第52話 矢継ぎ早

「ここです!ここに、今……」

「わかった!」

侍女ちゃんに連れられてやってきたその部屋の前でひと息つく間もなく、バッと扉を開け放つ。


「来ないでっ!」

途端、とても悲痛な叫びが聞こえ、次の瞬間目の前に迫り来るもの。


驚いてる間に目前でジューッと音を立てて消える。

どうやら飛んできた火の玉を無意識にだしていた保護壁の魔法が守ってくれたらしい。


部屋の中に改めて目をやれば隅っこの方で小さく震えながら怯えている一人の少女がいる。


そしてその少女が恐らくは、いや、ほぼ間違いなく、先程の火の玉を放ったのだろう。


私が部屋に入ってきたのを見て尚更驚いて怯えているように見える女の子に近寄っていく。


野良猫を手なづけに向かうような、そんな気分である。


そういえば昔、幼い頃、近所にある橋の高架下に可愛い捨て猫を見つけたことがあったな。

で……あのあとどうなったんだっけ。


そう考えたら、その先までは進むなというように心の奥がズキリと痛んだ。


その感覚がなんだか怖くて一瞬止まっていると、後ろから侍女ちゃんの声が聞こえてくる。

「彼女、ずっとその調子で、誰も近づけず、話も聞けない状態なんですよ」


「そっかぁ……。ようし、猫ちゃん」

そういったところでハッとする。


頭の中で猫のことばかり考えてたせいで、猫ちゃんとかいっちゃったよ。


「……っ!私は猫じゃないっ!来ないで!やめてっ!」

それにしたってなんて悲痛な叫びなんだろう。

まるで私がこの子になにか危害を加えようとしているような図だ。


そしてその姿を見ているとまた、可哀想とか同情するとか、そんな感情よりもっと奥の方で胸がズキリと痛むのだ。


なんなんだろうか、これは……。



私は今までもその感覚を感じていけど、それを消し去っていた。


そんな気もした。



……そっか。


消す……。この子が怯えてるのは私というより私の奥に見える嫌な記憶のように思える。



それなら、記憶を消せばいいのではないだろうか。


って普通じゃないことを思ってる自覚はあるけれど。


この子を救う方法が、それしか思いつかない。




だって、この子、こんなにも苦しんでるのに。




「……ユンちゃん……」

そう呟くとボロボロと涙を流しはじめるその子。


思わずオロオロしてしまう。



ああ、本当にどうしよう。


いきなり記憶を消すわけにもいかないし、そもそも消せるのかすらわからない。


そんな思案を一旦横に置き、口を開く。



「私もね、怖かったんだ。知らない世界に飛び出したときに、一緒だと思ってた幼馴染たちと離れ離れで、しかも再会したときにまるで他人のような扱いをされたとき」

女の子は私に背中を向けて鼻をグスグスいわせながらも、話は聞いているようだ。

「もう二度と会えないかと思ったの。私のせいで……って何度も思ったな。けど今は違うんだ。前を向いてみんなとまた笑いあえるようになりたいって思ってるの。だからね、怖いことも、いつかは変わるよ」

今こんなにも怖がってる子にいうことではないかと思うけど、私にいえるのは、これくらいなんだよね。


あー、私ってば、まるでロイみたい。

きっと検討はずれで不躾なことを言っているんだろうな。


なのに自覚もせずいい続けちゃって。


「……死んだ……」

「……え?」

その子の顔が、腕の間から見えた。


とても、子供のする顔ではない。


相当なことがあったのだと言わずともわかる。


「……やり直せるわけない」


「……その記憶、消そうか」

疑問形というよりかは、もう消そう、そういうように問うた。


彼女がどう答えようが彼女次第。


だけど、私は、そうすることが彼女が今楽になることに繋がると思うのだ。



「消してどうなるの?」


女の子は静かに問うた。


「消したら楽になるよ」


「……好きにして」

最終的に彼女は全てに絶望したようにそういった。


「……いっといて申し訳ないんだけどね、実は私、記憶消したことないんだよね……」

「……」

「だから、もしかしたら全部消しちゃったり……ある……かも、しれない」

「……好きにして」

「え?!」

思わず声が出たらその子は人を殺めるような鋭い瞳をこちらに向けた。


「誰もがみんな、大切にしたい、いつまでも抱えていたい記憶を必ずもってるとでも?そんなことないから」

この子、ほんとに子供?と疑いたくなるようなその言葉に私はただただ唸るしかない。


……じゃあ、消す……のか。



何故か私はそのやり方をよく知っているような、そんな気もした。


「……いくよ」

「……」

女の子は何も言わずに、お好きにどうぞというようにわざとらしく瞳を閉じた。



少し、いや、かなり怖い。


事情が事情とはいえ、これって、王様とやってること同じだ。




なんて暫く迷ってた私だけど、目の前で瞳をつぶり、その時を待つその子が、明らかにそれを望んでいる、そう感じて、一歩踏み出すことにした。


「いきます……っ」

女の子に手を当てて、祈る。


この子の痛いとこ。

消えて欲しいと願うこと。

みんな心の中から消し去ってください。

お願いします。



そう願ったら、閉じていた瞼の裏に光を感じた。


白い光。

それが消えていくとゆっくりと目を開ける。


目の前にいるのは先程となんら変わらない女の子。


変化なし……かな……。


まあ、私が勝手に祈ってただけだもんね。


「……」

「とりあえず、さ、なんか食べない?よくわからないけどリオネスから来たんだと思うし、そしたらかなりお腹すいたよね」

「……ここ、どこです?私は……」

「え……」

うわあ……やっちゃったよ。


自分の頭をパアンッと思い切りよく叩く。

記憶全消しはないよ。


はじめてとはいえなにやってんのよ、私。


心の中はそんな言葉でいっぱいだけど、表向きはニコリと笑みを浮かべて見せる。


「ここはね、ゴウネルスっていう国だよ。」

あと、何を言えばいんだろう。

なんて考えていたら、その子は険しい顔で

「……今……なんていったの、あなた」

という。

「え?ここはゴウネルスっていう国だよって……」

何かおかしなこと言ってるかな、私。

それとも、記憶がないからおかしく感じる?

「……リオネスは……」

「……あれ?リオネスのこと覚えてるの?」

「……なにをいってるの。あなたが誰かわからないけどあたし、リオネスの第15王女なんだからね。あまり偉そうに話しかけてこないで」

ぼーっとしていた感じが抜けると強い声音でそういうその子。


ひえー。

かなり気が強そう。

できれば関わり合いたくないタイプだなあ。


しかも今さっき王女とかいってたよね……。

理解がかなり遅れてるけどでもそれって……

ますますなんでここにいるの?



「そ、そっか。わかった。で、お名前はなにかな」

「もう!その舐めた口の聞き方をいってるのに!」

そういってプンスカする女の子。

舐めた口の聞き方もなにもこっちは極力子供にも伝わりやすいようにとできるだけ噛み砕いて優しい口調でいってるんだけどな……。

「あたしはミミよ」

胸を張って、ほんとに偉そうにそういう。


なんか腹立つけどそれよりも気になるのは名前を覚えていて、自分の地位の方も覚えている、ということだ。


あれ?私の魔法もしかして逆に全然効いていないのでは?

でも、さっきとは全く違う様子ではあるしなあ……忘れてないわけではないような。

じゃあ一体……。


「ミミが可愛いからってあんまりジロジロ見ないでくれる?」

「え?……」

「ミミはユン……ちゃん……の」

徐々に勢いをなくしそこまでいって最終的に黙り込む。


そういえば、ユンちゃんってさっき怯えてた時に呟いてた……。

ってことは魔法は効いていないってこと?


「とにかく。あなた」

どこか暗い表情をして固まっていたかと思ったらそんなの嘘みたいにバッと顔を上げてビシッと私の顔を指差すミミ。


「ここを案内しなさい」

にいっと笑った顔は性悪を絵に描いたみたいな顔。


閉じこもってるという王様のことも、絶対寝たままではいないだろうロイくんのことも気になるんだけど……。


目の前で強気な菫色の瞳をこちらに向けてきている少女を見る。


「はあ……いいよ。わかった。こうなったのは私のせいでもあるし」

結局この子がなんでリオネスから来たかとかわからないままだ。だけど、

「それでいいのよ」

フフンと鼻を鳴らして胸を張るその子を見てると今は聞かなくてもいいか、なんて思ってしまう。


「じゃあ、いこっか」

「ええ」

そう答えて私の手を握ってきたミミの手は、邪悪な笑顔とは違って、あたたかくて柔らかい、年相応の手だった。

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