第23話 無罪/冤罪の還弦祭(The Strings of Release the Guilty)
――ウウウウウウウウウウウ……
ハラジュークの街を賑やかすサイレン。
エンターテインメントの枠を外れた音が、奈緒たちのいるショッピングモール内にまで
「警察……?」
ライブを終えた奈緒が入口に目を向ける。
近づくパトカーのサイレン。
(や、やばい……!)
表情を変える黒幸田。
全裸状態である自分の将来に不安を覚え、そばに展示されていたマネキンの衣装を剥ぎ取ってすばやく着こなした。(ふぅ……)
そして、ステージ上で倒れていた全裸の少女に手を差しのべる。
「起きたまえ!」
「……にゃ……ああ……んん……」
大股を広げながら失禁を続けていたシャム。
黒幸田に手を引かれて目を覚ます。
「お、おはようにゃん……」
「キミもとりあえず服を着たほうがいい! 早くこのパーカーを着るんだ!」
売れ残りの白い安物パーカーを広げる黒幸田。
「よ、よくわからんけど、わかったにゃあ!」
Lサイズのそれに潜り込むシャム。下半身までしっかりと隠れた。
――ファンファンファンファン! ウウウウウ……バタン! ザッザッザッ
そうこうしているうち、続々と現場の入口に駆けつけるパトカー。
ショッピングモールの正面玄関は包囲され、警察官たちが突入の準備に取りかかっている。
「ひい、ふう、みい……なんだ、たったの八台か」
悠長にパトカーの数を数えるグレンG。
「どうする? やっちまうか?」
「それはまた今度にしない? 今日はもう疲れちゃった」
腰をさすりながら立ち上がるレイ。
前日から立て続けにライブを行ったため、かなりの疲労が全身に蓄積していた。
「そうね。警察なんて音楽を聴かせる価値もないわ。さっさと帰りましょう」
ミニスカートにギターをしまい込む奈緒。撤退の意思をメンバーに示す。
しかし、正面の入口には八台のパトカーが待ち構えている。
「ねぇ、他に出口ないの?」
問いかける奈緒。
黒幸田答える。
「……地下駐車場からならまだ逃げられるかもしれないね。この中央ステージの裏にある中央エレベーターに乗り込むことをオススメするよ」
「へー。あんた詳しいじゃん」
「肩が凝ってきたわ。急ぎましょう」
「ちっ、逃げるのは性にあわねぇが、しょうがねぇな」
「みんなで下に降りるにゃあ!」
すぐさまステージ裏に回り込み、中央エレベーターに乗り込む四人。
扉を開けたまま待機する。「あんたらも早く乗りなよ」
「よし、ボクたちもここから離れよう!」
メンバーを扇動する黒幸田。
倒れ伏した観客たちが周りにいる限り、弁明の余地がないことを察した結果である。
「ワカリマスタ」
赤い長髪をなびかせながらエレベーターに乗り込むギタリスト、エリィ・マーキー(22)。
入国ビザの滞在期限が切れているためか、その足取りは早かった。
「さあ、有間さんも早く逃げましょう!」
続いて、ドラマーの有間(65)にも催促する黒幸田。
しかし……
「……それは、できん……わしゃあ、ここに、残る……」
有間、ことわる。
「え?」
「お客さんがたを置いて逃げることは、できん……。お客さんがた全員がオメメを覚ますまで、わしは、演奏を、つづける……」
――タンッ!
――タタンッ!
――タラララララ~タンッ!
貧弱なドラムロールを繰り返す有間(65)。
たとえ観客が倒れていようとも、そのスティックを離す気配は一向になかった。
「ううっ!」
胸を痛める黒幸田。
詐欺行為に関与しているとはいざ知らず、純粋に音を鳴らしていた有間のドラム音に心を打ちのめされた。
「ボクは、なんてばかなっ……!」
倒れ伏した観客の群れに向き合う黒幸田。
『ごめんっ!! ごめんよみんなアッ!!』
慌ててスタンドマイクを握り、その感情を音に乗せて吐き出した。
『♪ボクがやりたかったのは、服を売ることなんかじゃない……』
『♪歌を歌いたかった……ただそれだけなんだ~』
『♪けれど、ボクのへんてこな歌に、耳を貸してくれる人はいなかった~』
『♪だからボクは、自分のビジュアルを使って無理やりお客さんを集めたんだあ~』
『♪でも彼女たちが好きなのは、ボクの『歌』じゃなくて、ボクの顔や服だった……』
『♪誰か~。誰かボクの、歌を聴いて……ボクの歌を聴いてください……』
おざなりな曲調で懸命に歌い続ける黒幸田。
それでも眼前に倒れ伏した観客たちは、目を閉じたままであった。
一方で、扉が開いたままのエレベーター。
「…………」
黒幸田の歌を聴いた奈緒は、何も言わずにギターを鳴らした。
『
鳴らされた一音に反応し、唐突に開くレジスター。
飛び出す現金。
魂の還元。
はっと目を覚ます観客たち。
「く、黒幸田さま……?」
たしかに。
熱心な
しかし、どんなに沢山のお金を費やしていようとも、それに見合った価値感を黒幸田のパフォーマンスに見出していた。
憧れていた。
好きだから。
後悔はしていない。
騙されたつもりもない。
それはただ、ファンとしての誇りを込めた贈り物。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『黒幸田さまああああああああああああああああああああっ!!』
『歌を……あなたの歌を、もっと聴かせてください!!』
――ダラララララララッ~ダンッ!
唐突にドラムロールを決める有間(65)、声援を受けたその身体は全盛期。
わずかな空白、その次の瞬間、ボーカリストが涙を落とす。
『あ、ありがとう……マドモア・エンジェルズ!!』
ライブ、続行する。
笑顔で歌う黒幸田。
手を伸ばす買い物客。
詐欺と貢ぎの利害が一致。
よってそこに、『罪』などは存在しなかった。
これからは、その値段もぐっと下がることだろう。
☆☆☆☆☆
「誤報か……?」
立ち止まる警察官。
向かう先に犯罪行為は見当たらない。
「お、おかしいな……ただのライブイベントじゃないか」
現場に駆けつけた意味を見失い、仲間と目を合わせながら自問自答を繰り返す。
しかしながら、その任務が終わることはなかった。
なぜならば……
――ビー、ガガッ。
『こちら
「お、折田検事局長……!」
『モール内の三階モニタールームより、監視カメラにて五名の容疑者を確認した。それぞれに、殺人未遂、薬物乱用、器物破損、猥褻物陳列、不法入国の疑いがある。そのうちの一人は家出中の私の娘だ。何としてでも彼女たちの逃亡を阻止してくれ。私もこれから現場に向かう』
「りょ、了解しました!」
『ドア、シマリマース』
エリィのアナウンスとともに閉まるエレベーター。
奈緒、レイ、グレンG、シャム、そしてエリィの五人が地下へとくだる。
しかし、そのうちの四人はまだ知らない。
この
その会場の名は、禁断の違法地下クラブ〝ハウス・テンポス〟。
3rd LIVE finished.
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