第16話 想いを伝えて

城の外に出るとこの間乗ったような大きくて豪華な、とても綺麗な馬車が止まっているのが目にはいる。

白を基調としたその馬車には金色の細工で鳳凰がデザインしてある。

そしてその周りには星が描かれている。

星鎖の騎士団の紋章と同じデザインだ。


「うわあ……」

思わずそう呟いて呆然とその馬車を見つめていた私。

そんな私の頭を容赦なくバシッと叩いてくるやつ。


「アホみたいに口あけてんなよ。はやく乗れって」


無論、ロイである。

ほんとロイくんは私の扱いが雑すぎる。


私はムスッとしながらも「いわれなくてもわかってます」といって馬車へ歩いていく。


「どうぞ」


スッと歩み寄り戸をあけてくれる従者さんにお礼をいって馬車に乗り込む。


「広っ……!」


しかも座るところがフカフカ。触ってみるとサラサラツルツルした絶対高いであろう素材でできている。

ひえ〜……。ほんと、私の場違い感半端ないよ。


「おお、すっげ」

などと漏らしながら私に続いて乗車してきたロイは私の斜め前に座った。顔を見るのも隣にいられるのも嫌ってわけか。

まったくひどい扱いだ。

でもそんな事は今はどうでもいい。これから舞踏会なのだ。それだけでワクワクするし幼なじみと再会できるかもしれない!って希望だけで私は十分幸せなのだ。


「……あのさ」

居心地の悪い沈黙の空間でそんなことを考えていられるのも数分だった。


「なんかあったならいってよ。私、これでもあんたの上司だし」


……それに私の苦しみを受け止めてもらったりもしたし。言葉ではうまく言えない部分をもどかしく感じながらロイを見つめる。


「……サァヤ様が、結婚するらしい。」


「……ええっ?!」


思わず大きな声を出してしまった自分の口は慌てて塞ぐ。


「…………」


「ご、ごめん、うるさくして。で、それで元気ないってこと?」


サァヤが結婚……。

もちろん、私よりサァヤといる時が長くてなおかつサァヤを好いているロイの方がショックは大きいだろう。でも日は浅くとも友人として今までサァヤと関わってきた私としてもそれはとてもショックなことだった。

こっちにきて初めてできた友達。

優しくてあたたかくて頼りになって大好きな女友達。

そんな友達が結婚……。

結婚すれば言わずもがなサァヤは嫁ぎ先の国へいってしまうのだろう。

そうすれば滅多に会えなくなる。

それを思うとひどく悲しくなる。


「まあ、そういうことだ。サァヤ様も色々思うところがあるだろうから余計なことは」


「ロイ」


ロイの小言を遮ってそういうとロイの瞳をまっすぐに見つめる。


「野暮だとは思う。けど言わせてもらう」


「はあ?なんだよ」


「告白、しないの?」


もう少しで遠くに行ってしまうかもしれない想い人に想いも伝えずに一人モヤモヤしてるのはなんだかロイらしくない。

それに見ていてこちらもモヤモヤしてきてしまう。


「……第一、その舞踏会でめぼしい人を見つけろって王様からお達しがあっただけでまだそんな奴が見つかったわけじゃない」


暫くしてロイの口から紡がれたのはそんな言葉だった。


「ロイくん、おバカ?」


「はあ?」


怪訝そうにしかめられた瞳を見つめてたらなんだか泣きたくなってきた。

なんなの。プライドかなにかがあるの?だから想いは伝えないって?


すごく身勝手な理由だけど

私はそんな、私の二の舞みたいなことして欲しくない。


私は小さい頃、あの楽しかったころを思い出すたびに想い人の顔が頭に浮かびそしてなぜ想いを伝えなかったのかと苦しくなるのだ。



このままではロイもそうなってしまう。

結果はどうであれ伝えられなかった想いより伝えられた想いの方が遥かに心持ち良いのだ。


「サァヤはいつもお父さんの命令守ってるじゃん!たとえサァヤがいいなと思う人がいなくてもサァヤはそのめぼしい人見つけちゃうよ!なんでわかんないのよ!」


もう半分地団駄だった。

心の中のまだ冷静な部分が子供みたいだバカみたいだっていってる。

けどもう止めようがなかった。

ロイは何も言わずに俯いていて表情すら伺えない。


「だからちゃんと……伝えなさいよ」


後悔して欲しくないから。


ゆっくりとあげられたロイくんの顔には困り切ったような表情が浮かんでいて、その表情はどこか泣きそうにも見えた。

もう本当にどうすればいいのかわからない、みたいな。


「お前……さっきから何いってんだよ。それじゃあ俺がサァヤ様のこと……」

後半はふざけるようにそういう。


もう、なんなの。

どうすればいいのさ。

わかってないわけないよ。

ロイはただ怖くてその想いから逃げてるだけなのに。

なんて思いながらまた口を開こうとしたその時。


「おまたせ〜」


そんな声と共に馬車の扉が開かれる。


「ごめんね、遅くなっちゃって」


予想通り。そこにいたのは礼装をまとい、いつも以上に綺麗なサァヤの姿。

ロイくんをチラッと見やればそんなサァヤに惚けているようだった。


褐色の肌とよく会う深い青のドレスと首元にあしらわれたキラキラ輝くネックレス。

一見とてもシンプルなんだけどこれ以上ないくらいに輝いて見えるんだから不思議だ。


「サァヤ!すっごい可愛い!」

私が半分叫ぶようにそういうとサァヤは照れるように苦笑して

「そうかな……」

なんていう。


それからフワフワしたドレスの裾を持ち上げ馬車に乗り込んでくる。

私の隣、ロイくんの目の前にサァヤが座ったところで従者さんの掛け声と共に馬車は動き出す。


そして流れ出す気まずい沈黙……。


チラリとロイを見やればブスッとした顔で窓の外を眺めていた。

サァヤの前だっていうのにそんな態度ある?

なんて思いながらサァヤに視線を移せばサァヤは何も気にしていないようで同じように窓の外を見ていた。


サァヤの方は穏やかな笑みを浮かべているが……。



……ロイくんもしかして自分の想いに気づいてないのかな。

気づいてたら私のいった言葉に対して確信をつかれたような態度をとったはず……

だけど気づいてないならなんのことやらとイライラするだろう。


え……気づいてないの?ほんとに?

あんなにわかりやすいのに……。


確認したいとことだけど本人に聞くわけにもいかないし状況も状況だし……


結局私はロイに助けてもらってばかりでロイを助けてあげられてない。


背中を押してあげることもできずに刻一刻とその時は近づく。


「私踊るの苦手なのよね」


気まずい沈黙の中ゆっくりと口を開いたのはサァヤ。

困ったような優しい笑みを浮かべてそういう。


「お姫様のサァヤが苦手なら私なんてそれ以下、そもそも踊れるのかって問題だから。大丈夫だよ、サァヤ」


「まあ、お前は女のおの字もないような奴だからな」


バカにしたような口調でそう呟くロイはいつも通りで思わずホッとする。


「うるさいなあ。そういうロイくんは踊れるんですか」

わざとらしくそういってやるとひとつフッと鼻で笑ってみせるロイ。ほんと、言動ひとつひとつが偉そうでなんか腹立つんだよね。


「それなりには踊れるぞ。嗜みとして、な」


「うわー、なんか腹立つ。前々から思ってたけどなんでそんな上から目線なの?それがかっこいいと思ってるんだとしたら全然かっこよくないからね」


「なっ……!お前こそいちいち突っかかってくんなよな」


「ロイくんが偉そうにいうのやめたら突っかからないよ」


「お前なあ……」


「ぷっ」


不意にそんな吹き出す声が聞こえて隣を見ればサァヤがお腹を抱えて笑っていた。


「ほんと、サァヤとロイくんって仲良しだねえ」

目尻に涙をためながらそういうサァヤに私とロイは同時に

「「そんなことない(よ)です!」」

という。


そのことに余計ムッとする私達。

お互いになんでハモってくるんだとばかりに睨み合う。


しかしそんな剣呑な空気も先程までの気が沈み込むような沈黙よりはマシだった。


そして気づいたら三人仲良く(たまに私とロイが喧嘩はするけれど)雑談していた。


聖都へは2日かかるということだったのでどこか途中で野営にでも入るかと思っていたけれど待機の従者さんがいたようで馬車は停ることなくずっと走り続けた。


野営があれば気を利かせてロイとサァヤを二人きりにできたのだけど……。








「あと少しでつくよ」

いつも通りの朗らかな笑みから隠しきれない興奮が滲み出ているサァヤ。

馬車の窓から身を乗り出してしまってるほどだ。私も真似るように馬車の外を見やる。


「お〜っ!なんか遠くに見える!あれが……」


見えてきたのは全面ガラス(かクリスタル?とにかくキラキラしている)張りのドーム状の建物。遠目に見てもこんなに大きいんだから近くで見たら相当だろうなあ。


「聖都についたらそのアホみたいに開けてる口も閉じろよ」

そんな言葉にワクワクしていた気持ちも一気にしぼむ。


「はいはい」

ムッとしてそういいながら頭の中では必死にロイとサァヤをどうやって二人きりにするか考えてた。


ロイ自身はそんなに気にしていないように見える。(実際はすごい気にしているのかもしれないけどよくわからない)


でもとにかく私が気なるんだよ!


心の中でひとつさけび声をあげる。


自分勝手なことも重々承知だけれど、もし私の予想が当たっているとするのなら、ロイくんにそんな、後悔をして欲しくはない。


こうなったら奥の手だ。


「あ、ああー!!あれはトウヤ?トウヤだ!トウヤーー!!すいませーん!馬車を止めてくださーい」

そんな私のアホみたいに棒読みな声に従者さんは明らかに戸惑いながらも

「は、はあ……」

といい、馬車を一旦停止してくれる。


「ごめん、サァヤ!少しだけ!少しだけで戻るから!」

「え?ええ……」

戸惑うサァヤをさしおきドレスの裾を持ち上げ外に出る私。


最後に一度だけロイの方を見るとそのキョトンとしたアホヅラにひとつ大きく頷いてみせた……。

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