第5話 臆病な小説家


あたしはペンケースを開けた。中にはたくさんのカラー水彩ボールペン(もちろん超ほそいやつ)と、シャーペンが何本か。消しゴムとラインマーカー、シャー芯とか入ってる。

なんとなく軸がピンクのシャーペンを選んで、取り出した。

シンプルなデザインが気に入ってたんだけど、よくいくお洋服屋さんのシールを貼ったらめっちゃかわいくなった。超かわいい。


カチャカチャカチャ。


芯を出す。



机の上にはキャンパスノート。昨日みつけたピュレグミとのコラボのやつだ。

シャーペンを持ったまま右手で頬杖。


これから、あたしはお話を書こうとしている。

そんなことって、小学校の時に「絵を見てお話をつくる」ってことさせられて以来のこと。



お話をつくるってどうすればいいんだろう。


教室の隅っこで、髪が真っ黒でボサボサの子とか、メガネが汚れてても平気な子とか、何人か集まって何かよくわかんないキショイ妄想語ってたりするけど、あれとは違うよね。妄想と物語は違うよね。アレは正直キモイ。みんなでドン引きしてるわけだけど。

別に差別してるわけじゃないし、あたしらも妄想話したりするけど場所わきまえてるし。

それに身なりには気をつけてるし。ちゃあんと髪は染めてるし、化粧してるし。変な声出さないし。ウヒヒヒとか言ってんだよ? アイツラ。


つまり、そういうとこがキモイんだな。


ああいやそういうんでなく。あたしが言いたいのはそんなんんじゃなくって。



小学生の時にやった例の「絵を見てお話をつくる」ってやつ、隣の席にいた男子がすごいうまかったのね。

あたし、感動しちゃったんだ。

だってたった1枚の絵からどんどんお話が進んでいくんだよ。なんていうか、新しい絵を次々に見せられたような。元は1枚の絵なんだよ? そっから先は文章なんだよ。なのにそんななんだよ!

魔法使いみたいじゃんって思ったあたしは、どうすればそんなん書けるん? ってそいつにきいたんだ。したら、


「思い浮かんだことをそのまま書いただけ」


って言われた。



それってどういうことか全然わかんなかったけど、今ならちょっとだけわかる。



あたしはシャーペンの先を紙にあてた。

どんな文字からはじめようか。


そうだ、正直に感じたことを書いていこう。

なんでこんなことをはじめようと思ったか、そこから。


すっごい恥ずいから、あとで絶対みつからないとこにノート隠さねばならない試練が課されるわけだけれど、それはそれとして。



あたしね、今、好きな子がいる。

すごい可愛くてかっこよくて、声が心地よくて、指の長い人。

おしゃべりなあたしが、ときどき無口になっちゃうくらい。ステキすぎて見とれちゃうんだもん。

そしたらその子、気づいてわざと声をかけて話すきっかけをくれるの。

気遣いもできる子なんだ。すごいっしょ?


すらりと背が高くてさ、運動神経もよくってさ、成績もいい。カンペキじゃん。


だからやっぱすごいモテてて、あたしなんて雑魚よ雑魚。


でも、好きって気持ちは変わらないから

でも、どうしようもないから


そうだ。お話、書こうかなあと思ったわけ。こういうの、わかる?



ううう、あたしやっぱ女子だわ。




もうわけわかんない。


とりあえず、↑のことを書いておこう。


そこから先はあたしの自由な世界。

出来れば幸せな話にしたい。

紆余曲折ありながら、ときに喧嘩したり(したくないけど!)誤解したり(絶対やだけど!)しながらも、ずっと仲良くいられるような。


あの子の前では臆病なあたしだけど、

お話の中では何にでもなれるもんね。


そうだ、冒険するみたいなのもいいよね。

RPGの世界に入り込んで、あたしがあの子を守ったりさ。


で、ときどきこっちに現実世界に戻ってきたり。

戻ってきたと思ったらマジでそこが異世界で、いろいろあったりさ。


あ、いろいろ思い浮かんできた!


小学生の時、隣の子が言ってたのはこれなのかも。



現代文も古文も、文系科目だけはいいもんね、あたし。

書けそうな気がする。んー、あたしすごいじゃん。


とても小説なんていえないシロモノかもれど、意外と才能あるかもしれないし。天才かもしれないし、いままで才能がかくれてただけで。なーんて。



あの子の前では言えないけど、あんたのすごいきれいな髪に触れることもできないし、

よれたネクタイを締め直してあげるーなんてこともできやしないけど、

お話を書くことでなんか……なんか、勇気をもらえる気がする。


そして、あらためて大好きだって思うんだろう。


あたし自身、きっといろいろ振り返って自省することもあるだろうし、

ちょっぴり大人になれるかな。


えへへ。


まだまだシャーペンの動きは鈍い。

臆病な仔猫が、ダンボールからそっと顔をのぞかせているような。



でも、絶対、完成させてみせる。

誰にも見せないけれど、あたしは素敵なお話を書いてみせる。世界中で一番素敵なお話。


待ってろよ、自分。

新しい自分。


罫線の引かれたノートが、あたしを見つめる。

あたしも見つめ返す。



ここに、新しい世界が生まれるんだ。はじまるんだ。



さあ、もう一歩。

あたしはゆっくりとシャーペンを持つ手を動かし始めた。

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