第32話

 その頃、他の控え用の部屋と寸分違わぬ構造をした部屋内では、ベンチシートに足を組んで腰掛けた赤毛の女性が、前屈み気味にテーブル上に頬杖をついていた。彼女の全身から、ややきつめの独特な甘い香りが匂っていた。パトリシアだった。

 昨日、ロウシュに指摘されたことが不意に思い出されて、呑気に悪態のようなものをついていたのだった。


「ま、確かに私だって本物と言われて見ればその通りだけど、もうそれは五年以上も前の話よ。それじゃあ、どうすれば良かったのかしらねえ? これでも入念に考えてやったつもりなのよ」


 彼女は、頭の髪から足元のハイヒールに至るまで全て赤ずくめに決めていた。一昨日の昼過ぎからずっとこの姿だった。


「あいつったら、私の苦労が全然判ってないのよ。ほんと、私ってどうしてこうも苦労性なのかしらねえ」


 そんなことを、どことなく冷たく感じる打ちっ放しのコンクリートの壁を、気の抜けた表情でぼんやりと眺めては呟いていた。

 そんな彼女から退屈そうなため息が漏れた。


「嗚~呼、……」


 少し前まで彼女の視線の先には、青年が腰掛けていた。

 それを裏付けるように、テーブル上には彼の飲みかけのペットボトルが置かれてあった。

 そして彼女の側には缶ビールが四本、無造作に置いてあり。そのうち一本は、既に開いていた。またその直ぐ横には一口サイズのチキンナゲットが山盛りに盛りつけてあった。

 パトリシアは頬杖を崩して未開封の缶ビールを手に取ると、蓋をそっと開け、少し目を閉じて静かにビール缶に口づけた。爽快な苦みが喉口に広がり、自然と長い吐息が漏れた。

 青年が出て行ってからずっとこんな風にしていた。

 確かに心配は心配であったが、もうここまで来た以上は逃げられないと腹をくくってさばさばした気持ちで、チキンナゲットをつまみながら昼日中からビールを飲んでいた。

 開始するまでが手間取るようだけど、一旦始まれば十分間くらいは直ぐに過ぎるからと、青年が無事で戻って来るのを信じて、じっと待っていた。


 一人でいるには明らかに広過ぎる無機質の室内は馬鹿に静かで明るかった。

 不意にパトリシアはチラッと横を伺い、直ぐに黙って視線を逸らした。そこにはテレビモニターの機器が置かれていた。そしてその前に可愛らしい姿をした二匹の小動物が、二体の縫いぐるみが置いてあるかのようにちょこんと座って画面を覗き込んでいた。白と茶の毛並をしたビーグル犬そっくりな小型犬と亜麻色の体毛をした拳二つ分ぐらいの大きさの小さな尾長猿で、二匹の毛並が照明の光で映えて綺麗だった。二匹の実体を知らない者が見たならば、愛くるしく微笑ましい光景に見えていたに違いなかった。

 実のところ二匹は、非常に凶暴な肉食獣といって良い存在だった。しかもこの世において、人の霊肉、つまり人間の肉体と霊魂を常食とする魔物だった。

 だがその能力というと、変幻自在という言葉がぴったり当てはまるものだった。目に見えない空気には化けることができないが、それ以外なら何でも姿を変えられるのだった。しかもそれに加えて、いかなる攻撃を受けても痛みを感じない上に直ぐに身体を再生することができるという、いわゆる不死身の能力を持っているらしかった。

 要するに二匹の魔物は、どんなにリスクが伴っても自身の身の安全を図るために利用価値があるのなら利用しない手はないと、ロウシュから借り受けたのだった。

 そこには、このような派手な姿でいる以上、きっと本物を仇と狙っている者達の目に付いているに違いない。もしそうであるなら、いつ何時襲われるとも限らない、といった危機感があった。

 

 今頃は、青年が戦っている筈だった。けれど、血生臭い見世物を見て楽しむという趣味はなかったパトリシアはテレビモニターをずっと見ていなかった。見ているとハラハラして心臓に悪いからとの理由をつけて、二匹の小動物から結果だけを聞いていた。

 二匹はその都度、解説と感想を交えながら答えてくれていた。実は、これは特別なことだった。

 全部で三匹いた魔物の性格は、契約者であるロウシュが扱いに困るほど、わがままで自分勝手で横柄だった。具体的に言えば、魔物のくせにプライドが高くて人間に指図や命令や注意されることを好まない。かなりの気分屋。加えて人見知り屋で気まぐれ屋、だった。

 ただパトリシアに言わせれば、総じて扱い難いことは確かだが、気分を害さないようにすれば案外あっさりと物わかりが良かったりする、だった。

 その彼女流のやり方というのが、このような風に、二匹の機嫌を損ねないよう好き放題にさせておく、だった。


 寝息を立てて眠っているときのような穏やかな息をしながら、パトリシアは足を組みかえると、閑散とした部屋をざっと見回した。そのとき、ビール缶を持った手と違う方を突っ張り棒にして上体を支える楽な姿勢を自然に取っていた。

 彼女の頭は空っぽになりかけていた。とはいっても、これぐらいの量では、まだふわふわした感じにはなっていなかった。

 彼女は、缶ビールの飲み口を再び口元に持っていくと、何も考えずにぐいぐいとあおった。そして思い出したようにビール缶をテーブル上に置くと、チキンナゲットへ手を伸ばした。向こうは向こう、自分は自分というところだった。

 すると、自分以外に誰もいない筈の室内にひそひそ声がした。明らかに人の声だった。

 一瞬、「誰?」とパトリシアは声がした方向へ振り返った。二匹の魔物の方だった。彼女は不思議そうにブルーの瞳を瞬かせた。妙なこともあるのね、と思った。

 互いにテレパシーで意志を通じ合っている二匹のことだから人の言葉で話す必要はない筈なのに、それがどうして人の言葉で会話する必要があるのか理解できなかった。それでも何とか理由付けをせよと言うのなら、この世界で人間と馴れ合って暮らすうちに、見よう見まねで人の言葉でも意志を通じ合う習慣がいつの間にか身に付いた、ぐらいしか思い付かなかった。

 ふとパトリシアルは、暇つぶし程度の感覚で耳をそばたてた。いったい何を話しているのかしら?

 

 聞こえて来たやり取りは、全く同じ声質で、「レッコウセキカか、あ奴も我等と同様、この世界に来ておるのか。それにしてもこの世も広いようでそうでもなかったことか」から始まり、「我々だけでなかったということだな」「あ奴に訊いてみなければ分からぬことだが、単独行動していたということは不思議なことよ」「奴め、用心の為に気配を完全に消しておる」「疑り深い奴だからな」「ああ。直接行っては我等さえも疑うに違いない」と続き、「ここは……」「そうだな……」で終わっていた。

 

 これだけでは何を喋っているのかさっぱり分からず、話の意味合いが見えてこなかった。だがそのことが、他に何もすることがなかったパトリシアに好奇の目をむけさせることになっていた。

 彼女は、二匹に向かって遠慮がちな笑みを浮かべると、「何か面白いことがありまして?」と首を傾げながら尋ねていた。何となく気になったからだった。

 すると二匹がチラっと振り返り、ほんのわずかな時間、お互いに顔を見合わせたかと思うと、互いにニヤッと笑ったように見えた。そうして、先に小猿の方が口を開いた。体の大きさとは不釣合いな、良く響き渡るかん高い声が響いた。


「何だ、今行われている競技の状況を知りたいのか? まだ時期早々と思うが。終わってからで良いだろう」


「いいえ、そのことじゃなくって」パトリシアはやんわり否定すると言った。


「お二人で今、何を話していたのかと思って……。別に内緒話だったらそれでも良いんです」


「ああ、そのことか」小猿は改めて身体をパトリシアの方へ向けた。目鼻立ちが小作りな上に、両方の目がクリクリとしていて、思わず抱きかかえたくなるほど愛嬌があり可愛らしい印象があった。


「いや実は、ギガンテックが古くからの知り合いを見たというのでな、それについてちょっと盛り上がっていたところだ」


「……」


 なるほどそうだったの、とパトリシアは小さく頷いた。

 ギガンテックというのはカナリア風の小鳥の正式な名だった。ギガンテックトリガというのが本来の名前だった。ちなみに目の前の小猿は、ガイテックトリガ。小犬の方はノイテックトリガと言うのだった。

 小鳥の方はゾーレ達の方に居残っていたので、二匹はテレパシーを介してその情報を得たと言っているらしかった。その中、この世界で魔物をそうちょくちょく見かけることがあるなんて、と半ば信じられず。やはり魔物には同類を見つける臭覚のようなものがあるのかしら、と少々仰天した。が、顔に出さぬように一呼吸置くと訊いた。

 

「その知り合いって、誰なんです?」


「名をレッコウセキカと言って我等と同じセルファー(偶器)だ。この世界で言うなら同胞みたいなものだ」


「……」


 返事の代わりにパトリシアは再び黙って頷いた。三匹の魔物が自らを偶器と称していたのはロウシュを通じて既に知っていたことで、それほど驚かなかった。

 偶器とは、確か天界を守護する存在であって。天界では、番犬のような役割をしていたのだったわね。

 そのことをすぐさま心に留めた彼女は次の質問をした。


「それでどこで見たと言っているんです?」


「ここへやって来る途中だったそうだ。あ奴め、そのときどうやら我等と同様、人間と一緒にいたらしい」


「すると」


「ああ、そうだ」小猿はちょこんと可愛らしく頷くと言った。「この決闘に出る人間達に混ざっていたらしい。しかし残念ながら、あ奴が押した人間は敗退した」


「敗退したとは最初ですかそれとも二番目?」


「二番目の試合だ。場外へ吹き飛んだと話した人間がそれだ」


 ふ~んとパトリシアは思い返した。

 確か、若い子で、青っぽいパイロットスーツを着用していた……。

 すると突然、パトリシアの方に向き直っていた小犬が、小猿の横から口を挟んだ。

 

「あれは、グラファー(煌器)の一つと見て間違いないだろう」


 ところが小猿と全く同じ声質だったことや、二匹とも言葉を話すのに単に口を開けるのみで口を動かさなかったことで、パトリシアにはどちらが喋ったのかほとんど見分けがついていなかった。そのままスルーして聞き返した。


「あのう、その煌器って。それは何のことです?」


 その問い掛けに、パトリシアの顔を上目遣いで覗き込んだ小犬が応えた。


「この話は先ずロウシュに話すのが筋なのだが。パトリシア、お前に免じて特別に良いことを教えてやろう。煌器は、今やこの時代では失われてしまい存在すらしないようだが、かつてはこの世界でも使われていたことがあるのだ」


 そう告げると、ぼんやり耳を傾ける彼女に、静かにこう問い掛けた。

 

「パトリシアよ、お前につかぬことを聞くが、お前が生活するこの世界は、いきなりぽつんと現れたわけではない筈だ。長い年月に渡り、誕生しては滅亡していった幾つもの文明の積み重ねがあってこその世界である筈だ」


「ええ、まあ」とパトリシアは言葉を濁した。なぜそんな分かり切ったことを聞くの、何を言いたいのと不思議に思った。

 けれども小犬はパトリシアの反応など関係ないという風に更に続けた。


「それでは、遥か昔の文明の民により後世へ伝えられてきた伝承や記録の内容について、お前はどう考えている?」


「どうとは……」


「真実かそうでないか、或いは疑わしいかだ」


「もちろん疑わしいというのが常識ですわね。伝承や記録は、時を経るに従って色んな理由で改ざんされたり、一部や大部分が失われたりした不完全なものが多いでしょ。内容だって、幼稚であったり、空想的過ぎたり、誇張されていたり、或いは民族や権力者の地位確認やお仕着せの教え等の正当性を説いたものであったりと一概に信用に足るものでなかったりするでしょ。

 でもまあ、存在しないと思われていた人物や国家が実在していたことが後の検証で分かったりすることもあるから、その一、二割ぐらいは本当のことだったりして……」


 尋ねた魔物の意図は分からなかったが、何の疑問もなくパトリシアはすらすらと応えた。とある事情から歴史的な話題にかなりの知識を持っていた彼女にとって、何でもないことだった。

 魔物は小さく頷くと続けた。


「そうか。実は、これから話すことはその一、二割に当たることなのだが、煌器は、お前達には半ば空想的なものとしか思えない代物だったりするのだ。というのも、煌器が顕著に現れるのは、お前がそれほど信用に足るものでないと言った伝承や記録の中で見られる神話の世界であるからだ。その話の中において、登場人物である神だとか勇者と呼ばれる者達は、異形の姿をしていたり、巨人や小人であったり、自在に姿を変えることができたり、年を取らなかったり、楽器や舞踊や射撃の名手だったり、不屈の精神と肉体を持っていたり、昼夜眠ることを知らず疲れも知らず次々と目の前に現れる困難を信じられない力で解決して行ったりするが、それらに煌器は密かに関係している。

 なぜなら煌器は一見不可能だと思われることを可能にするからだ。例えば、大量の武器や食料や人員を格納できる入れ物の役目ができたり、遠方まで一瞬に運搬できる輸送の役目ができたり、武器の製造や修理ができるものもあったりする。また、形を自在に変えることができたり、場合によっては武器になることもできたり、生き物のように振る舞うこともできるのだ。

 煌器はそれだけ万能で素晴らしい存在なのだ。それなのに今回煌器の使い手が負けたのは、その力を十分に使えなかったのが大きいと言える」


 そう告げられてもパトリシアには、はっきり言ってピンとこなかった。話を聞いていると、何かしら凄いものであることは伝わったが、自分にとって果たして良い物であるのかどうかは全く持って分からなかった。

 彼女はぼんやりと頷きながら、一応納得した振りをして聞いていた。いつの間にか小猿の方が割って入って後を継いでいたのも知らずに。


「煌器はある意味、複数の働きが可能だ。そのことを考えると、レッコウめ、あの人間に数ある内の一部だけを伝えただけなのだろう。まあ、あ奴が教えなければ、人間ごときが直ぐに操れる代物ではないことは確かだが」


 そういった訳のわからない話を二匹の魔物は交互に話した。それをパトリシアは腕を組んで黙って聞いていた。次々と入ってくる思いもよらない情報に、そう言われてもね――と、突然フリーズして動かなくなったコンピューターのように頭の中は混乱しまくっていた。

 次第にパトリシアは、一般常識ある人々が直ぐに理解するには無理があるように思われ、ひとかどの哲学者か空想家ぐらいしか適合し切れないのではないかと考えられたこの手の奇想天外な話を聞くより寧ろ、二匹の理屈っぽい話し振りに注意を払うようになっていた。二匹は何となくゾーレの口調そっくりだったからである。さては二匹の魔物はゾーレの口癖をそっくりまねたのかも、と疑っていた。


 やがて、一通りの話が終わった頃。パトリシアは組んだ腕を解いて少し間を置くと、二匹の魔物の顔色をうかがうようにしてようやく口を開いた。

 

「お二人さん、煌器とかいうものの素晴らしさは良くわかりました。最後に、もう一度確認をするために質問させて頂いて宜しいでしょうか?」


 すぐさま魔物が揃って、「ああ」と返事を返した。パトリシアは、二匹の魔物に目を据えたまま微笑みかけると言った。


「ではお聞きします。レッコウ何かっていうのは一体何者で、どんな格好をしていて、どんな力を持っているのか、煌器というのはどこにあって、レッコウ何かとどんな関係があるのかをもう一度お応え願えませんでしょうか?」


「ああ、分かった」二匹がどちらかともなくそう口を開いた。「応えよう」


 パトリシアは目を細めた。

 わざと分かった振りをして必要な情報を相手側から訊き出すこの手法は、言っていることははっきり分かるのに内容の理解が追い付かない場合、彼女が良く使う常套手段だった。

 質問も、目の前の魔物は常に人間を見下していることと素直でないことを心得ていたので、全く聞いていなかったのかと二匹にへそを曲げられても困るからと、無難と考えたものを主にしたのだった。案の定、魔物は自覚がないまま交互に応えていった。しかも親切なことに、一言切り出すや否や、初めに述べたことより詳しく、更には訊いていないことまで淡々と応えていった。二匹の魔物にとって今日はあたかも特別の日なのかと思えるほどだった。


「レッコウセキカとは何者かと言えば、我等と同様、天界の住人だ」「あ奴の正体は情報解析と頭脳戦を得意とするのみでなく、歴とした戦線の強者でもあるのだ」


「どんな格好と言われても、この世界では異質過ぎて例えるものがないため困るのだが。それでも強いて特徴を述べよと言うのなら、一つの胴体に二本の手と四本の足を持ち、四本の足のそれぞれには鋭い爪と翼を持つ。口と鼻は一つずつ、目と耳は四つずつ。長い尾は全部で十三本ある。あと額には、武器へと転用する二本の長い触覚を持つ、ところか」「パトリシア、安心するが良い。お前達が目にする姿は四本足の小動物、そう、我等と余り代わり映えのしない可愛らしい姿格好をしている」


「ついでに言っておいてやる。レッコウは我等と身体の作りが違う。この世界の物質から構成されていないのだ。従って人間を始めとしてどのような生き物も草木も食すことはない」


「どんな力とは……。我等は他者の力に関しては全く興味がない。向こうも同様だ」「パトリシアよ、我等偶器は他の偶器に触れて自慢や評価をし合う習癖を持たないのだ」


「煌器がいずこかと言えば、負けて遥か遠方に飛び去ってしまった人間が着用していた青い衣装がそのものだ。あれこそが煌器が姿を変えたものだ」「ついでに言えば、煌器というものは、契約者の好みや意向に拠り変化する為、これと云った決まった形をしている訳ではないのだ」


「あ奴と煌器の関係については、我の憶測に過ぎないが、あ奴は身近な人間を煌器の契約者に仕立てて煌器を囲い込んでいる節があるのだ」「パトリシア、安心するが良い。性格上レッコウが表立って出しゃばって来ることは絶対ない。お前が交渉するのは奴が一緒にいる人間達だ。人間達が承諾すれば奴も従わざるを得ない」


 二匹の魔物が冒頭の話の中で、「あ奴は、どのような不測の事態が起ころうとも、それに即した対処を抜かりなく施している筈だから、どこかに吹き飛んでいった人間も差し詰め無事に生きていることだろう」と衝撃な発言をして、レッコウ何かという同族の魔物を高く評価していたのを、パトリシアは買いかぶり過ぎじゃないのとそれまで合点がいっていなかった。が、これらのことを聞くに及んで、何となく二匹の言い分が分かったような気がした。

 

 やがて全て応え終わった二匹の魔物が、最後に催促するように言った「これで良いか」の一言に、「良く分かりましたわ。うまくいくか分かりませんがやってみます」と応えたパトリシアは、テーブルの上に置いていた飲みかけの缶ビールへ手を伸ばした。そして一気に淡い琥珀色をした液体を、渇いた喉へ流し込んだ。

 次の瞬間、大きな吐息を一つ漏らしたパトリシアは一瞬身震いをした。二匹から視線を逸らした先には鉛色の壁がぼんやりと見えていた。


 結局のところ、良いことを教えてやるは、この魔物の場合、手に入れるのを手伝えと言っているようなもの。

 なぜロウシュでなくて私なのかは、暗に用心棒代を交換条件として要求してきたのだと考えると納得できる。

 ともかくも、交渉には直接出てこない・人は食べないと幾ら言われても、相手方に魔物が一枚かんでいることを承知で交渉しに行くというのは、これが初めての経験で、何となく気が進まないが、もはや引き返せないのは間違いのない事実である。


 そんな風に頭を整理したパトリシアは、今はとりあえずソラン君ことテオ君の勝利を確かめてから行動に移れば良いわ、と自分に言い聞かせると再び視線を戻した。そこには、目をクリクリさせて満足げにこちらを見ている二匹の魔物がいた。


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