんだ。

 つまり、そのターゲットに向けて暗殺と脅迫を交互にミックスさせるようにして話に同意するように仕向けるというものだった。

 とはいえ、組織には情報通や政策通や交渉のプロは幾らでもいるんだが、本当の意味での裏の仕事をしてくれる適当な人材がいない。

 それで、みんなで手分けをして、警備の厳重な建物へ楽々と侵入できて誘拐から暗殺破壊工作と、何でもできる人材を捜し出すために政府の特務機関のOBやら地下組織を色々とあたっていたら、全く偶然にも政府の機密文書を覗く機会があって俺達のことを知ったらしいんだ。 

 ま、率直に言うと、俺達を良いように利用して自分達の思い通りになる世界を作るのが夢みたいで、(非科学)協会と何ら変わらぬありきたりな要請に、もうあと一つの協会の動静が気がかりだった手前、俺は適当に冷たくあしらってやって、協力する気など毛頭なかった。

 そんな中で、向こうさんが提示してきた条件は、要請による出動は一年にそう大した数てはない。あっても年に二桁はいかないだろう、しかも不定期になるということで、そのため一年の大半は待機期間となる。また要請する場合は前持って連絡を入れるから、それ以外の日は自由にして貰って構わないということだった。もちろんその間も報酬とは別に待期料の名目で一定額の費用を支払うという話だった。

 あと報酬の件は、出動一件につき幾らと云う具合で払うと言ってきた。額は仕事の内容次第で、基本プラスアルファーと言った具合に上乗せしてその都度変動するそうだ。もちろんこちらもその方が良いと言っておいた。また成果が上がったときには特別にボーナスを支払うとも言っていた。何から何までこちら側に有利な条件に、初めどういう魂胆なのかと疑ったんだが、話をしていくうちに俺達のことを余程買っているからそのような好条件を出すのだろうとピンときてな、何でもないごく普通のかけ引きをして話を受け流し、何となく興味があるように見せかけおいたんだ。チームは長らく休業状態にあったから、みんなの同意がいるなと思ってな。

 ところが何としたことか、パトリシアから話があったとき、これはいよいよ冗談でなくなって、腹を決めたという具合だ」


 そこまでゾーレは一挙に話すと、全員の顔色をやや硬い表情でうかがうようにして問い質した。


「どうだろうな、みんな」


 けれども誰からも返事はなかった。自由気ままな仕草で含み笑いをしたり、にやにやしたり、にこっと微笑んだだけだった。

 このようだと全員が賛成みたいだな。

 言葉にせずとも暗黙の了解により同意が得られたと判断して、ゾーレはほっと息をつくと、


「ではみんな。合意と言うことで」


 そう口にして、次の話題へと話を持っていった。


「さて次の議題だ。ロザリオという組織名のことなのだが……。実は再度活動を始めるにあたり、新しい名前にしてはどうかと思うんだ」


 続けて持ち出したのが、彼等の通り名“ロザリオ”の名称の収拾で、それにははっきりとした下地があった。

 そもそもロザリオという集団は、あくまで秘密裏に活動するすることを旨として結成されたという特殊な事情から、組織名もその存在も知るのは組織したシュルツとその関係者と依頼先のごく一部の人間のみで、誰にも知られることのないように隠されていた。そのため、世間一般には、全くと言って良いほど無名の存在で。世間に認知されたのは、後にも先にもあの例の忌々しい事件が起こった直後が最初でそれ一度きりであった。

 そのとき、シュルツ等支援活動に携わっていた一団並びにそこに居住して支援を受けていた何百万と言われる難民を襲って虐殺した者達のみならず、自分たちをワナにはめて殺そうとした者達に復讐するにあたり、誰がやったかを知らしめるために、十字の印を刻印した犠牲者の遺体や首飾りを付けた聖母マリアの上半身のポートレートやロザリオを手に祈る聖人のイラストと共に犯行声明を記したチラシを、犯行現場の目に付く場所に貼り付けて、わざと証拠を残していた。


 そのようにして“ロザリオ”という組織の名とその存在が、初めて世間に認知されることになった訳であったが、被害を被った当事者側としては、事件が公になっては危機管理ができていないと問題になるからとか、わずかな手勢により多大な被害を受けたとあってはメンツが立たないとかの理由で、そういう事実はなかったと隠蔽したり、あるにはあったが被害は微々たるものであると事実をわざと過小評価していた。

 ところがどのように事実をひた隠しにしようが、その現場に偶然居合わせてそれらの状況を目撃した者達や生き残った生存者がいたこと、決定的瞬間を捉えた記録映像が残っていたり、たった三日という短い期間内で世界各国にまたがって起こった大きな出来事であったこともあり、いつかはどこからか漏れるもので。それからしばらくして信頼できる情報筋から出たという話では三十万近い人命が奪われたのは紛れのない事実のようであった。

 ともかくそのようにして仕返しをしたロザリオのメンバーは、予定通りに活動を休止して人知れず姿をくらましたのであったが、ただ一つ計算違いが生じていた。

 それ以後、表の世界の方は各国の情報統制のおかげで何事もなく月日が流れたが、裏の世界ではそうはいかなかったのである。

 ロザリオが行った犯行の手口をほとんどそっくりに真似た、行方不明・失踪事件や理由が全然見当たらない通り魔殺人や凄惨な無差別爆破テロや誘拐殺人や見境のない強盗殺人が、裏社会のどこかでいつも起こり続け、そのうちの犯行の手口が大胆不敵で犯人が特定できそうもない鮮やかなものは全てロザリオがやったという噂が独り歩きして、ロザリオを評して、裏の世界のルールもわきまえない無頼の衆と悪い意味での有名人となってしまっていたのだった。

 そのことをいつも気にかけていたゾーレは、組織名を変更することで悪い噂を一掃しようと考えて“A6666”と云った、アルファベットの大文字のAに数字の6が四つ並ぶという名前を“ロザリオ”の名称の代案として挙げると、その理由を簡単に説明していった。


「最初の大文字のAは最高とか最上の存在という意味で、次の6の数字は六人の6でパワーを持つという意味。また6が四つ並ぶのは、昔から知られている666と云った獣の数字とか悪魔の数字と言われている数字の羅列のそれ以上を行くことを現わす。ついでに6のスペルは続け書きがし易い数字であるところから決めたんだ」


 ところが全員のそれぞれの反応は、余り気が進まないのか、ゾーレの思惑とは裏腹に素っ気ないもので。


「ゾーレ。せっかくだが遠慮しとくよ。わざわざ知恵を絞って考えてくれたのはありがたいけれど、今の方が世間に名が通っているし、仕事もやりやすいと思うのでね。それにこう言っては何だけれど、私等はこれっぽっちもやましいことはしてないからね。名前を変えて出直すと言うのは、まるで私等が悪者であるみたいじゃないか」とフロイスが異議を唱えれば、


「ナイヒルが名付け親のロザリオの方が、俺としちゃぁしっくりいくと言うか気に入っているんでな」とロウシュが同調し、ホーリーまでもが、


「中身は結局一緒なのに、名前だけを変えて出直すなんて賛成できないわねえ」と二人に共感したのだった。

 それどころか、途中で言葉を挟むことがほとんどない、他のメンバーまでもが口々に、


「名は体を表すと言う。その点からいえば、そこまでこだわる必要はないだろう」「それって何の意味があるの? 無理にこじつけているようにみえるんだけれど」「みんなの言う通りだ」


 そう言って、はっきりと三人を支持していた。

 一方、余り色よい返事が出てこなかったことに、ゾーレはいつものごとく無理に主張を押し通そうとはせずに、「みんながそう言うのなら、俺もそれで構わない」と直ぐに気持ちを切り替えて軽く頷くや、「そうか、じゃあこのままでいこう」と、あっさり同意。広げていたファイルを閉じると、いよいよ話のまとめに入っていた。


「話は以上でお終いだ。すぐにでも戻って、一度向こうに連絡を入れてみて、正式に決まったらもう一度集まって貰って詳しい打ち合わせをしようかと考えている。あとはここで親睦を深めるなり、帰るなり、みんなの好きなようにしてくれたら良い。みんな、ごくろうさま」


 さばさばとした表情でそう述べたゾーレに儀礼的な拍手が少し間をおいて誰ともなくぱらぱらと起こり、周りが何となくほっとした雰囲気に包まれると共に、仲間内の会議は無事終わっていた。

 その数分後。ゾーレを始め、後からやって来た者達が一斉に席を立つとテーブルの上を一通り片付け、揃って足早に姿を消していた。どうやら、やって来たのと同様に一緒に帰ったらしかった。

 もうその頃には、大きな格子窓から見える外の景色は茜色から目が覚めるような紺色に変わりつつあり、遥か彼方の空には星が微かにきらめいていた。それにつけて、日中のさわやかな風はいつの間にか止み、室内は少し生暖かく感じるようになっていた。

 一方、「私等はもう少しここでいることにするよ」と言って居残っていたホーリー、フロイス、ロウシュの三人はというと、再びにぎやかに他愛のない話に興じていた。


「明日の予定だが、朝一番に島から木とつるを調達してきて、それで囲いを作って、そこの中へ島で増え過ぎた羊とヤギを適当にひっ捕まえて放り込むんだ」


 この無人島の維持管理を一手に引き受けていたフロイスの言葉に、二人が分かったと小さく頷く。


「それで捕えた羊とヤギはどうするの? 全部食べるわけ?」


 そこへわざと意地悪そうに尋ねたホーリーに、当のフロイスは首を軽く横に振り、「それはあり得ないだろう」と否定すると言った。


「まあ、何頭かはみんなで手分けしてさばいてから干し肉と塩漬けにして、ここでの食料備蓄にあてるつもりでいるが。残りはそのままにしておくわけにはいかないから好きなように持ち帰って貰おうかと考えている。そうしないと増えすぎた羊とヤギによって島全体の草木が食べ尽くされて、島が草一本生えていない岩山と化してしまうからね。

 そのあとはどうしようと勝手だ。そのまま飼おうが、あとで食べようが、売り飛ばそうが、誰かにあげようが自由にすれば良い。

 私は、いつも世話になっている知り合いのところに持って行ってやることにしているんだ」


「そう」ホーリーが品良く微笑んだ。「そういうことなら、十頭ほど貰って帰ろうかしら。自宅の周りに雑草が生えるのが早くってね。それで困っていたところなのよ」


「ロウシュ。お前はどうするんだい?」


「俺か? 俺は配る相手が今のところいねえからなあ。それに飼ってみたいとも思わないからな。まあ、相棒の餌用に貰っておくよ」


「ねえ、フロイス。それが終わったら次はどうするの?」


「そうだな。好き勝手なことをすれば良いと言いたいが、それじゃあ三人で来た意味がないからね。

 山の頂から下の景色を眺めながら昼寝や日光浴をしても良いし。島には私等がまだ足を踏み入れていない遺跡が結構あるから、そこを探検しても面白いし。崖下の岩場で大物釣りに挑戦しても良いし。波の静かな沖の方でスキューバーダイビングを楽しんでも良い。日が暮れたら暮れたで真っ赤な夕焼けを見ながら一杯やったり、久しぶりにここの施設を利用して体のメンテナンスを行っても構わない。何でもお好み次第だ」


「そう」ホーリーが分かったと呟いた。「じゃあ、どうせここではそんなことぐらいしかできそうにないのだから順番にやってみてはどう?」


「そうだな。それもありかな」


「ところで私、ここへは水着もダイビングの装備も持って来ていないんだけれど……」


「なーに、魔法を使って手足を魚の鰭のように変えれば良いだけだろう。お前なら簡単にできる筈だ。なあ、そうだろう」


「ま、それはそうだけど。じゃ、あなたも同じようにするわけ?」


「いいや。私は別に変身するわけでもないし、何か装備を付けるわけでもない。すっぽんぽんさ。裸でやるよ。その方が動きやすいし。それに素潜りは得意だからね。おまけにここの場所を知るものは私等と渡鳥以外には誰もいないのだからね」


「あ、そう」


「ホーリー。お前は知らないかと思うけれど、この辺の海は潮の流れが複雑になっていて、大小色んな魚が群れで泳いでいるんだ。その魚群の壮大な泳ぎと言ったらそれはそれは見事なんだぜ。ずっと見てても飽きないんじゃないかな。たまにはサメやシャチやイルカがそれを食べに来たりして、非常に面白いんだ。

 他にも、例えば海の底を探索するとまた別の面白い発見ができるんだ。古代の遺構なのだろうな、平らな石畳や柱や壁みたいなものが普通に転がっていたりするからね。

 海底散歩を飽きるまで楽しんだ後は、そのついでとして、その日の食料の調達だ。モリを使ってエビやヒラメやアナゴを獲るんだ。面白いぞ」


「そう」


「周りが海だし、何ならちょっとした魔法実験もここではし放題だしな」


「ああ、そう。それなら……」


 そのような会話が二人の間でごく自然に延々と続き。そんな二人を、もはやお手上げと言う風に視線を宙に泳がせながら、ロウシュはしばらく知らんぷりを決め込んでいた。やれやれ、これだから女同士の長話は嫌なんだ。

 だがそのうちに何を思ったのか二人に振り返ると、苦笑いしながら、「おい、そろそろ支度をしようや」と二人の会話に割って入るように優しく声を掛けていた。


「もう潮時だぜ。早くしねえと、外が真っ暗になっちまうぜ」


 その呼び掛けに、二人はロウシュの了見を直ぐに察したのか話を中断してロウシュの方に向き直り、


「そうね。まだお酒も食べ物も残っているいるから、これにもう少し色を付けると今宵は宴会ね」


 ホーリーが目を細めてそう返したかと思うと、ベンチの背もたれに悠然ともたれたフロイスもにやりと微笑むと軽快な物言いで、


「ああ分かった。向こうに置いてきた肉と魚をここで焼いてぱっとやろう」と言い添えた。


 実はここで二、三日ゆっくりしようと言う話が、既に三人の間ででき上がっていた。

 三人とも呑気なもので、あとは野となれ山となれといったところだった。

 しばらくして、そんな三人もまた部屋から去っていった。食材とバーベキューコンロを外まで取りに行ったのだった。

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