第44話 サヨナラの変わり身(Present For You)

 シャムの勇気ある失禁により、細景のライブは終演を迎えた。

 自動販売機周辺ライブステージには、半裸のシャムと血まみれの細景が倒れ込んでいる。


「シャムッ!」

 拘束が解けた奈緒たちは、すぐさまシャムのもとへと駆け寄った。

 身に纏わりついていた霊の気配もすっかり消えている。


「にゃ、にゃあ……」

 満身創痍のシャム。

 下半身はぼろぼろだが、その表情は明るみを帯びていた。

(みんにゃが無事で、よかったにゃあ……)



(シャム、ありがとう……)

 倒れているシャムを抱き上げる奈緒。

 戦いを終えた仲間への、感謝を込めた所作である。言葉はいらない。


「シャム、ありがとう……」

 シャムの頭を撫でるレイ。

 まるで母親のような慈愛に満ちたである。


「愛してるぜ、シャム! おまえの取った行動のすべてが、おれの瞳の中で永遠に生き続けることを確約してやるよ!!」

 グレンG、絶賛する。



「にゃ、にゃうあああ……」

 シャム、失禁する。

 連続的に繰り出された三者三様の愛情表現に刺激を受け、戦いを終えた今も尚その股を濡らし続けている――。






 一方。






「あ……ぐ……」


 ゆっくりと身を起こす細景。

 その声は覇気を失い、表情にも色がない。

 その衣服――白装束は、上から下まで真っ赤な血で染まっている。

 胸に下げた三味線も、弦が切れている。



「大丈夫か? 細景……」

 オヤジ、心配する。

 気絶から復帰し、そしてその原因となった者の身を、なんのためらいもなく重んじた。

 

「うう……。わらわは、これからどのように生きていけばよいのだ……」

 細景は困惑していた。

 アーティストとしてのプライドを砕かれ、完全に自信を失くしている。


「…………」

 その弱々しい姿を見たオヤジは、細景の今後の活動方針について、勝手に助言アドバイスをし始めた――


「日本へ帰れ、細景」

 モノクロームな口調トーンで切り出すオヤジ。

「日本へ帰り、音楽を続けろ」

 割れたサングラスの隙間から、真剣な眼差しが相手を見つめる。

「お前が持っているその楽器は、日本の伝統楽器だろ?」

 それっぽい理由を付けて説得を続ける。

 そして、ダメ押しの一言。

「ちぎれた弦は、何度でも張り直せるさ……」

(決まったぜ)


「無理だ。わらわは、この島に住んでいた罪なき人間を何人もあやめている。国へ帰化しても殺人鬼として裁かれるだけだ」

 オヤジの汚れづらから目を逸らす細景。

 オヤジの提案をあっさりと断った。


 それでもオヤジ、あきらめない。

「いや、音楽による殺人を裁く法律は、現状どこの国にも存在しねぇ。どうせ立証不可能だ、安心して音楽を続けろ。そして、その『死ぬほどスピリチュアルな音楽』を世界に広めてやればいい。それが、お前にできる唯一の償いだと、俺は思うけどな」

 オヤジはそう言って、飲みかけのぬるいコーラを喉に流した。

(今度こそ決まったな……)



「いや、それでは償いにならぬ!」

 しかし細景、またしてもこれを拒否。

 そして歯を食いしばり、大きく首を振り乱す。

「わらわはここに残る! わらわが最初にやるべき償いは、音楽ではない!」

 やがて、蒼白の表情が、再び色を取り戻した。

「わらわはまず、わらわがけがしてしまったこの街を、元に戻す! それがわらわにできる唯一の償いだと、わらわは思った!」

 天才にありがちな独自の思考展開によって自分なりの答えを導き出した細景。


 熱のこもったオヤジの助言は、徒労に終わった。

(そうだ、それでいい。それが正解だ、細景。不死鳥のように何度でも立ち上がれ。それが天才アーティスト、細景妖子だ。俺はこれからもずっとお前のファンでありつづけてやるぜ――)

 独自の思考展開によって自分の行いに意味を持たせるオヤジ。



「この島を復興するために、わらわが最初に成すべきこと。それは――」

 唐突に空を見上げる細景。

 見つめる先には、灰色の雲が渦巻いている。

「メシを食うことだ。演奏を終えたら、腹がいてしもうた……」


 細景がそうつぶやくと、雲の螺旋らせんの中から、いきなり黒い大群が現れた。



 ――ヴァサアヴァサア……



「なんだ? バードか……?」

 反応するオヤジ。







『カアー、カアー』


 幽霊街の上空に現れたのは、コンビニ袋をぶら下げたカラスの群れだった。

 大量のカラス全員が、ぎゅうぎゅう詰めの小袋を足に下げている。

『カアー、カアー』

 カアカアと鳴き散らすそのさまは、何か言いたげな様子である。

『カアー、カアー(ちわーす、自販機の補充にきやしたー)』



「なんだ、こいつらは……」

 突如現れた黒い大群に動揺するオヤジ。


「わらわのファンだ。毎週月曜日のこの夕暮れ時間、どこかの国からいつも大量の食料の調達をしてくるのだ。現在のわらわの生活は、こやつらの働きによって賄われていると言っても過言ではない」

 自らのプライベートについて解説する細景。



「……なんだ。あんたにも仲間がいたのね」

 思わず話しかける奈緒。



「仲間……か。そうだな、この島の復興活動は、彼らと協力して取り組むこととしよう」

 カラスから小袋を受け取る細景。

 そして、煌めいた瞳で奈緒へ告げる。

「いずれこの島が街の姿を取り戻したとき、わらわは音楽活動を再開する。そして、わらわの音楽を、この島から世界へと発信する。いままでにない新たな音楽ジャンルを創造するのだ!」

 細景は仲間に取り囲まれ、すっかり自信を取り戻した。



「……いい話じゃねぇか」

 オヤジ、納得する。


「なかなかオリジナリティのある人生だと思うわ」

 奈緒、賞賛する。




『カアー、カアー?(この人ら、細景先輩のお知り合いすか?)』


「ああ、さようなり。こやつら、腹を空かしておるそうであるがゆえ、きさまらの食料をいくばくかふるまってやれ」


『カアー、カアア~(ういーす、かしこまり~)』

『カッカア、カアアアアア~(やっぱ、助け合いの精神って大事だよな~)』

『ギャアスッ!(ちょうど今週は豊作でしたので、どうぞ召し上がれ!)』

 足に下げたコンビニ袋をぶん投げるカラス。

 小袋の中には、大量の缶ジュースやインスタント食品がしきつめられている。


「ありがてぇ!」

 喜ぶオヤジ。


「ラッキー」

 喜ぶ奈緒。



・奈緒たちは『食料』を手に入れた!





 ☆☆☆☆☆




 

「さて、ごはんも手に入ったし、そろそろいきましょう」

 大量のコンビニ袋をギターに下げる奈緒。

 メンバーへ退散の意を告げる。


「ええ」

「おう」

「にゃあ」


 軍隊のように足を揃えるメンバー一同。

 その並列に、細景は別れの言葉を告げた。


「わらわは、これからもここで自分の音楽を探求する。でもこれからは、きさまらのような〝調和〟を意識した演奏プレイングを心掛けるとしよう。さらばなり、ロックな旅人たちよ。永久に元気であれ」


〝拘束されていた三人の少女と、ただ漏らしていただけの少女〟

 天才アーティスト細景妖子が、彼女らのどこに〝調和〟を感じたのかは凡人にはわからない。しかし、奈緒たちとの出会いが、細景の音楽性――人間性に、何かしらの変化をもたらしたことは間違いがないだろう――。



「あんたなら、いいロックが作れるかもね」

 作り笑顔で立ち去る奈緒。


「音楽はお薬の代わりになるわ。アナタ自身の心も、きっと癒してくれるはず――」

 腰をさすりながら立ち去るレイ。


「腹が減ったらまた来てやるよ、よろしくな」

 支給されたハンバーガーを嚙みちぎるグレンG。


「CD出したくなったら言ってくれや。ライブの手配もするぜ」

 ケータイ番号の書いたメモを地面に叩きつけるオヤジ。


「ばいにゃあ」

 半裸で別れを告げるシャム。



 踵を返した五人は、そのまま振り返ることなく港へと足を進めた――。

 そして細景は、その後ろ姿を――――















 追った。





「はあ……はあ……またれよ、猫の戦士!」

 シャムを呼び止める細景。


「にゃあ?」

 立ち止まり、振り返るシャム。


「忘れものなり!」

 グーパンチを繰り出す細景。

 その手には、自販機の下に置き去りにされていたシャムの楽器が握られている。


「はにゃ~! わすれてたにゃあ! ありがとうにゃあ!」

 シャム、うっかりしていた。


「…………あと、これも持ってゆけ。わらわからの餞別プレゼントなり」

 ふところから、紫色の何かを取り出す細景。


「にゃあん?」


 シャムに手渡されたのは、長さ20センチくらいの短い棒だった。


「にゃんだこりゃ?」


「日本古来より存在する伝説の和楽器パーツ『竜笛の口ドラゴンフォルテ』だ。きさまのリコーダーの頭部管ヘッドパーツをこれに付け替えることによって、縦笛が横笛へと変化し、わらわのオリジナル楽曲群『忍奏シリーズ』を吹くことが可能となる」


「にゃんだと!?」


「きさまならきっと吹ける――。ピンチになったら奏でるがよい」


「にゃんだかよくわからんちんだけど、ありがとうにゃ!」



・シャムは『竜笛の口』を手に入れた!







『シャムウウッーー!! はやくしろっーー!!』


 クルーザーのステレオから轟くオヤジヴォイス。

 船は、すでに出港の段階に入っていた。




「にゃああああああああまってくれにゃああああああああああ!」

 疾走するシャム。


「きさまとの記憶は墓場まで持っていく! さらばだ! 猫の戦士!」

 別れの言葉を背中に投げつける細景。


「ボクも楽しかったにゃ! ありがとにゃ! ばいにゃあ!」

 半裸で走り去るシャム。




『カアー、カアー!(待て! 猫の戦士! オレからも餞別だ!)』

 気安く話しかけるカラス。


「にゃああん!?」

 シャム、対応する。


『カアーア!(さすがに半裸はねーだろ!)カアアッ!(着ろ!)』

 新品ユニクロのホットパンツを空から落とすカラス。


「あ、ありがてぇにゃ!」

 シャム、キャッチする。


『カアアッ!(あばよ! げんきでな!)』


「ばいにゃあ!」




『おい!!!! シャム!!!! はやくしろや!!!!』




「にゃああああああああああああああああああああ」






 こうして奈緒たちは、国籍不明の謎の孤島〝サイケデリカ〟を後にした。

 島の未来はひとりの天才アーティストに委ねられたが、今はまだ、その行く末はわからない。


(いずれ独自の文化を持つ国として、この世界に名を残すことだろう――)


 オヤジはそんなことを思いながら、アクセルを強く踏み込んだ。




       


           ☆☆☆☆☆





 船内、ライブルーム。


「もぐもぐ」

 サンドイッチを頬張る奈緒。


「むしゃあむしゃあ」

 おにぎりにがっつくシャム。


「今回のライブ、楽器を使えなかったから、なんだか消化不良だわ」

 おかゆをふーふーするレイ。


「気にすんな」

 ハンバーガーを噛み砕くグレンG。

「イギリスに着いたら、思いっきり暴れてやろうぜ」



 かくして一行は、目的の地――イギリス『アレクサンダル大聖堂』へと向かうのであった――。




                         6th LIVE finished.

 

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