第25話

 山型や半月型をした倉庫がずらりと軒を連ねる一帯。そのちょうど中央には、片側一車線の道路が走っていた。その道路を、倉庫が途切れてから山手に向かって五分ほど歩いた先に、その施設、通称名”地底人の秘密基地”はあった。周辺はひと気のない荒れ地で、完全に緑が絶えていた。そのような場所に、有刺鉄線のフェンスと堀と堤に囲まれて、目立つこと無しにぽつんと存在していた。

 その外観は、四角形をした深皿を思わせ、その周りを取り囲むように鉄筋コンクリート製の壁と平屋の建物が建っていることから相まって、中に水を満たして貯水池とその関連施設だと言われても、何ら違和感を感じさせないものだった。

 建設されたのは今から数十年前、基地自体ができて百年経っていなかった経緯でそれ以上古くない筈だったが、その辺りはかなり曖昧だった。それというのも、基地の敷地内に造られたというだけで、それを実際に造ったのは別の機関だったからである。時を経て、何らかの諸事情があり、基地の所有となっていたのだった。

 故に、当時そこで何が行われていたかについては、基地はあずかり知らぬことだった関係で、全てやぶの中だった。いやそれどころか、今をもってしても、その用途が何であったのか不明のままだった。

 無論、施設が基地に引き渡され、基地の所有物となったとき、内部や周辺の検証が行われていた。

 そこから分かったことは、施設全体が必要以上に頑丈に造られていたということだった。

 具体的には、全てに渡って鉄筋コンクリート製であった。施設に付属していた建屋の壁が、どこにおいても五フィート(1.5メートル)近い厚みがあった。出入りする扉は鋼鉄製か特殊コンクリート製で、銀行の金庫の扉ぐらいの厚みがあった。

 その他にも構造が複雑で特殊だった。

 それはどういうことかというと、地上から底の方まで百フィート(約30.5メートル)以上の深さがあった。その上、地上部にも三十フィート(約9メートル)ぐらいの高さの壁が設けられ、周りを覆っていた。

 建物の地下を、迷路のように通路が走っていた跡があった。なぜ跡かというと、通じていたと思われる空間が、全てコンクリートと土砂で封鎖されていて、途中で行き止まりになっていたからだった。

 大型重機が楽に乗るタイプから普通に人が乗り降りするタイプまで、全部で十六基ものエレベーターが設置されていた。

 独立した電源供給ユニットが複数設置されていた跡があった。しかも大容量のものを使っていたらしく、残されていた配電盤の規模や電線・ケーブルの許容電流値などから判断すると、その容量値は十メガワットぐらいの出力があることが推定された。

 それ以外にも、付近の地下から偶然見つかった住居跡から、常時数百人の人々が施設に係わりを持っていたことが判明した。

 それらのことを全て考証して先ず考えられたのは、核兵器の応用実験、若しくはそれに準じる兵器開発実験が行われた、だった。だがしかし、施設内及び周辺部から、それ程強い放射能が検出されなかったことで、直ぐに否定された。

 それで、次に想定されたのは、俗世界から隔離された環境に施設は置かれていたことや、周りをことのほか厳重にしていたことなどから、何らかの罪を犯した罪人を監禁する目的で利用されていた。そしてそこでは非合法な拷問や人体実験が繰り返されていた、だった。

 その当時、よその国において、生命倫理や人の人格を無視した生体実験、新兵器の開発実験が密かに行われ、対象となった何万人という囚人の命が失われたとするセンセーショナルな事実が、秘密文書で明らかになったことから憶測したものだった。

 しかし、はっきりした証拠が出ないことには、太古の生物の化石を目の前にしてその生物の色が何であったかを議論し合うのと同じで、結局のところ、結論は出なかった。そのまま今日に至っていた。

 その間に、そこでは頭のいかれた科学者の指導の元で異常な実験が繰り返されて、数多くのモンスターが造られた。いや、秘密処刑場として使われたのだ。いや、そうではない。多量に出た世間に出せない死体を密かに運び込んで大量処理する火葬工場に使われたのだ。いやいや、そうではない。秘密機関が宇宙人に用意した住居だったのだ、と云った有りもしない噂が飛び交ったこともあった。

 だが検証が済んでからは次第に忘れられた存在となり、長らく周辺区域を立ち入り禁止にしたまま利用価値のない長物として放置されていたのだった。

 ところが最近になって軍事予算が政府の緊縮財政のあおりを受け縮小していたこともあり、訓練に使えるものは有るもので賄おうという風潮が基地内で高まり、この施設も単に放置して措くのではなく年に数度であったが部隊の一部が訓練に使用するようになっていた。

 そういうわけで、そう云ったいわくがあったこの施設が格闘場の代替場所に選ばれたのも、それほど唐突なことでなかったのである。


 重機運搬車、土木工事用トラクター、コンクリートミキサー車、ポンプ車、資材運搬車等の大型建設車輌と人員輸送車とからなる、総勢四十五台の長い車列が現地へ到着したのは早かった。空は薄暗く、夜はまだ明けていなかった。

 実は、これを言い出した基地の司令官が思い違いをしていたからだった。施設の深さは、成る程その通りだったが、面積は彼の考えの約四倍の規模があったのだ。だが何がどう転ぶか分からないもので、指揮を一任された女性の大佐が、その規模を二百人の兵員で、しかも六時間以内でやるには明らかに時間が足りないと気を利かして、建設車輌の追加とさらに人員を六百名増員した上で、数時間早めにやって来ていたというのがてん末だった。

 予め打合せしていたのか、必要な機材を下すと、兵士達は一斉に機敏な動きで作業に取り掛かった。

 そこら中に工事用ライトが灯され、眩い明かりの元で、十数人が一組となって周りに散った。

 先ず彼等は、大まかな施設の掃除を開始することから始めた。施設に常設されていた折り返し階段を伝って施設の一番底の方まで下りると、持ってきた爆薬を広い各所に仕掛けた。しばらくして闇の中に響いた爆発音・火柱・噴煙と共に邪魔な物が全て撤去された。

 次に、これも施設に常設されていた戦車でも運搬可能な作業用エレベーターを使い、作業車を底の方へ下した。

 すぐさま運び込まれた土木工事用トラクター、ショベル車、リフト車、ローラー車などが、ヘッドライトで辺りを照らしながら整地作業に取り掛かった。先ず各種兵器の衝撃に耐え得るようにするために一旦土の地面を掘り返すと、そこへ凝固剤・防塵剤・不燃剤などを注入。再び埋め戻すと、上から念入りに圧し固める作業を開始した。

 同じ頃、地上部では周辺に足場が組まれ、施設の建物や壁面の補修に取り掛かった。

 ダムの壁面に似た切り立った壁の部分では、下に下したロープ伝いに各人が電動のこぎりやコンパクトな火炎放射器を使用し、壁面や底の地面辺りにちらほらとはり付くように生育していた植物を伐採したり焼却していった。

 別の組は、各所に配置された防火設備や扉の点検に回った。

 相前後して、プログラムDの指図に沿い、東西南北の位置に電波塔風の鉄塔が建てられた。鉄塔の最上部の位置には、ビデオ映像と時計とタイマーがスイッチ一つで入れ替わる巨大な表示盤が取り付けられた。目立たぬように連動式監視カメラがあちこちに設置された。

 ちなみにプログラムDとは、他の基地に比べて女性の比率が高い上に研修目的での人の出入りが比較的多いという特色があった基地が、彼等の福祉の増進や団結や交流を図る目的で開催していたレクリエーションイベントの施設を設営するノウハウの一つ、アルファベットのAから順にシステム化されたプログラムの一つだった。簡単な例を挙げるならば、ボクシングやレスリング競技を披露するイベントを開催するとした場合、開催場所へリングや観戦会場を設営し、イベントがコンサートであれば舞台や照明や音響機器を会場に指定された場所へ設営し、運動会のような多目的競技を開催する場合は使用する小道具の準備や実況本営の設営をするといったマニュアルのことだった。

 そして今回は、多目的競技の指定で小道具は必要ないという設定だった。

 

 その中、五人ぐらいの取り巻きを引き連れ、あちこち歩き回りながら、青写真が全て出来上がっているかのように必要な指図を与えている人物がいた。その任務の責任者にほぼ間違いなかった。人手が不足していると見えた現場に次々と応援が他の部署から追加されていったからだった


 施設は巨大であったが、長い年月を経てもそれほどボロボロではなかったので、夜が明け陽が昇った頃には、作業は粗方終了していた。そして最後の仕上げとして、耐熱性の廃油が白いペイントに混ぜられて施設全体に塗布された。それまでくすんだ灰色だった壁面が明るいベージュ色に変わり、見栄えがぐ~んと良くなった。

 正午過ぎには、急造であったとはいえ、かなり立派な競技場が出来上がっていた。 

 

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