第14話 本当の気持ち
〜ロイ〜
「へ……へっぐしょんっ!!」
「うおっ、きったね」
「あぁ……風邪ひいたかも俺……。なんか唐突にすんげえ悪寒が……」
「おいおい、そりゃ、あれじゃねえのか?誰かに噂話されてんだよ、お前。エミリちゃんとかエミリちゃんとかエミリちゃんとかに」
「なんであいつなんだよ」
そういって俺は悪寒のする体をさすりながら隣のバークスを見やる。
今は聖都に向けて物資を乗せた馬車を走らせているところ。
今や点となって見えなくなりかけている遥か前方のサァヤ様に視線を移しつつバークスのふざけ話に耳を傾ける。
「だってお前らこの間再会したんだろ」
「……だからなんだよ」
「普通さ〜、元恋仲の男女が再会したらさ〜、生まれんじゃん?」
「何が」
「前よりも確固とした愛が、だよ」
「はあ……」
俺はあからさまにため息をついてみせる。
ほんと、バークスは恋愛脳っつうか、アホっつうか。
なんて思っていたからサァヤ様がこちらへ向かってきていることに気づくのが遅くなった。
どうやらゴウネルスのある砂漠圏内と聖都を囲む湖の境界まで、先頭の集団はたどり着いたらしい。
「お、お迎えだな」
ニヤニヤしながらそういうバークスの言葉は無視して
「あとは任せた」
そう一言言って馬車から飛び降りる。
後からバークスの「りょーかいっ」
という声が聞こえた。
それから少しして
「ロイくん!!」
遠くから馬に乗ってかけてきたサァヤ様を見て自然と顔が綻ぶ。
「サァヤ様」
サァヤ様はやがて俺のすぐそばに馬をとめると
「さあ、行きましょう」
といってひどくあたたかな笑みをこちらに向けてくれる。
「はい!……えーと」
そういえば俺は馬車に乗ってきたから乗る馬がいない。
仕方ない。相当辛いだろうがサァヤ様の後を追う形で走るか。
そう覚悟を決めかけた時
「私の後ろに乗って」
不意にそんな言葉をかけられる。
「えっ」
「私の後ろなんて嫌?その気持ちはわかるけれど今は仕方ないでしょう?それでも嫌だというなら騎士団長命令だから、ね」
そういって少し小首を傾げるサァヤ様にしばらく惚けてしまった俺だがやがて我にかえるとすぐに
「はいっ!」
と大きく返事をする。
俺は少し躊躇いつつもしっかりとサァヤ様の後ろに乗った。
「ロイくん、危ないから私の腰に掴まっていて。時間もないから飛ばすわよ」
「はいっ!」
そういって慌てて腰を掴む。
鎧越しでも充分わかるくらいの細い体つきに思わず驚く。
いつもみんなの前で勇ましく戦う騎士であり、外交面でも数々の修羅場をくぐり抜けてきた姫である彼女はこんなにも……
今まであまり意識していなかった〝女〟の部分を否が応でも意識してしまう。
それは最近芽生えてきた感情をかなり刺激して……
「あら、ロイくん顔が真っ赤だけれど大丈夫?今日は一段と暑いからのぼせたのかしら」
ふとこちらを見やったサァヤ様と一瞬ではあれど目があって口ごもる俺。
「い、いや、あの」
「あら、もう国が見えてきたわ」
無邪気にそういうサァヤ様の声。
サァヤ様とこうして二人でいられるのはもう少し。
そしてそれはきっと一生のうちで今だけたなんだろう。
「サァヤ様も舞踏会にでられるんですよね?」
だというのに気の利いた言葉などなに一つでてこない。
でてくるのは事実確認のような定型句ばかり。
「もちろん」
なのに優しい声でちゃんと答えてくれるサァヤ様。
やっぱりこのままでいいのだ。
一瞬頭をよぎった邪な考えを振り払うように苦笑する。
「ですよね」
そういいながら。
サァヤ様は誰にでも分け隔てなく優しい。
そして強く気高い姫であり騎士団長だ。
星鎖の騎士団の者は皆彼女を慕っている。
かくいう俺もその一人で彼女を慕っている。
……そのはず……だったんだけどな。
気づいたら俺はみんなとは少し違う感情を抱き始めていたみたいだ。
困ったな。
腰に当てている手をそっと前に回して強く抱きしめたい。そんな思いが芽生えるのと同時に、そんなことは絶対にできない、してはいけない、と理性がいっている。
……俺、いつからこんなにサァヤ様のこと……。
バークスにひやかされていたあの時からか?それともーー。
「ロイくん、実はね」
唐突にサァヤ様が口を開いて驚く。
「なんですか?」
慌てていることを悟られないよう気をつけながらそう答える。
「私、舞踏会でいい人を見つけなさいって言われちゃったの」
「え……」
〝いい人〟
それは言葉を濁しているだけで婚約者つまりは結婚する人、の意だろう。
「私もそろそろそういう歳だしね」
そういって苦笑すると言葉を続けるサァヤ様。
「お父様が気を遣ってくれたんだ。勝手に決めないで、私が少しでも好意をもてる人にした方がいいって」
優しい声音でそう告げるサァヤ様。
確かに舞踏会にくるのは王族や貴族だからその中の誰を選んだとしても特に身分的な問題は起こらないだろう。
なら、サァヤ様の好きな人を選んだ方がずっといい。
確かにその通りだ。
俺は上の空ながら「そうですか」と答えた。
「あ、もうついたよ!」
その声にハッとすれば、もうゴウネルスの入り口である大きな門を通ったあとだった。
「ロイくん、お城まで飛ばしていくからしっかり掴まっていてね」
「はい」
そう答えて細腰に触れる手に力を込める。
まるでこの人を手放したくないというようにーー。
「みんな、お疲れ様っ!」
城内につくとサァヤ様は馬のスピードを落としパカパカと歩かせながら
俺はその間馬から降りることも忘れてサァヤ様がお嫁にいってしまったらどうなるかを悶々と考えていた。
……のだが……
先程からやけに侍女達と目があうし、目が合えばすぐにコソコソと話をされる。遠目から見ていると笑われているようにも思える。
これじゃあ、せっかくの物想いも台無しだ。
それにそろそろ降りた方が良いだろう。
「サァヤ様、ここまでありがとうございました」
そういって馬から飛び降りる。
「いいえ、いいのよ。それよりリィンのところへはやく行ってあげて」
そう朗らかにいうと引き続き家来達に労いの言葉をかけつづけるサァヤ様。しかしその表情にはどこか陰りがあるようにも思われた……。
「おい、そこの!」
「は、はい」
先程からこちらをみてヒソヒソと話をしていた侍女の片方に声をかけると侍女は驚いたようでビクリと肩を震わせる。
「俺の顔に何かついているか?」
「い、いえ、なにも……」
特に意識はしていないのだが、今の俺は怒っているように映るらしく侍女はもごもごと怯えたように言葉を発する。
「じゃあ、なんで笑っていたんだ?」
そう率直にたずねると侍女はまたも肩をビクリと震わせる。
「先刻、リィン様が……その……」
「?なんだ、はっきり言ってくれ」
「お部屋から外に向かって『ロイのバカーーーーっ!!』と叫ばれていたもので……」
「な……」
「そ、その!お二人はいつも仲がよろしくて宮中でも〝ケンカップル〟として名高くファンまでついています。かくいう私もその一人でして、今度はどんな喧嘩をしたのだろうと友人と話していたのです。そしてロイ様のお顔を見た時つい……その、本当に申し訳ございません!!」
早口でそうまくしたててバッと頭を下げる侍女に苦笑しつつ、下げられた頭を優しく撫でる。
「それはお前のせいじゃねえし。謝ることはねえよ。教えてくれてサンキューな」
「ロ、ロイ様……」
侍女のあげた顔はほんのり赤みを帯びていてそのことを少し疑問に思いながらも俺の足はもうまっすぐ城に向けられていた。
もっと正確にいうと、城の中の、リィンの部屋に、だ。
あいつ……。
俺にこんな恥をかかせてただで済むと思うなよ。
心の中でそう呟きながら俺は城の中へとはいっていった。
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