さくらんぼバージン!~史上最悪のヤレナサー~

@bandanden

第1話 そんなサークル絶対入りたくねえよ

えっと彼女にフラれちゃったんでえ、なんか新しい出会いを、みたいな。


そんな感じすかねーぶっちゃけーとぴかぴか新一年生に混じってキャンパス内のあちらこちらを彩るたくさんのサークルの机出しを縁日のように見て回り舐められないよう精一杯チャラい風を装おうともがいていたかぴかぴ二年生の俺の背後を、


なまはげの集団が横切った。「きりたんぽきりたんぽ」


まあ、そりゃ、追いかけるしかない。


「モテん子いねが。もやしっ子いねが。眼鏡っ子いねが。卑屈っ子いねが」


血のようにすっげえ赤黒いすっげえ怒った鬼の面を被り、納豆のように体中に藁を纏った複数の人間が本物の大きな出刃包丁を持って、狂ったように机出しの中心で踊り出す。白昼夢に、悲鳴を挙げる女の子もいた。


「モテん子かわいがれ。モテる子タヌキ汁にしてまえ」


男も女もごった煮の五名のなまはげゲリラは踊りながら一列に並ぶ。真ん中の一番背が高く恰幅も良いアフロみたいな頭した親玉が号令すると、軍隊のようにぴたりと静止した。活気のあったキャンパスは静まり返っている。


親玉が鬼の面を取る。


ちゃんこ鍋屋かジンギスカン屋かぼったくりバーを経営しているような、オッサンの顔があった。


「俺がさくらんぼバージン略してさくらんのフィクサーを務める四年生、小柳勘吉こと通称バクハツである」


気軽にバクハツさんと呼んで構わない、とそのアフロ頭は腕を組んで言った。


「さくらんぼバージンは彼氏彼女持ち入会禁止、サークル内恋愛禁止、彼氏彼女が出来たら問答無用で即刻除名の、モー娘AKBスタイルを貫く純真無垢なヤレナサーでござる」


凄いな。俺がサークルを志望する動機が全て潰えた。


「活動内容は清き心でモテる奴等を僻み、醜い恋人がいる奴等を嘲け笑い、幸せなカップルどもを皆殺しにし、モテん子だけでみんなでにこにこお花見とかピクニックにもいったりする、そんな必要悪的慈善事業でやんす。ブス・ブサイク大歓迎!」


他の手下どもも面を取る。


「ブス・ブサイク大歓迎!」


身も蓋もないことを異口同音にしたので少しだけ失笑が起きた。何故ならだいたいの方々が、それに値するにぴったりな人々だったからだ。


鬼の面をとってもなまはげみたいな顔した彼等は、我が物顔に地べたで胡座をかいた。「さあ彼氏彼女なき者、ここに来たし」


なまはげたちが沈静し、止まった時間は動き出す。みんな暗黙の了解で、今のスベルヲイトワズの放送禁止をなかったことにしている。誰も、ここに来たしはしない。


「なんだ、お前ら全員不純異性交遊してるってのか。そんなわけねえだろうパッと見みんな田舎物だぞダセえジャージにヘルメットしてだべさだべさ非言語喋ってたんだろう大学デビューしよーと張り切ってんじゃねえ」


バクハツさんが揶揄している。「モテない音楽聴いて鬱々と育ってきたくせに」「銀杏とか」「相対性理論とか」「神聖かまってちゃんとか」「キュウソとか」「織田裕二とか」他のなまはげたちもわちゃわちゃ喚いている。


「君達は憧れのキャンパスライフに胸を弾ませている真っ最中だ。大学なら誰でも素敵なボーイミーツガールが発生すると思っているんだろう? それは事実だ、確かに今までより恋人を作るのは容易だ。だけどそれでもなかなかどうして、にっちもさっちも一生永遠未来永劫、恋人ができない人がいる。そんなことはない、自分に限って。今はそう信じていられるだろう。しかし一年が過ぎ二年が過ぎ、絶望は現実味を帯びてくる。ああ俺、恋愛至上主義の昨今だってのに壊滅的にモテないよ、死んだ方が良い人間なんだなよし死のうトリカブトぱくぱくグエーじゃあまりに不憫過ぎるそんな時にだ、いつでも1ミリも恋愛を気にしなくていいざっくばらんな男女の素敵な空間があったら、どんなに楽かな。楽々さんかな」


新入生の顔色が、面白いようにブスやブサイクの順に顔が曇っていく。俺も今だからこそ平静を保っていられるけど。去年だったらどうだろう。ぎゃ。


しかし、誰も、誰もさくらんぼサークルの門を叩こうとしなかった。へえー夏はみんなで沖縄に。楽しそうすねやばいす。ラクロス初心者なんですけど教えてもらえますか? あのボランティアに興味があって……。他のサークルの、机出しに夢中だ。春の虫は、飛んで火に入るほど馬鹿じゃない。


「仕方ねーなー。どいつもこいつもハチクロみたいな大学生活が待ってると思いやがって。腑抜け共、悲しみの愛を見せろ」


業をにやしたなまはげたちは蜘蛛の子を散らすように徘徊を始めた。適当に強張る一年生たちを、さらっていく。本来サークル勧誘でひっぱりだこの、ヤンキー風情や読者モデルは目もくれず、化粧も眉毛もちゃんとしていないような、おとなしくてひ弱な人々を中心に。モテん子いねが。


新入生ならともかく、この一年間で服装も髪型もそれなりに垢抜けた俺は標的にされないだろうと高を括っていたら、あろうことか親玉のバクハツさんがつかつか近付いてきやがる。え、ちょっ、嘘でしょマジで。


「とりあえずお前はさっき彼女にフラれたとかのたまってたよな。ばっちり聞いたぜこの耳で」


そんなあ。


「名前と番号とアドレス書け。日曜に池袋の魚民でタダ飲みやるから。絶対来い」

バクハツさんに紙とボールペンを突き付けられる。近くでみるとより大柄で、ボリューミーな髪も相俟って、とにかくインパクトがあった。人殺しみたいなインパクトがあった。藁まみれだし。包丁持ってるし。


「いやあの、日曜はちょっと、用事が」


東京出身の実家暮らしでバイトもしてなければ彼女もいない俺の日曜が埋まっている

はずがない。


「じゃあここ一ヶ月で空いてる日を全部教えろ俺が予定合わせるから。三四時間かけて、マンツーマンのさし飲みだ」


「あ、勘違いしてました日曜空いてました」バクハツさんブサイクだけど目付きは鋭い嘘だと見抜かれてる確実に。


「柏木和馬ね。アドレスにdestinyとか入れてんじゃねえよ気持ちの悪い」


「中学からアドレス変えてないんすよみんなにアド変メール送って届かなかったらどうしようって」


「いいね柏木、モテん子の思考だ」……しまった。


「いや、でも俺この前まで彼女いたわけだしこの先自分に彼女ができないなんてそこまで悲観的じゃないすよ。俺は二年なんすけど、新しい恋愛しようと思っていまサークル選んでたわけですから。だからさくらんの理念はちょっと、需要と供給が違い過ぎるかななんて」


「うん。まあ御託はいいからよモテん子。かけもちもオッケーだし、悔しかったらとっとと彼女作って堂々と抜けてみせればいいじゃねえか」


すぽこーん、とバクハツさんにお尻を叩かれる。ジーンズのポケットに入れていたケータイがひしゃげるかと思った。


悔しがってんじゃないのよ。関わりたくないんだよ。でも包丁がちらつくのよ。


                   


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